バイデンの勝利が確定したようだ。すでにイギリスのジョンソン首相やフランスのマクロン大統領がバイデンに祝福のツイッターを発したという。慎重だったバイデンも、8日午前10時40分頃(日本時間)、地元のデラウェア州ウィルミントンで勝利宣言を行った。
「アメリカの魂を取り戻す大統領になる」「分断ではなく結束を目指す大統領になる」「再びアメリカを世界中から尊敬される国にする」…
いっぽうトランプは依然として敗北を認めず、バイデン陣営の「不正」を攻撃して裁判に訴えつつある(すでにいくつかの州では集計差し止めの訴訟を起し、州の最高裁で棄却されている)。その一方でトランプは、ホワイトハウスを離れてバージニア州郊外の自分が所有するゴルフ場に向かった。そのゴルフは彼の生涯で最も楽しくないプレーになっただろう。酒が飲めないトランプは、やりきれない気持をゴルフ・ボールにぶつけるしかなかったのかもしれない。
●トランプの敗因
日本のメディアも投票日を過ぎてから、ジャーナリストや評論家が「今回の大統領選挙はトランプを選択するかNOを突き付けるかの選挙だった」としたり顔で解説を始めた。そんなことはとっくに分かっていた。選挙終盤まで政策論争といえるような熱戦は見られなかった。二人とも、相手に対する確証のないスキャンダル・キャンペーンをぶつけ合うだけで、政策をめぐる論争など全くなかったからだ(ひょっとしたら日本のメディアがアメリカの大統領選をM-1グランプリと勘違いして、政策論争を報道しなかったのかもしれないが)。
政策論争らしき論争があったのは2回目のテレビ討論(10月22日)だけで、バイデンが地球温暖化対策として「脱石油」を公言し、トランプがそれに噛み付いて「皆さん、聞いたね。バイデンはアメリカの石油産業を潰そうとしている」と揚げ足を取った時くらいだ。それまで優勢に選挙戦を進めていたバイデンにとって、唯一といえる失敗だった。
トランプの4年間、コロナ対策を除いて失政らしい失政はほとんどなかったと言える。もしコロナ禍がアメリカを襲わなかったら、また白人警官が黒人「不審者」に対する殺人事件を起こしたりしなかったら、トランプは歴史的大勝利を収めていたかもしれない。
トランプの「アメリカ・ファースト」は実質的には「白人ファースト」だったが、あからさまな人種差別政策をとったわけではなく、また過去の大統領選を見ても、人種問題が有権者の投票行動に直結したケースはない。現に米大統領選挙で人種問題が争点になったことはかつてない。オバマが黒人初の大統領になったときも、人種問題は避けたくらいだ。むしろ、いまアメリカでは白人の占める人口比率は60%ほどに下がっており、2050年ころには50%を切ると言われている。トランプの「白人ファースト」は何とか白人社会を維持しようという政策ともいえ(メキシコとの間に建設している「トランプの壁」はその典型)、むしろ白人票を集める効果があったと思える。
経済政策では、日本やヨーロッパの先進国がデフレ不況から脱却できず苦しんでいた間、アメリカだけが好景気を維持し続けた。アメリカの場合、コロナ禍の直前には新型インフルエンザ禍に見舞われ、その時点で景気に陰りが見え始めてはいた。アメリカでコロナ対策が遅れたのはそのためでもあった。
が、世界の多くの国が失敗したのは【コロナ対策と経済対策の両立】政策の失敗だった。小池都知事はこの両立政策を「ブレーキとアクセルを同時に踏むようなものだ」と批判したが、私は「ひとりシーソー」と名付けた。ブレーキとアクセルを同時に踏むことは物理的に不可能だが、【一人シーソー】は軸足のバランスをうまく取り続けることに成功すれば不可能ではないからだ。
安倍前政権が、この【一人シーソー】の役割を託したのが、西村コロナ感染対策担当相兼経済再生担当相だった。つまり政策的には相容れない二つの重要な政策責任が西村氏一人の肩にのしかかったのだ。コロナ感染対策に軸足を置けば経済活動の足を引っ張ることになるし、経済再生に軸足を移せばコロナが勢いを吹き返す。だから経済とコロナ感染状況の両方をにらみながら、朝令暮改的に政策を小刻みに転換するしかない状況に西村氏は置かれたと言える。
その【一人シーソー】をトランプはしなかった。敢えてコロナ禍を軽視することで経済活動の活性化政策を続けた。日銀・黒田総裁に比べれば、政府に対する独立性を強く維持してきたFRBのパウエル議長だが、トランプ大統領の圧力には屈しなかったが、経済界の要請をはねつけることはできずに金融緩和政策に軸足を移し、コロナ禍の蔓延を招いてしまった。
つまりトランプは【一人シーソー】ではなくコロナ禍を無視して一人相撲を取ったあげく、勝手に転んだ付けを取らされたのが今回の大統領選挙だった。はっきり言っておく。今回の大統領選挙はバイデンの勝利ではなく、トランプの敗北だった。それが証拠に、勝利が確定してからバイデンは初めて「コロナ対策」のチームを立ち上げることを発表した。
もっとも、選挙中にバイデンが「トランプはコロナ対策に失敗した」としか主張できなかったのも、わからないではない。「コロナを抑え込むために、国民は生活態度を変えてほしい」「産業界は経済活動を自粛してほしい」と主張していたら、おそらく大統領選は史上最低の投票率になっていただろう。無党派層が選挙にソッポを向いていただろうから。その場合の結果はわからない。
●バイデンの勝因は?
