2月25日午後9時からのNHK BSプレミアム『フランケンシュタインの誘惑(4) 夢のエネルギー“常温核融合”事件 20世紀最大の科学スキャンダル』を見て、言い知れぬ衝撃を覚えた。
というのは、この“事件”が世界に衝撃を与えた1989年7月、私は『核融合革命』と題する単行本を上梓したからだ。同書の「まえがき」のさわりを転記する。
ノーベル賞100個分に相当する大発見かもしれないといわれている常温核融合――。そもそも人類究極のエネルギーと言われる核融合は、太陽のエネルギー源を地上で作り出そうというものだ。公害の心配がなく、かつその資源も海水中に無限に含まれている。核融合エネルギーを人類が手に入れることができれば、石油や石炭、天然ガスなどの化石エネルギー資源が地球上から枯渇しても、エネルギー問題で悩まされることは二度とない。
さらに核融合は、地球温暖化や砂漠化の進行もいっきに食い止めてくれる。いま世界各国で反原発運動が盛んだが、実は火力発電も大きな問題を抱えており、地球温暖化の原因である炭酸ガスや、砂漠化の原因である酸性雨の発生源となっているのである。
ところが、この核融合エネルギーを地上で手に入れることが、また至難のワザなのだ。重水素や三重水素を1億度以上の高温に加熱し、磁場の力などを利用して容器の壁に触れないよう空間に閉じ込めなければならない。日欧米ソはその研究にしのぎを削っているが、実現は早くても40~50年後と予測されている。(中略)
そんな矢先に1989年の春、降って湧いたように飛び出したのが、常温核融合という“大発見”であった。常温で、しかも中学生の電気分解実験装置に毛が生えた程度の道具立てで核融合が生じるというのだ。世界中の科学者や産業界、マスコミが大フィーバーしたのも当たり前であった。(後略)
●突然変異的現象は物理現象でも生じるという事実
いま。新型コロナの変異株のすさまじい増え方に人類は直面している。従来のウイルスはワクチンや治療薬が開発されることに対抗して、より強力な変異株が生まれるというのが常識だった。警察と詐欺犯の関係のようなもので、詐欺の手口は警察力に対抗して巧妙化していくのと同じだ。が、いまのコロナの変異株はワクチンや治療薬が開発される前に、そのさらに先を行く変異を繰り返している。おそらく人類が初めて経験するモンスター・ウイルスと言って差し支えないだろう。
が、いずれ人類は遺伝子解明の進歩によって、ウイルスが変異する前にどのように変異するかを科学的に予測し変異を防ぐ手段を開発するだろうと、私は信じているが、おそらくそのときはウイルスは人類の科学的予測を裏切る変異を遂げて、人類をさらに悩ますことになるのではないかとも考えている。
実は遺伝子技術は世界の歴史で日本人が最も早くから培ってきたと、私は思っている。米や果実の品種改良は日本人がもっとも古くから取り組んできたことであり、様々な品種の植物のかけ合わせや、突然変異で生まれた新しい品種を接ぎ木したり育てたりして自然環境の中で遺伝子操作を意図せずに行ってきた。同じような遺伝子操作を試験管やフラスコの中で行うのが今の品種改良技術だが、なぜそうした遺伝子操作によって品種改良した食物に日本人の多くが拒否反応を示すのかが、私には分からない。
それはともかく、突然変異的現象は植物や生物だけでなく、時に化学現象や物理現象でも生じる。そういう突然変異的現象が生じる条件を見つけることができれば、再現性が確認されて、科学技術の進歩に大きな足跡を残すことができる。
常温核融合の場合は、本当に試験管の中で核融合が生じたのか、それとも世界の科学誌上に大汚点を残すインチキだったのか。NHKの番組は“大発見”の「その後」を徹底的に追跡した1大ドキュメントだった。
実は、もう50年近く前になるが、私の長女が大やけどをしたことがある。妻が東芝製の蒸気アイロンを使っていたとき、突然注水口から熱湯が噴出し、その前で遊んでいた長女の足に熱湯がかかって皮膚がベロっと剥けたのである。当時の開業医はほとんどが内科で、皮膚科や形成外科のクリニックなどはなく、妻はとりあえず風呂場で冷水をかけて皮膚を冷やし近所の内科医に抱きかかえて連れて行き、応急手当てをしてもらった。
その事故が起きたときは私は不在だったが、帰宅して妻から事情を聴いて東芝に電話した。その日だったか翌日だったか、東芝の社員が2人来て状況を妻から聞いたが、「注水口を下に向けなかったか」とか、扱い方の失敗ではないかという態度がありありだった。「アイロンを持ち帰って調べる」との申し出だったが、それまでの対応から不信感を抱いたので東芝には預けず公的な試験所に検査を依頼することにした。
試験所では何度もテストを繰り返し、正常な操作でも注水口から熱湯が噴き出すことがあることを確認し、試験所は記者会見を開いて発表した。が、記者たちの前でテストをした時は何回やっても熱湯が注水口から噴き出すことはなかった。が、テストをしていた時に熱湯が噴出した瞬間を撮った写真を記者たちに配ったため、社会面で大きく取り上げた新聞もあった。
蒸気アイロンの注水口から熱湯が吹き出すという現象は明らかに物理現象だが、どういう条件下なら必ず同じ現象が生じるかの解明はそれほど容易ではない。アイロンから熱湯が噴き出すといった物理現象は、仮に再現可能な条件を発見できたところで科学技術の進歩に大きな貢献をするわけでもないから、妻のアイロンの扱い方のミスではないことを東芝も認めて治療費や慰謝料を払ってくれたので問題は解決したが、常温核融合の問題はその後も尾を引いた。
