小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

緊急事態宣言解除の目的は東京オリンピックのためか?

2021-03-22 00:40:57 | Weblog
21日、東京・神奈川・埼玉・千葉の首都圏を対象とした緊急事態宣言が75日ぶりに解除された。2か月半に及ぶ閉塞状況はとりあえず終止符を打つことになった。
菅総理が宣言解除を正式に発表したのは18日午後7時。この日、NHKは『ニュース7』枠を拡大し、『ニュースウォッチ9』まで含めて3時間にわたってニュースを続ける異例の体制を取った。
が、果たして宣言を解除できる状況まで、日本はコロナ禍を封じ込めることに成功したと言えるのだろうか。多くの専門家(感染症専門医)や国民、メディアは疑問をぬぐえないようだ。

●神奈川県・黒岩知事の判断ミスが招いた神奈川県の危機的状況
菅総理が宣言解除を発表した18日の首都圏の感染者数は東京323人、神奈川160人、埼玉115人、千葉122人で計720人だ。
1週間前の11日の感染者数は東京335人、神奈川125人、埼玉126人、千葉122人で計708人。強いて言えば「微増」の範疇に入るかもしれないが、感染状況が収まったとは言えない。
さらに緊急事態宣言を2週間延長した直後の、2週間前の4日の感染状況を見ると東京279人、神奈川138人、埼玉123人、千葉103人で計643人。感染者数で77人、増減比では12%も増えている。この感染増は、いくら総理でも「微増」とは言えまい。
民放テレビ局が東京・小池知事と神奈川・黒岩知事のバトル(小池氏はさらなる延長を主張、黒岩氏は予定通り中止を主張したらしい。かつて大阪府知事、大阪市市長を務めた橋下氏は黒岩氏を支持したようだ)は、この数字を見る限り、明らかに小池氏に軍配は上がることになる。
黒岩氏が小池氏に噛み付いたのは7日(日)のフジ『日曜報道 ザ・プライム』での生出演でのことだが、確かに神奈川の感染者数は4日138人、5日の130人に比べれば6日113人、7日119人と「激減」とまでは言えなくても、かなり感染者数は減ってはいた。で、黒岩氏は神奈川は感染拡大を完全に封じ込めたと思い込んだのだろうが、黒岩氏の判断ミスで直後の10日(水)から神奈川県が感染防止の手を抜き始めたせいか、徐々に感染が再拡大をはじめ、9日間で一気に60人も感染者が増えた(9日の感染者はジャスト100人)。この間の増加率はなんと60%に達している。黒岩氏は「知事失格」の烙印を押されてもやむをえまい。
愛知県では2019年8月に開催されたあいちトリエンナーレ『表現の不自由展』を巡って、今頃馬鹿げたリコール運動を始めたアホどもがいて天下の笑いものになったが、私もこうした政治的主張が明確な展示会の開催に県民の税金を使うのはいかがなものかとは思っているが、そうした展示会を県が後援しようがしまいが、それで死者が出るわけでもないし、県民の健康問題に大きな影響を及ぼすわけでもない。が、黒岩知事の判断は、明らかに神奈川県民の命にかかわる重要な判断ミスであり、黒岩氏が責任を取って辞任しなければ、神奈川県民は直ちにリコール運動を起こすべきだと考えている。