バイデンはなぜ7500万票という史上最大の票を獲得したのだろうか。
バイデンはそれだけ多くの国民の支持を得たと思っているようだが、トランプも7200万票を獲得している。前回の大統領選でのヒラリーの得票数との差と全く同じだ。
前回はいわゆる激戦州をトランプがほぼ総取りして「逆転勝利」を収めた。今回は序盤の開票でトランプが優位に立ち、日本のメディアは「また世論調査が裏切られた」と早とちりした向きもあった。正直なところ、投票日直前の2日にブログで【バイデン勝利】を断定した私も不安に思ったくらいだった。とくに激戦州でも天王山と言われていたペンシルバニア州での開票で、トランプが60万票もの差をつけてリードしたからだ。フロリダ州とは違って、ペンシルバニア州では世論調査でバイデンがトランプに大差をつけていたのにだ。
しかし今回は開票が進むにつれトランプの優位性は失われていくかに見えた。が、最初の大きな山のフロリダ州でトランプの勝利が確定した(フロリダ州でも世論調査ではバイデン有利だったが、小差だった)。前回の選挙でも、終盤に差し掛かってトランプの激戦州での追い上げがすさまじく、ヒラリーを逆転する結果を生んだ。だが、今回はフロリダ州を最後にトランプの勢いは失われていった。郵便投票が徐々に開票されるにつれ、バイデンの追い上げが始まった。
この段階でまたメディアは結果解釈する。「郵便投票は民主党支持者の方が多い」と。それは事実なのだが、そもそも民主党支持者の多くが郵便投票するのだったら、前回の大統領選でトランプの逆転はありえなかったはずだ。
私はこう見ている。トランプの集会は、トランプ自身もそうだが、トランプ支持者の大半が無防備、つまりマスクをかけていない。ところが、バイデンの場合、選挙演説の映像に支持者の姿が映っていないのだ。トランプの集会は前回のブログでも書いたが、まるで「お祭り」騒ぎだ。
バイデンの勝利がほぼ確定して、バイデンが勝利宣言を打った時には各地でバイデン陣営の「お祭り」集会が行われテレビに映像が出たが、参加者はほぼ全員マスクをかけていた。
メディアによれば、トランプ陣営の戸別訪問のすごさが激戦州の追い上げにつながったという報道があったが、これは裏付けのない私の推測だが、バイデン陣営は電話とメールで郵便投票を促していったのではないかと思われる(おそらく、このことは事実として確認されると思う)。
コロナに対する警戒感の差が、選挙結果に大きな影響を与えたのではないだろうか、と私は考えているからだ。つまり、「密」になる投票所に足を運ぶなという選挙戦術が、コロナを恐れる低所得層に浸透したことが、バイデンの勝利に結びついたのではないだろうか。
争点らしい争点がなかった選挙で、史上最高の投票率を記録したという事実が、そのことを何よりも雄弁に物語っている。
●民主主義の基本を無視した選挙だった
トランプは依然として敗北を認めず、バイデン陣営の「不正」を声高に叫んでいるようだ。が、「不正」の証拠は何ひとつ出せない。これが軍事独裁政権の国だったら、「不正」の一つや二つ、でっち上げるのは簡単だろうが、熱狂的なトランプ支持者でも、さすがにそこまではやらないと思う。「不正」をでっちあげるための不正を行ったら、トランプ王国はたちまち崩壊するからだ。
開票がすべて終わったわけではないが、バイデンの勝利は確定したとみていいだろう。そこで気になることがある。バイデンの勝利宣言のフレーズのいくつかを冒頭に書いたが、具体性のあるものは一つもない。トランプとのテレビ討論で口が滑った「脱石油」宣言すら封印してしまった。
それはともかく、バイデンの政策がまったく見えない。口が滑ったにせよ、トランプとのテレビ討論で「脱石油」を打ち出した以上、パリ協定には復帰すると思われるが、TPPへの復帰は? コロナ対策の一環としてオバマケアをさらに進めるのか? オバマの「核のない世界」を実現するため核禁条約にはどう向き合うつもりか? オバマやトランプと同様、尖閣諸島についての口約束をしてくれるのか? もし、してくれたとして、その代償としてバイデンは日本に何を要求するのか? トランプの経済成長至上主義政策を継承するのか修正するのか? トランプが始めた貿易戦争をどう終結させるか? いまの時点で公言しているのはWHOへの復帰だけである。