●核融合の原料・三重水素(トリチウム)は放射性物質
「地上の太陽」と言われる核融合だが、太陽で行われている核融合は、4個の水素原子核が融合してヘリウム原子核になるとき、原子炉で行われている核分裂をはるかに上回る巨大なエネルギーを放出している。そのため核融合炉を開発することが出来れば、原子炉のような汚染物質も排出しないし、水素は無限に存在するから人類は永遠にエネルギー問題から解放されるというわけだ。
しかし地上で4個の水素原子を融合させることが不可能なため重水素と三重水素(トリチウム)の原子核を融合させてヘリウム原子核をつくるという方法が当時は研究されていた(現在はほとんど諦めているようだ)。
トリチウムは福島原発事故で一躍有名になったが、原発では必ず派生する放射性物質である。いま東電はこのトリチウムを薄めてタンクに貯蔵しているが、原子炉内の核分裂が続く限り増え続け、その処理が大きな問題になっている。
現実的な処理方法としては通常の原発で処理しているように大量の海水で薄めて海洋に放出する方法と、スリーマイル島原発事故で行われたように高温で蒸発させて大気中に放出するという方法が考えられているが、福島原発事故で排出されたトリチウムの量が多すぎるため海洋や大気の放射能汚染に韓国などが反対し、いまだ処理方法についての国際的理解が得られていない。
私自身は科学者ではないが、湖と違って海水は潮の流れによって世界中に拡散しており、希釈して海洋に放出する方法が最も現実的だと思っているが、反原発主義者たちの感情的反発が大きく、下手をすると国際問題になりかねないため容易ではない。とりあえず、一気にすべてを処理するのではなく、1年間に生じるトリチウムを半年かけて少しずつ海洋に放出する方法を採用するしかないのではないかと思う。現在は10年分のトリチウムを薄めてタンクに貯蔵しているが、それをさらに希釈して20年かけて海洋に放出するという方法だ。一度に処理する方法を考えようとするから無理が生じると思う。
SF作家として知られる豊田有恒氏は原発擁護者としても原発村のスポークスマンとして活躍しているが、スリーマイル島の事故の後で書いた著作『原発の挑戦――足で調べた15か所の現状と問題点』で、こう書いている。
●豊田有恒氏の「原発絶対安全」論の破綻
日本では、原発が故障すると、すぐ事故と書き立てる。機械というものは必ず故障するものなのである。絶対に故障しない機械があったら、お目にかかりたい。ただし、原発はいくら故障しても、放射能が外部に漏れないように設計されている。
スリーマイル島の事故は、逆に、原子力発電の安全性を証明する形になった。ああいう事故が、日本でも起こりうるかというと。ノーという答えしか出ない。アメリカより日本の方が危機管理が、数段進んでいるからだ。
もちろん豊田氏のこの著作は福島原発事故のはるか前に書かれたのだが、福島原発後、豊田氏が宗旨替えしたという話は聞いていない。というより、いまでも原発絶対安全論者のようだ、ネットで調べた限り…。
ま、ひと言でいえば、豊田氏は日本の「原発安全神話」に大きく貢献したことだけは間違いない。なぜ政府は豊田氏に国民栄養賞を授与しないのだろうか。
福島原発事故の後になって政府は「安全神話によりかかりすぎた」と“反省”の姿勢を一応示すようになった。が、「絶対ということは絶対にありえない」のだ。いわゆる「安全神話」なるものも、言うなら確率の問題であって、自然界の大変動がいつ生じるかも確率の問題でしかない。
たとえば野球選手の場合、3割バッターは確率論的には10回の打数のうち3回は安打を打つことを意味するが、例えば電車が時刻表どおりに運行しているように、必ず10回打席が回れば、そのうち3回はヒットを打つということを意味しているわけではない。電車の運行も、確率的には時刻表どおりに運行する率はおそらく90%を超えると思うが、これも絶対ではない。
原発の安全性を高める方法は技術的な改善は別とすると、リスクの存在が解明されたとき、直ちに対策を講じることと、絶え間ない反対運動の継続によって常に緊張感をもって安全チェックを怠らないことしか「安全確率」を高めることができない。福島事故の場合、この両方が欠けていたということが原因であり、「安全神話」によりかかっていたために生じた事故ではない。
巨大な津波が生じうるリスクは福島原発の場合、警告はすでに出されており、備える計画もあった。どんな津波が来ても大丈夫と思って備える必要性を認めなかったとしたら、それを「安全神話」という。備えを講じる必要性を認めていながら、後回しにしてきたのは人為的なサボタージュであり、「安全神話によりかかった」せいではない。
政治家のごまかし「反省」にメディアはいとも簡単に騙されるのが常だ。メディアとしての使命感に欠如しているとしか言いようがない。
●「地上の太陽」を夢見た結果…。
さてなぜ常温核融合の夢が泡と消えたか。NHKの番組では触れなかったが、1986年、科学界を揺るがす大発見があった。それまでは電気の絶縁体と考えられていたセラミックが、摂氏マイナス百数十度の液体窒素で冷やせば突然、電気抵抗を失って超伝導体になることが発見されたのである。
超電導現象を初めて発見したのは1911年、オランダの科学者カメリン・オンネスで、ある種の金属や合金を絶対零度(マイナス273.15℃)近くまで冷却すると電気抵抗がゼロになることを発見したのだ。こうした現象を示す金属系物質はその後約3000種類見つかっているが、産業化は夢のまた夢であった。