●論理的思考の重要性
私がなぜ、このブログの冒頭で黒岩知事の判断ミスを告発したか。私は黒岩氏と会ったこともないし、今回の黒岩・小池バトルが生じるまで、黒岩氏に対するいかなる悪意を持ったこともない。政治権力の持ち主が、何を基準に政治判断をしているのかを、私のブログの読者に問いたかったからだ。
国家権力は総理にあるし、都道府県の権力は知事にあるし、市区町村の権力は市区町村長にある。彼らが国民や都道府県民。市区町村民の利益を最重要視した政治判断をしているか否かは、民主主義の根幹にかかわる問題だからだ。
もちろん、彼らが行使する権力が対象とする民の利益はすべて同一ではない。
たとえば沖縄の普天間基地の辺野古移設問題でも、国家権力者が重視する「国民の利益」、沖縄県知事が重視する「沖縄県民の利益」、普天間基地地域や辺野古地域の市区町村の権力者が重視する「地域住民の利益」も、同一ではない。普天間基地の存在によって仕事や商売が成り立っている地域住民にとっては基地移設は生活基盤を失うことになるし、移設先の辺野古地区住民にとっては利益が期待できる人も少なくない。
原発問題も同じで、原発のおかげで利益を被る住民もいれば、利害関係がない住民も少なくない。
多数決原理を基本とする民主主義制度にとって悩ましいのは、政治が国民、都道府県民、地域住民の多数の利益を重視するとは限らないことだ。ある政策が受益者と利害関係がない国民や住民の相反する声をどう反映するかは、民主主義制度の成熟度にかかわってくる。その政策によって利害が得られる人たちは政治家にあらゆる手段を使って働きかける。逆に利益が得られない人たちは政治家に働きかける手段がないから、デモなどの抗議活動で政治を変えようとする。そういう場合、権力者の政治判断に対する監視機能と民主主義の砦となるのがジャーナリズムだと、私は考えてきた。そういう観点から、緊急事態宣言解除についての国家権力者や都道府県知事が、何を基準に政治判断を示したのかを検証したかった。
私のブログ記事はしばしば左翼思想の方からは右翼とみられるし、逆に保守層からは左翼思想の持ち主とみられる。実際、辺野古移設に反対したり、原発にも反対したりしているから、そういう主張は左翼の方たちの主張と一致しているかもしれない。一方、尖閣諸島を実効支配すべきだとか、アメリカに自衛隊基地をつくるべきだという主張に至っては極右思想と思われる方も多いと思う。が、いずれの主張も、私にとっては思想的立場によるものではなく、あくまで論理的帰結としての主張なのだ。
たとえば尖閣諸島問題に関していえば、政府が古来からの日本領土であり、中国との間に領土問題は存在しないと主張しながら、なぜ尖閣諸島の実効支配に踏み切らないのかという、おそらく小学生にでもわかる論理を基準に主張しているだけだ。たびたび外務省にその疑問をぶつけたが、外務省の見解は「日本が実効支配している。だから領海侵犯する中国公船には警告を発している」である。
が、いまや中国は公船ではなく武力行使ができる海警船が毎日のように領海侵犯をしており、日本の漁船に対して威嚇的な行動すらしている。日本政府は米大統領が変わるたびに「尖閣諸島は安保条約5条の対象だ」という言質を取り付けるのに必死だが、米政府の言質はあくまでそのときの大統領の口約束に過ぎない。その言質を公文書にしてくれと要求もしないし、大統領の口約束が有効なうちに尖閣諸島を実効支配しようともしない。尖閣諸島近海が日本の領海域だと言うなら、これだけ頻繁に領海侵犯している中国公船・船艦を撃沈する権利は国際的に認められている。それができないというなら、日本はもはや主権国家ではないという論理的結論に達せざるを得ない。
私がアメリカ本土に自衛隊基地を作れと主張しているのも同じ論理だ。そう主張できる根拠はトランプが与えてくれた。トランプは「アメリカ人は日本が他国から攻撃されたら血を流して日本を防衛する義務を負うが、日本人はアメリカが攻撃されてもソニーのテレビを見ているだけだ」と安保条約の片務性を非難した。
安倍前総理は安保法制を成立して集団的自衛権行使を容認した。アメリカが攻撃されるような事態が生じたら、当然、日本も存亡の危機になる。で、あれば、「集団的自衛権を行使するために自衛隊基地をアメリカに作る。もちろん自衛隊基地の設置場所は日本が決めるし、基地協定も結ばせてもらう。自衛隊基地維持のための思いやり予算も計上していただく」と、なぜ言わないのか。アメリカの大統領の要請に応じるわけだから、だれにも文句は言わせない。が、日本政府がトランプの「要請」に応じたら、アメリカが喜んでアメリカ本土に自衛隊基地を作らせるか。そんなことはありえない。結果として日本の米軍基地は日本防衛のためではないことが明々白々になる。
日本政府が主権国家としての誇りがあるなら、どうしてトランプ発言を「これ幸い」と反撃に出ないのか。「アメリカに自衛隊基地を」などと言う主張は、極右ですらできない。そういう意味では、私は超極右ということになる。
この論理、お分かりかな? 「そんな馬鹿な」と一笑に付す方が多いと思うが、論理とはそういう思考法を意味する。お分かりかな?