が、1986年1月、IBMチューリッヒ研究所のミューラーとペドノルツがマイナス243℃で超電導現象を示すセラミックを発見、それがきっかけになって世界中で超電導セラミックの新発見フィーバーが生じた。この騒ぎの時も私は『アメリカが日本の超電導14社に恐怖する理由』と題した著作を上梓したが、まだ超電導フィーバーが消えていなかった1989年3月、超電導セラミックの発見をはるかに上回る衝撃的な発見が発表された。常温で「地上の太陽」の核融合が実現したというのだ。セラミック超電導物質の発見以上に世界中で大騒ぎが生じたのは当然だった。
この常温核融合を発表したのは米ユタ大学のスタンレー・ポンズ教授と英サウサンプトン大学のマーチン・フライシュマン教授のふたり。彼らは試験管の中で重水素を電気分解して核融合反応を生じさせ、入力エネルギーの4~8倍の出力エネルギーを得たと発表したのだ。「どんぐりコロコロ どんぶりこ おいけにはまって さあ大変」と大騒ぎになった。
セラミック超電導物質探しの大フィーバーを上回る研究が世界中で始まった。が、再現実験に成功したと発表した研究者もいたが、多くの学者は再現できないと主張した。とくに原子物理学の専門家にとっては、常温で、しかも電気分解で核融合が起きるという話は、千夜一夜のお伽噺に近いものだった。彼らは「ポンズとフライシュマンの実験は核融合なんかではなく、単なる化学反応に過ぎない」「大量の熱を発生したというが、電気分解の時に生じるジュール熱ではないか」「核反応の証拠である中性子を検出したというが、宇宙から降り注いでくる中性子を誤ってカウントしたのではないか」「もし本当なら、大量の中性子放射で二人とも死んでいるはず」といった批判が殺到するようになった。マサチューセッツ工科大学の著名な原子物理学者ロナルド・パーカー教授に至っては「ユタ大学の実験はイカサマであり、こんな連中は科学界から追放すべきだ」とまで非難した。
●試験管での電気分解で核融合は起きるのか?
フライシュマンはサウサンプトン大学の電気化学科教授で英国ロイヤル・ソサエティの会員である。同大学はウィキペディアによれば「英国の主要な研究主導型大学の一つであり、国内外から常に高く評価されている。設立以来、サウサンプトン大学は、教育と研究の両面で優れた評価を受けている。特には医学、社会科学、電子工学、コンピューターサイエンス、電気工学、船舶科学、航空学などの工学系の分野で高い評価を得ている」とのことである。
一方、ポンズはフライシュマンの弟子で、彼の指導の下で博士号を取得、その後、母国のアメリカに戻ってユタ大学の教授になった。ユタ大学は、やはりウィキペディアによれば「ユタ州の旗艦大学として、医学、化学、人文科学、経済学、教育学、工学、芸術等の分野で100以上の学部専攻と92の修士・博士専攻を提供している総合研究大学」とのことだ。
2校とも超1流とまではいかないが、そこそこ権威が認められている大学と言ってもいいだろう。なぜ、この二人が「電気分解で核融合反応ができるのではないか」といった突拍子もないアイデアに取り組んだのかはわからない。研究自体は他愛もない装置で行った。陰電極にパラジウム、陽電極にプラチナを使い、重水を満たした大きめの試験管に浸しただけである。両電極間に電流を流すと、重水が電気分解され、陰極のパラジウムに重水素が吸収される。パラジウムは電子同士が格子状の結合をしている金属だが、その格子の隙間に水素や重水素の原子が入り込むのだ。
この実験はポンズが担当したが、数か月後、ポンズが夜中に研究室をのぞいてみたところ、試験管が割れて中身が散乱し、床は水浸しになっていたという。翌朝、ポンズがガイガー・カウンターで調べたところ、自然界の3倍以上の放射能が検出された、で、ポンズはてっきり核融合反応で生じた高熱で試験管が壊れたと思い込んでしまった。ポンズは直ちに師のフライシュマンに報告、フライシュマンも追試を始めた。
実はそのころ、フライシュマンらと同じ発想で電気分解で核融合反応が生じるのではないかと実験を始めていた科学者がいた。米プリガムヤング大学のスチーブン・ジョーンズ准教授である。同大学はやはりウィキペディアによれば「末日聖徒イエス・キリスト教会(通称 モルモン教)が運営するアメリカの名門私立大学。モルモン教の中心地であるユタ州プロボに設置されている。様々な分野で非常に優れた教育を施し、多くの人材を送り出してきた」とある。ジョーンズはフライシュマンらのような電気化学の専門家ではなく、核融合の専門家で、地球の深部でも太陽と同様の核融合が行われているのではないかと着想し、ポンズと同様の実験に取り組んでいた。ポンズの実験と違うのは陰電極にパラジウムだけでなくチタンも使用したり、陽電極には金を使い、電解液は重水だけでなく硫酸鉄、塩化ニッケル、塩化パラジウム、炭酸カルシウムなどを溶かした。その装置で電流を流したところ、陰電極に重水素が吸収され、中性子の発生も確認した。で、ジョーンズも電気分解装置の中で核融合反応が生じているに違いないと確信する。
こうして全く別々の実験で核融合反応らしき現象が生じたという研究論文の発表で、世界中の科学者たちが色めきだったのだ。直ちに全世界で追試競争が始まった。が、だれも再現に成功しない。で、電気分解で核融合反応が生じたという研究データそのものへの疑問が噴出し始めた。
NHKのドキュメントによれば、フライシュマンもポンズも学会から追放され、その後は失意の人生を送ったようだ。
●小保方晴子のSTAP細胞「つーくった」はウソだったのか?