●菅総理が「宣言解除」発表でついたウソ。
本筋に戻る。菅総理つまり国家権力者は、なぜ今の時点で緊急事態宣言解除を決断したのか。誰の利益を重視した決断だったのか。菅総理は宣言解除の発表でこう述べた(要旨 朝日新聞19日付朝刊より)。

埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県について、3月21日をもって緊急事態宣言を解除する。飲食店の時間短縮を中心にピンポイントで行った対策は成果を上げている。1都3県の(新規)感染者数は1月7日から昨日までに8割以上減少した。目安とした基準を安定して満たしている。
しかし、感染者数は横ばい、微増の傾向がみられ、リバウンドが懸念されている。変異株の広がりにも警戒する必要がある。
解除にあたり、感染再拡大を防ぐための5本の柱からなる総合的な対策を決定した。
第1の柱は「飲食の感染防止」。1都3県では午後9時までの飲食店の時間短縮を継続し、1日4万円の支援を行う。
第2の柱は「変異株への対応」。国内の監視体制を強化し、航空便の搭乗者数抑制により入国者総数を管理するなど水際措置も強化する。
第3の柱は「感染拡大の予兆をつかむための戦略的な検査の実施」。無症状者のモニタリング検査を順次、主要な大都市で大幅に拡大し、来月には1日5千件の規模とする。
第4の柱は「安全・迅速なワクチン接種」。6月までに少なくとも1億回分が確保できる見通しで医療従事者、高齢者に行き渡る十分な量だ。
第5の柱は「医療体制の強化」。感染者が効果的に療養できる体制を作る。

宣言解除の具体的根拠は「1都3県の(新規)感染者数は1月7日から昨日までに8割以上減少した。目安とした基準を安定して満たしている」だけである。本当だろうか。
数字はウソをつかないが、都合のいいデータを援用することで、あたかも政策の効果があったかのような主張をすることはできる。例えば安倍第2次内閣が始めた「デフレ不況脱却のためのアベノミクス」。消費者物価指数を2%上げることを目標としたが、物価上昇率は1%にも満たなかったのに、「株価が上昇した」「従業員の平均給与が上がった(これは厚労省の忖度によるねつ造データ)」と、アベノミクスの成果を強調した。
さて、今回の緊急事態宣言は2回延長された。確かに緊急事態宣言を発出した1月7日の新規感染者数は2459人で、17日の新規感染者数724人は7割減だ(菅総理は「8割減」と1割さばを読んだが、政治家や官僚が発言するときはウソ発見器を常設したほうがいい)。問題は、2回目の延長に入った3月7日以降の新規感染者数の増減である。7日の首都圏の新規感染者数は592人、総理が基準にした17日の新規感染者数は724人だ(宣言解除発表日の18日は720人)。感染者数にして132人増え、増減率は+22%に達している。これがウソ偽りのない新型コロナの感染実態である。
緊急事態宣言を再延長したにもかかわらず、感染者数も増減率も大幅に増大している。総理が解除理由として強調した「目安とした基準を安定して満たしている」と言えるのだろうか。安倍さんにしても菅さんにしても、権力者が自分にとって都合がいい数字だけを援用して実態とはかけ離れたウソをつくから国民の政治不信が高まる。ドイツ首相のメルケル氏が、日本より厳しい感染状況にありながら、率直に実態を国民に明らかにして感染抑止のための協力を要請したのと、あまりにも違う権力者の姿勢だ。