常温核融合事件から25年後の2014年、今度は日本から「ねつ造研究」事件が世界中を大騒動に巻き込んだ。理化学研究所の小保方晴子氏が作製したとされたSTAP細胞である。
この事件について私が初めてブログに書いたのは14年3月13日、タイトルは『小保方晴子氏のSTAP細胞作製はねつ造だったのか。それとも突然変異だったのか?』である。その記事の書き出しの箇所を転記する。
昨日NHKの『ニュース7』の報道で初めて知った。びっくりした。ニュースをご覧になっていた方は、皆さんびっくりされたと思う。理化学研究所のユニットリーダー・小保方晴子氏が世界で初めて作製したとして世界中の話題になったSTAP細胞が捏造だったという疑惑が持ち上がったというのである。
STAP細胞とは、あらゆる細胞に分化させることができる「万能細胞」の一種で、今年1月30日、小保方氏のグループがマウスの細胞の作製に成功したと、世界でも最高権威とされているイギリスの科学誌『ネイチャー』に発表したもので、自分の細胞の一部から自分の皮膚やあらゆる臓器を作れる究極の医療革命と話題になっていた。昨年はips細胞の発見で京都大学の山中伸也教授がノーベル賞を受賞したばかりなのに、STAP細胞はips細胞よりはるかに簡単な方法で作成でき、しかも細胞がガン化する可能性も低いと世界を驚愕させた研究成果だった、はずだった。
STAP細胞疑惑を最初に明らかにしたのは、こともあろうに小保方氏の共同研究者で、ネイチャー論文にも名を連ねた山梨大学の若山昭彦教授だった。NHKの取材に対して若山氏は「研究データに重大な問題が見つかり、STAP細胞が存在する確信がなくなった。研究論文に名を連ねた研究者たちに論文の取り下げに同意するよう働きかけている」と述べた。このブログを読んでいただいている方も記憶に残っているだろうから、その後の経緯については省く。ただ小保方氏が「私は200回以上再現に成功している」と豪語しながら、小保方氏も加えた検証実験でも再現できなかった。
私はもちろん科学者ではないから、常温核融合事件もSTAP細胞事件も、科学的見地でものを言う資格はない。が、蒸気アイロンの熱湯噴出が事実であることは1000%の確信を持って言えるし、そういう単純な物理現象でも再現性が常に担保されるわけではないことも承知している。
だから常温核融合現象も、STAP細胞も、ひょっとしたら現実に生じていた可能性は否定できないと私は考えている。もちろん、試験管が壊れたのも、STAP細胞的現象が生じた原因も、別の要因によるものだったかもしれない。とくに常温核融合事件の場合は、3人の研究者が、ひょっとしたら電気分解で核融合が生じるかもしれないと考えて実験をしていたのだから、試験管が壊れて電解液で床が水浸しになったのを見て、「やった」と思ったとしても。人間心理としてありうる話だと思う。STAP細胞事件も、同様に解明不可能だったほかの要因でSTAP細胞と勘違いするような現象が生じた可能性は否定できない。
科学者、研究者が、そうしたケースで陥りやすいのは、功名心に奔ってしまうためだ。そうなると、試験管の中で核融合が生じることを「証明」するために、データの改ざんに手を染めてしまう。小保方氏の場合も、「私は200回以上STAP細胞の作製に成功した」などとウソをつかざるを得なくなってしまう。
彼らは決して最初から研究をねつ造しようとしたわけではない。ねつ造は必ずバレる。そんなリスクを冒さなければならない状況に追いつめられていたわけでもない。どうして、どこかで踏み止まれなかったのだろうか。バレたら、すべてを失うことが分かっていたはずなのに。
こうした過ちは誰でも犯しやすい。総務審議官という事務次官級ポストについていた山田真貴子氏(現首相広報官)をはじめとする総務省幹部が東北新社から過大な接待を受けていた事件もそうだ。すべて許認可に関する重要な関係を有する地位にあった幹部ばかりだ。「利害関係者とは知らなかった」などと言う言い逃れが国民から受け入れられると思うほど、国民はアホだとでも思いこんでいたのだろうか。
山田氏の7万円超の接待は論外としても、全員2万円以上の接待を受けていた。どこかで踏み止まろうとした人は誰もいなかった。誰でも人間、間違いを犯すことはある。気が付いたとき、踏み止まれる人間と、踏み止まれず流されてしまう人間の差は、私たちが考えているよりはるかに大きい。
山田氏は接待を受けた金額を返済し、自ら月学給与の6割を返納するらしい。
それで、何もなかったことにできるのであれば、日本は「犯罪天国」の汚名を永遠に返上することができなくなる。
公務員倫理規定は、確かに法律ではない。だから違反したとしても犯罪ではない。
山田氏をはじめ、総務省の高級官僚はそううそぶいて、「人のうわさも75日」で禊は済むと思っているのだろうか。公務員としての倫理観を完全に失った人を、どういう理由かはわからないが首相広報官にとどめている総理が、国民から見放される日は遠くない。少なくとも高級官僚を接待した側の東北新社は社長が辞任し、関係者の処分も厳しく行っている。
日本の古くて良き精神的規範だった「恥」は死語になったのか。
というのは、この“事件”が世界に衝撃を与えた1989年7月、私は『核融合革命』と題する単行本を上梓したからだ。同書の「まえがき」のさわりを転記する。