●リバウンドは必至。ガースーは責任を取るか?
2回目の宣言延長以降、かえって感染者が増えたのは、テレビでも連日報道されていたように、若者を中心に繁華街の人出が増えだしたことに大きな要因があったと、私も思う。時短要請を無視して深夜まで営業する店も増えたし、そういう店では夜遅くまで満席状態が続いていたようだ。
「もう政治では打つ手がなくなった」
そう政府が無力感を抱いたことも、理解できないわけではない。が、そういう時政府が示す姿勢はどうあるべきか。日本では欧米のようにロックダウン政策は取れないと言われているが、ロックダウンができない法的根拠は不明だ。ドイツのメルケル首相のように、国民に真実を明らかにして「あなたたちが感染抑止に協力してくれないと、その付けはあなたたちだけでなく、あなたたちの子供や孫に必ず回る」と、なぜ訴えないのか。
国会で新立憲の蓮舫議員が菅総理に「いま宣言を解除して大丈夫か」と質問したのに対して、総理は「大丈夫だと、お・も・う」と答弁した。なぜ「大丈夫だ。もしリバウンドが生じたら、私が責任を取る」と、なぜ言えないのか。つまり政策決定について「責任は取りません」と宣言したのと同じなのだ。蓮舫議員も、「思うだけか。リバウンドが生じたとき、総理は責任を取るつもりがないのか」となぜ追及しなかったのか。
そんな茶番劇をやっているから、国会中継を見ていても、映像から緊張感が伝わってこない。
さらに宣言最終日で、しかも雨が降り続いているのに、21日の首都圏の人出はもう宣言解除されたと思えるほど多かったようだ。
「無理が通れば道理引っ込む」か。検証する。

●世界の世論は「中止または延期」という調査結果
20日、組織委員会、日本政府、東京都、IOC、IPC(国際パラリンピック委員会)の代表5人がオンライン会議を行い、東京オリンピック・パラリンピックへの海外からの観客の見送りを正式に決めた。
じつは日本側とIOCの水面下の協議はずっと続いていて、16日にIOCのバッハ会長が「海外からの観客受け入れ禁止措置をやむを得ない」と認めた。IOCは東京オリンピックの放映権を持っている米テレビ局NBCと放映権料の支払い義務について交渉を続けてきたはずだ。その結果、IOCは海外からの観客なしでの開催を受け入れたと思われる。
組織委の橋本会長は五輪相だったとき、海外からの選手団・関係者・観客のコロナ感染対策として1万人の医療従事者を確保すると国会で答弁した。日本に感染症の専門医を中心とする医療従事者がどのくらいいるのかは不明だが、前にもブログで「日本のコロナ患者治療に携わっている医療従事者が、自分たちが治療している患者を放り出してオリンピックのために働くことなどあり得ない」と何度も書いた。「もしそんな医療従事者がいたら、二度と日本で医療行為に携わることは不可能になる」とも書いた。
さすがに橋本氏も五輪相時代の発言がいかに非常識であったかに気付いたようだ。で、海外からの来日者の感染対策までは日本は責任を負えないとIOCに伝えたと思う。それに対するバッハの回答が「海外からの観客受け入れをやめてもいい」ということになり、政府は感染防止から「何が何でも東京オリンピック開催」に舵を切ったのが、18日の総理発表の舞台裏だったと思う。
が、実はもっと大きな問題が残っている。いったい、何か国が東京オリンピックに参加するだろうか、という問題だ。とくにアメリカが参加するという保証は、実はない。もしアメリカが「参加しない」となったら、不参加国が雪崩現象で急増する。そういう事態を政府、組織委、東京都は想定しているのだろうか。極めて疑問に思う。
実際、20日に公益財団法人「新聞通信調査会」が海外5か国の国民を対象に、東京オリンピック開催の是非を問うアンケート調査の結果を発表した(調査時期は不明)。その結果は、「中止または延期」と答えた比率はアメリカ74.4%、フランス70.6%、中国82.1%、韓国94.7%、タイ95.6%だった。調査国がちょっと偏っている感じはするが、アメリカの74.4%が気になる。