ノーベル賞100個分に相当する大発見かもしれないといわれている常温核融合――。そもそも人類究極のエネルギーと言われる核融合は、太陽のエネルギー源を地上で作り出そうというものだ。公害の心配がなく、かつその資源も海水中に無限に含まれている。核融合エネルギーを人類が手に入れることができれば、石油や石炭、天然ガスなどの化石エネルギー資源が地球上から枯渇しても、エネルギー問題で悩まされることは二度とない。
さらに核融合は、地球温暖化や砂漠化の進行もいっきに食い止めてくれる。いま世界各国で反原発運動が盛んだが、実は火力発電も大きな問題を抱えており、地球温暖化の原因である炭酸ガスや、砂漠化の原因である酸性雨の発生源となっているのである。
ところが、この核融合エネルギーを地上で手に入れることが、また至難のワザなのだ。重水素や三重水素を1億度以上の高温に加熱し、磁場の力などを利用して容器の壁に触れないよう空間に閉じ込めなければならない。日欧米ソはその研究にしのぎを削っているが、実現は早くても40~50年後と予測されている。(中略)
そんな矢先に1989年の春、降って湧いたように飛び出したのが、常温核融合という“大発見”であった。常温で、しかも中学生の電気分解実験装置に毛が生えた程度の道具立てで核融合が生じるというのだ。世界中の科学者や産業界、マスコミが大フィーバーしたのも当たり前であった。(後略)
●突然変異的現象は物理現象でも生じるという事実
いま。新型コロナの変異株のすさまじい増え方に人類は直面している。従来のウイルスはワクチンや治療薬が開発されることに対抗して、より強力な変異株が生まれるというのが常識だった。警察と詐欺犯の関係のようなもので、詐欺の手口は警察力に対抗して巧妙化していくのと同じだ。が、いまのコロナの変異株はワクチンや治療薬が開発される前に、そのさらに先を行く変異を繰り返している。おそらく人類が初めて経験するモンスター・ウイルスと言って差し支えないだろう。
が、いずれ人類は遺伝子解明の進歩によって、ウイルスが変異する前にどのように変異するかを科学的に予測し変異を防ぐ手段を開発するだろうと、私は信じているが、おそらくそのときはウイルスは人類の科学的予測を裏切る変異を遂げて、人類をさらに悩ますことになるのではないかとも考えている。
実は遺伝子技術は世界の歴史で日本人が最も早くから培ってきたと、私は思っている。米や果実の品種改良は日本人がもっとも古くから取り組んできたことであり、様々な品種の植物のかけ合わせや、突然変異で生まれた新しい品種を接ぎ木したり育てたりして自然環境の中で遺伝子操作を意図せずに行ってきた。同じような遺伝子操作を試験管やフラスコの中で行うのが今の品種改良技術だが、なぜそうした遺伝子操作によって品種改良した食物に日本人の多くが拒否反応を示すのかが、私には分からない。
それはともかく、突然変異的現象は植物や生物だけでなく、時に化学現象や物理現象でも生じる。そういう突然変異的現象が生じる条件を見つけることができれば、再現性が確認されて、科学技術の進歩に大きな足跡を残すことができる。
常温核融合の場合は、本当に試験管の中で核融合が生じたのか、それとも世界の科学誌上に大汚点を残すインチキだったのか。NHKの番組は“大発見”の「その後」を徹底的に追跡した1大ドキュメントだった。
実は、もう50年近く前になるが、私の長女が大やけどをしたことがある。妻が東芝製の蒸気アイロンを使っていたとき、突然注水口から熱湯が噴出し、その前で遊んでいた長女の足に熱湯がかかって皮膚がベロっと剥けたのである。当時の開業医はほとんどが内科で、皮膚科や形成外科のクリニックなどはなく、妻はとりあえず風呂場で冷水をかけて皮膚を冷やし近所の内科医に抱きかかえて連れて行き、応急手当てをしてもらった。
その事故が起きたときは私は不在だったが、帰宅して妻から事情を聴いて東芝に電話した。その日だったか翌日だったか、東芝の社員が2人来て状況を妻から聞いたが、「注水口を下に向けなかったか」とか、扱い方の失敗ではないかという態度がありありだった。「アイロンを持ち帰って調べる」との申し出だったが、それまでの対応から不信感を抱いたので東芝には預けず公的な試験所に検査を依頼することにした。
試験所では何度もテストを繰り返し、正常な操作でも注水口から熱湯が噴き出すことがあることを確認し、試験所は記者会見を開いて発表した。が、記者たちの前でテストをした時は何回やっても熱湯が注水口から噴き出すことはなかった。が、テストをしていた時に熱湯が噴出した瞬間を撮った写真を記者たちに配ったため、社会面で大きく取り上げた新聞もあった。
蒸気アイロンの注水口から熱湯が吹き出すという現象は明らかに物理現象だが、どういう条件下なら必ず同じ現象が生じるかの解明はそれほど容易ではない。アイロンから熱湯が噴き出すといった物理現象は、仮に再現可能な条件を発見できたところで科学技術の進歩に大きな貢献をするわけでもないから、妻のアイロンの扱い方のミスではないことを東芝も認めて治療費や慰謝料を払ってくれたので問題は解決したが、常温核融合の問題はその後も尾を引いた。
●核融合の原料・三重水素(トリチウム)は放射性物質
「地上の太陽」と言われる核融合だが、太陽で行われている核融合は、4個の水素原子核が融合してヘリウム原子核になるとき、原子炉で行われている核分裂をはるかに上回る巨大なエネルギーを放出している。そのため核融合炉を開発することが出来れば、原子炉のような汚染物質も排出しないし、水素は無限に存在するから人類は永遠にエネルギー問題から解放されるというわけだ。
しかし地上で4個の水素原子を融合させることが不可能なため重水素と三重水素(トリチウム)の原子核を融合させてヘリウム原子核をつくるという方法が当時は研究されていた(現在はほとんど諦めているようだ)。
トリチウムは福島原発事故で一躍有名になったが、原発では必ず派生する放射性物質である。いま東電はこのトリチウムを薄めてタンクに貯蔵しているが、原子炉内の核分裂が続く限り増え続け、その処理が大きな問題になっている。
現実的な処理方法としては通常の原発で処理しているように大量の海水で薄めて海洋に放出する方法と、スリーマイル島原発事故で行われたように高温で蒸発させて大気中に放出するという方法が考えられているが、福島原発事故で排出されたトリチウムの量が多すぎるため海洋や大気の放射能汚染に韓国などが反対し、いまだ処理方法についての国際的理解が得られていない。
私自身は科学者ではないが、湖と違って海水は潮の流れによって世界中に拡散しており、希釈して海洋に放出する方法が最も現実的だと思っているが、反原発主義者たちの感情的反発が大きく、下手をすると国際問題になりかねないため容易ではない。とりあえず、一気にすべてを処理するのではなく、1年間に生じるトリチウムを半年かけて少しずつ海洋に放出する方法を採用するしかないのではないかと思う。現在は10年分のトリチウムを薄めてタンクに貯蔵しているが、それをさらに希釈して20年かけて海洋に放出するという方法だ。一度に処理する方法を考えようとするから無理が生じると思う。
SF作家として知られる豊田有恒氏は原発擁護者としても原発村のスポークスマンとして活躍しているが、スリーマイル島の事故の後で書いた著作『原発の挑戦――足で調べた15か所の現状と問題点』で、こう書いている。
●豊田有恒氏の「原発絶対安全」論の破綻
日本では、原発が故障すると、すぐ事故と書き立てる。機械というものは必ず故障するものなのである。絶対に故障しない機械があったら、お目にかかりたい。ただし、原発はいくら故障しても、放射能が外部に漏れないように設計されている。
スリーマイル島の事故は、逆に、原子力発電の安全性を証明する形になった。ああいう事故が、日本でも起こりうるかというと。ノーという答えしか出ない。アメリカより日本の方が危機管理が、数段進んでいるからだ。
もちろん豊田氏のこの著作は福島原発事故のはるか前に書かれたのだが、福島原発後、豊田氏が宗旨替えしたという話は聞いていない。というより、いまでも原発絶対安全論者のようだ、ネットで調べた限り…。
ま、ひと言でいえば、豊田氏は日本の「原発安全神話」に大きく貢献したことだけは間違いない。なぜ政府は豊田氏に国民栄養賞を授与しないのだろうか。
福島原発事故の後になって政府は「安全神話によりかかりすぎた」と“反省”の姿勢を一応示すようになった。が、「絶対ということは絶対にありえない」のだ。いわゆる「安全神話」なるものも、言うなら確率の問題であって、自然界の大変動がいつ生じるかも確率の問題でしかない。
たとえば野球選手の場合、3割バッターは確率論的には10回の打数のうち3回は安打を打つことを意味するが、例えば電車が時刻表どおりに運行しているように、必ず10回打席が回れば、そのうち3回はヒットを打つということを意味しているわけではない。電車の運行も、確率的には時刻表どおりに運行する率はおそらく90%を超えると思うが、これも絶対ではない。
原発の安全性を高める方法は技術的な改善は別とすると、リスクの存在が解明されたとき、直ちに対策を講じることと、絶え間ない反対運動の継続によって常に緊張感をもって安全チェックを怠らないことしか「安全確率」を高めることができない。福島事故の場合、この両方が欠けていたということが原因であり、「安全神話」によりかかっていたために生じた事故ではない。
巨大な津波が生じうるリスクは福島原発の場合、警告はすでに出されており、備える計画もあった。どんな津波が来ても大丈夫と思って備える必要性を認めなかったとしたら、それを「安全神話」という。備えを講じる必要性を認めていながら、後回しにしてきたのは人為的なサボタージュであり、「安全神話によりかかった」せいではない。
政治家のごまかし「反省」にメディアはいとも簡単に騙されるのが常だ。メディアとしての使命感に欠如しているとしか言いようがない。
●「地上の太陽」を夢見た結果…。
さてなぜ常温核融合の夢が泡と消えたか。NHKの番組では触れなかったが、1986年、科学界を揺るがす大発見があった。それまでは電気の絶縁体と考えられていたセラミックが、摂氏マイナス百数十度の液体窒素で冷やせば突然、電気抵抗を失って超伝導体になることが発見されたのである。
超電導現象を初めて発見したのは1911年、オランダの科学者カメリン・オンネスで、ある種の金属や合金を絶対零度(マイナス273.15℃)近くまで冷却すると電気抵抗がゼロになることを発見したのだ。こうした現象を示す金属系物質はその後約3000種類見つかっているが、産業化は夢のまた夢であった。