●すべてのカギはアメリカが握っている
アメリカはオリンピック大国というだけでなく、アメリカにとってスポーツは特別な存在である。言うまでもなくアメリカは人種のるつぼであり、奴隷制度を含めて人種差別の歴史を引きずってきている国である。アメリカのあらゆる社会を構成するシステムが白人優位を基本にしており、いまだにその汚点を消せない。
そうしたアメリカ社会の中で唯一といってもいい人種差別のない世界がスポーツなのだ。この意味の重要性は同じ連邦国家であるイギリスとの違いを見ればわかる。日本でも盛んなスポーツの源流の大半はイギリスとアメリカである。テニスやサッカー(フットボール)、ラクビー、ゴルフはイギリスが発祥。野球やアメフト、バスケットはアメリカが発祥。両国でともに盛んなプロスポーツはテニスとゴルフだけ。このことは何を意味するか。テニスとゴルフは個人競技であり、団体競技ではない。
アメリカとイギリスは世界中でもっとも強固な同盟関係にある国だが、団体競技ではイギリス発祥のプロスポーツはアメリカでは人気が出ないし、アメリカ発祥のスポーツはイギリスは受け入れない。さらにイギリスでは個人競技のスポーツの世界大会ではイギリスとして参加するが、団体競技は州単位でしか参加しない。一方アメリカはイギリスと同様の連邦国家でありながら、団体競技でもアメリカ合衆国として参加する。スポーツだけは人種差別が入り込む余地がなく、記録だけがすべてだからだ。ただし、テニスやゴルフ、水泳などは競技場そのものが人種差別しているところもあり、オリンピックのロス大会で新しい競技種目として採用されることになっていたゴルフが急遽中止になったのは、競技場に予定されていたオーガスタが黒人排除のゴルフ場だったためだ。タイガー・ウッズがオーガスタでプレーできるのは母親がアジア系ということで特別扱いされたためである。
アメリカが州の独立性が高いのに、有事の際には星条旗のもとに一致団結するのは、団体プロスポーツ(バスケット、アメフト、野球の3大スポーツ)が人種の壁を越えているからである。一方、人種の壁がないイギリスの団体競技(サッカー、ラクビー)は州の対抗意識が強く、州を超えて(つまりイギリスとして)世界大会に参加することはない(オリンピックだけ例外)。
そうした国の在り方が、アメリカのスポーツ大国を支えてきたとも言える。だからプロスポーツで成功した選手の収入は日本では考えられないほどの高額である。プロ選手でもオリンピックなどの世界大会には、カネにならなくても「名誉」を重視して参加する日本選手とは違い、アメリカのプロ選手は名誉より賞金額を重視する。ましてコロナ禍の中で、リスクを冒してアメリカの一流プロ選手が東京オリンピックに参加する可能性は極めて低いと考えざるを得ない。アメリカの一流選手が出場しないオリンピックということになると、アメリカは果たして大金を投じて大選手団を日本に送り込んでくれるだろうか。
万一、アメリカが不参加ということになると、NBCも放映権を返上してしまうだろうし、「アメリカが参加しないなら」と不参加国が次々に現れる危険性がある。組織委は、そうなる可能性を考慮しているのだろうか。

21日の『NHKスペシャル』が久しぶりにディベート番組を生放送した。「令和未来会議」と銘打った番組で、おそらく今後も生放送のディベート番組を継続すると思われる。この日のテーマ・タイトルは『あなたはどう考える? 東京オリンピック・パラリンピック』だった。
東京オリンピックを開催する意義や安全・安心対策について忖度なしの白熱した議論だったが、成功・失敗のカギを握っているのはアメリカだが、そうした観点での議論はまったくなかった。
日本の組織委や政府はこれまでIOCの意向ばかり気にしてきたが、アメリカに対する根回しはおそらく、まったくしていないと思う。何度も繰り返すようだが、アメリカ抜きのオリンピックはありえない。しかもある程度は一流選手の参加を取り付けないと、まったくしらけたオリンピックになってしまう。私の危惧が杞憂に終わればいいのだが…。