が、1986年1月、IBMチューリッヒ研究所のミューラーとペドノルツがマイナス243℃で超電導現象を示すセラミックを発見、それがきっかけになって世界中で超電導セラミックの新発見フィーバーが生じた。この騒ぎの時も私は『アメリカが日本の超電導14社に恐怖する理由』と題した著作を上梓したが、まだ超電導フィーバーが消えていなかった1989年3月、超電導セラミックの発見をはるかに上回る衝撃的な発見が発表された。常温で「地上の太陽」の核融合が実現したというのだ。セラミック超電導物質の発見以上に世界中で大騒ぎが生じたのは当然だった。
この常温核融合を発表したのは米ユタ大学のスタンレー・ポンズ教授と英サウサンプトン大学のマーチン・フライシュマン教授のふたり。彼らは試験管の中で重水素を電気分解して核融合反応を生じさせ、入力エネルギーの4~8倍の出力エネルギーを得たと発表したのだ。「どんぐりコロコロ どんぶりこ おいけにはまって さあ大変」と大騒ぎになった。
セラミック超電導物質探しの大フィーバーを上回る研究が世界中で始まった。が、再現実験に成功したと発表した研究者もいたが、多くの学者は再現できないと主張した。とくに原子物理学の専門家にとっては、常温で、しかも電気分解で核融合が起きるという話は、千夜一夜のお伽噺に近いものだった。彼らは「ポンズとフライシュマンの実験は核融合なんかではなく、単なる化学反応に過ぎない」「大量の熱を発生したというが、電気分解の時に生じるジュール熱ではないか」「核反応の証拠である中性子を検出したというが、宇宙から降り注いでくる中性子を誤ってカウントしたのではないか」「もし本当なら、大量の中性子放射で二人とも死んでいるはず」といった批判が殺到するようになった。マサチューセッツ工科大学の著名な原子物理学者ロナルド・パーカー教授に至っては「ユタ大学の実験はイカサマであり、こんな連中は科学界から追放すべきだ」とまで非難した。
●試験管での電気分解で核融合は起きるのか?
フライシュマンはサウサンプトン大学の電気化学科教授で英国ロイヤル・ソサエティの会員である。同大学はウィキペディアによれば「英国の主要な研究主導型大学の一つであり、国内外から常に高く評価されている。設立以来、サウサンプトン大学は、教育と研究の両面で優れた評価を受けている。特には医学、社会科学、電子工学、コンピューターサイエンス、電気工学、船舶科学、航空学などの工学系の分野で高い評価を得ている」とのことである。
一方、ポンズはフライシュマンの弟子で、彼の指導の下で博士号を取得、その後、母国のアメリカに戻ってユタ大学の教授になった。ユタ大学は、やはりウィキペディアによれば「ユタ州の旗艦大学として、医学、化学、人文科学、経済学、教育学、工学、芸術等の分野で100以上の学部専攻と92の修士・博士専攻を提供している総合研究大学」とのことだ。
2校とも超1流とまではいかないが、そこそこ権威が認められている大学と言ってもいいだろう。なぜ、この二人が「電気分解で核融合反応ができるのではないか」といった突拍子もないアイデアに取り組んだのかはわからない。研究自体は他愛もない装置で行った。陰電極にパラジウム、陽電極にプラチナを使い、重水を満たした大きめの試験管に浸しただけである。両電極間に電流を流すと、重水が電気分解され、陰極のパラジウムに重水素が吸収される。パラジウムは電子同士が格子状の結合をしている金属だが、その格子の隙間に水素や重水素の原子が入り込むのだ。
この実験はポンズが担当したが、数か月後、ポンズが夜中に研究室をのぞいてみたところ、試験管が割れて中身が散乱し、床は水浸しになっていたという。翌朝、ポンズがガイガー・カウンターで調べたところ、自然界の3倍以上の放射能が検出された、で、ポンズはてっきり核融合反応で生じた高熱で試験管が壊れたと思い込んでしまった。ポンズは直ちに師のフライシュマンに報告、フライシュマンも追試を始めた。
実はそのころ、フライシュマンらと同じ発想で電気分解で核融合反応が生じるのではないかと実験を始めていた科学者がいた。米プリガムヤング大学のスチーブン・ジョーンズ准教授である。同大学はやはりウィキペディアによれば「末日聖徒イエス・キリスト教会(通称 モルモン教)が運営するアメリカの名門私立大学。モルモン教の中心地であるユタ州プロボに設置されている。様々な分野で非常に優れた教育を施し、多くの人材を送り出してきた」とある。ジョーンズはフライシュマンらのような電気化学の専門家ではなく、核融合の専門家で、地球の深部でも太陽と同様の核融合が行われているのではないかと着想し、ポンズと同様の実験に取り組んでいた。ポンズの実験と違うのは陰電極にパラジウムだけでなくチタンも使用したり、陽電極には金を使い、電解液は重水だけでなく硫酸鉄、塩化ニッケル、塩化パラジウム、炭酸カルシウムなどを溶かした。その装置で電流を流したところ、陰電極に重水素が吸収され、中性子の発生も確認した。で、ジョーンズも電気分解装置の中で核融合反応が生じているに違いないと確信する。
こうして全く別々の実験で核融合反応らしき現象が生じたという研究論文の発表で、世界中の科学者たちが色めきだったのだ。直ちに全世界で追試競争が始まった。が、だれも再現に成功しない。で、電気分解で核融合反応が生じたという研究データそのものへの疑問が噴出し始めた。
NHKのドキュメントによれば、フライシュマンもポンズも学会から追放され、その後は失意の人生を送ったようだ。
●小保方晴子のSTAP細胞「つーくった」はウソだったのか?
常温核融合事件から25年後の2014年、今度は日本から「ねつ造研究」事件が世界中を大騒動に巻き込んだ。理化学研究所の小保方晴子氏が作製したとされたSTAP細胞である。
この事件について私が初めてブログに書いたのは14年3月13日、タイトルは『小保方晴子氏のSTAP細胞作製はねつ造だったのか。それとも突然変異だったのか?』である。その記事の書き出しの箇所を転記する。
昨日NHKの『ニュース7』の報道で初めて知った。びっくりした。ニュースをご覧になっていた方は、皆さんびっくりされたと思う。理化学研究所のユニットリーダー・小保方晴子氏が世界で初めて作製したとして世界中の話題になったSTAP細胞が捏造だったという疑惑が持ち上がったというのである。
STAP細胞とは、あらゆる細胞に分化させることができる「万能細胞」の一種で、今年1月30日、小保方氏のグループがマウスの細胞の作製に成功したと、世界でも最高権威とされているイギリスの科学誌『ネイチャー』に発表したもので、自分の細胞の一部から自分の皮膚やあらゆる臓器を作れる究極の医療革命と話題になっていた。昨年はips細胞の発見で京都大学の山中伸也教授がノーベル賞を受賞したばかりなのに、STAP細胞はips細胞よりはるかに簡単な方法で作成でき、しかも細胞がガン化する可能性も低いと世界を驚愕させた研究成果だった、はずだった。
STAP細胞疑惑を最初に明らかにしたのは、こともあろうに小保方氏の共同研究者で、ネイチャー論文にも名を連ねた山梨大学の若山昭彦教授だった。NHKの取材に対して若山氏は「研究データに重大な問題が見つかり、STAP細胞が存在する確信がなくなった。研究論文に名を連ねた研究者たちに論文の取り下げに同意するよう働きかけている」と述べた。このブログを読んでいただいている方も記憶に残っているだろうから、その後の経緯については省く。ただ小保方氏が「私は200回以上再現に成功している」と豪語しながら、小保方氏も加えた検証実験でも再現できなかった。
私はもちろん科学者ではないから、常温核融合事件もSTAP細胞事件も、科学的見地でものを言う資格はない。が、蒸気アイロンの熱湯噴出が事実であることは1000%の確信を持って言えるし、そういう単純な物理現象でも再現性が常に担保されるわけではないことも承知している。
だから常温核融合現象も、STAP細胞も、ひょっとしたら現実に生じていた可能性は否定できないと私は考えている。もちろん、試験管が壊れたのも、STAP細胞的現象が生じた原因も、別の要因によるものだったかもしれない。とくに常温核融合事件の場合は、3人の研究者が、ひょっとしたら電気分解で核融合が生じるかもしれないと考えて実験をしていたのだから、試験管が壊れて電解液で床が水浸しになったのを見て、「やった」と思ったとしても。人間心理としてありうる話だと思う。STAP細胞事件も、同様に解明不可能だったほかの要因でSTAP細胞と勘違いするような現象が生じた可能性は否定できない。
科学者、研究者が、そうしたケースで陥りやすいのは、功名心に奔ってしまうためだ。そうなると、試験管の中で核融合が生じることを「証明」するために、データの改ざんに手を染めてしまう。小保方氏の場合も、「私は200回以上STAP細胞の作製に成功した」などとウソをつかざるを得なくなってしまう。
彼らは決して最初から研究をねつ造しようとしたわけではない。ねつ造は必ずバレる。そんなリスクを冒さなければならない状況に追いつめられていたわけでもない。どうして、どこかで踏み止まれなかったのだろうか。バレたら、すべてを失うことが分かっていたはずなのに。
こうした過ちは誰でも犯しやすい。総務審議官という事務次官級ポストについていた山田真貴子氏(現首相広報官)をはじめとする総務省幹部が東北新社から過大な接待を受けていた事件もそうだ。すべて許認可に関する重要な関係を有する地位にあった幹部ばかりだ。「利害関係者とは知らなかった」などと言う言い逃れが国民から受け入れられると思うほど、国民はアホだとでも思いこんでいたのだろうか。
山田氏の7万円超の接待は論外としても、全員2万円以上の接待を受けていた。どこかで踏み止まろうとした人は誰もいなかった。誰でも人間、間違いを犯すことはある。気が付いたとき、踏み止まれる人間と、踏み止まれず流されてしまう人間の差は、私たちが考えているよりはるかに大きい。
山田氏は接待を受けた金額を返済し、自ら月学給与の6割を返納するらしい。
それで、何もなかったことにできるのであれば、日本は「犯罪天国」の汚名を永遠に返上することができなくなる。
公務員倫理規定は、確かに法律ではない。だから違反したとしても犯罪ではない。
山田氏をはじめ、総務省の高級官僚はそううそぶいて、「人のうわさも75日」で禊は済むと思っているのだろうか。公務員としての倫理観を完全に失った人を、どういう理由かはわからないが首相広報官にとどめている総理が、国民から見放される日は遠くない。少なくとも高級官僚を接待した側の東北新社は社長が辞任し、関係者の処分も厳しく行っている。
日本の古くて良き精神的規範だった「恥」は死語になったのか。