民主主義政治の大原則は、有権者に対する約束を守ることである。
少なくとも守ろうと努力することである。それも有権者の目にはっきり見えるようにだ。
オバマは大統領選で「国民皆保険」を公約した。日本のような「国民皆保険」には至らなかったが、民主党の宿願ともいえる健康保険制度「オバマケア」を何とか実現した。
トランプもメキシコとの国境に壁を作って不法移民を防ぐという公約を果たしつつあった。その費用をメキシコに負担させるという約束は空振りに終わったが…。しかし「アメリカ・ファースト」のために中国だけでなく日本やヨーロッパの同盟国にも貿易戦争を仕掛けた。
契約社会とも言われるアメリカでは、日本と違って選挙公約は非常に重視される。ところが、今回の大統領選挙ではトランプもバイデンも何ひとつとして公約を発表していない。あるいは日本のメディアが報道しなかっただけか?
●アメリカは民主主義の「お手本」か?
とにかくアメリカという国は、考えれば考えるほど不思議な国だと思う。連邦国家はアメリカだけではないが、アメリカは連邦制のなかでも特異な国だ。
日本の憲法はしばしば「硬性憲法」と言われ、改正のハードルが高いことは周知の事実だが、アメリカの方が改正ハードルはもっと高い。1788年に前文と7か条が制定されて以来、一度も改正されていない。事実上、永遠に改正不可能な憲法であり、その代わり修正が認められ、これまでに27の修正が付け加えられている。
日本人にはちょっと考えにくいが、50の各州にも州独自の憲法があり、連邦法とは別に州法もある。裁判も連邦裁判所と州の裁判所が別に存在し、最高裁判所すら州にもある。厳密な三権分立制と言われているが、連邦最高裁の判事(定員9人で終身制)の指名権は大統領にある。ただし、上院での承認が必要で、今回の大統領選挙中にも最高裁判事が一人新任されて、9人中6人が共和党員もしくは支持者になったため、トランプがいろいろ手を尽くして訴訟しているが、連邦最高裁まで行ってもトランプに勝ち目はなさそうだ。
もっとおかしいのは、大統領は全アメリカ国民の代表でありながら、必ずしも国民の投票を反映しない選挙制度になっていることだ。「直接選挙のようであって直接選挙ではない」おそらく世界で唯一の選挙制度だろうと思う。
議会の上院は州の人口に関係なく、各州2人ずつで計100名。任期は6年で2年ごとに約3分の1が改選になる。各州がそれぞれ独立性が高く、同等の権利を有するという考えなのだろうが、任期2年の下院(定数435人)は州の人口比で配分される。
大統領選挙は各州の人口比に応じて配分された選挙人を選出するが、その選挙人はほとんどの州が総取り方式で、必ずしも民意を反映した選挙とは言えない。実際、前回の大統領選ではヒラリーの方が300万票も多く獲得したが、選挙人の数でトランプに負けるという結果になっている。
政治家の選出方法は民主主義の基本と言えるが、アメリカの大統領選に関していえば、民主的と言えるだろうかという疑問が生じる。選挙人の総取り方式は、例えば今回のケースでいえば決着をつけることになったペンシルバニア州(選挙人20名)では、トランプに投じた票はすべて「死に票」になったのだから。各州の独立性を重んじるという理由なら、上院議員選挙のように選挙人は州の人口によらず各州1人としたほうが整合性が取れるように思うのだが…。
私はこれまで「民主主義は青い鳥」と書き続けてきた。民主主義は国民の民意を政治に反映することを意味する言葉だが、民主主義を標榜する国でも、民主主義政治を実現するための制度は国によってさまざまであり、完全な制度はない。
選挙制度は、その国がどの程度、民意をフェアに反映するシステムにしているかのバロメーターでもある。
日本の小選挙区比例代表制の衆院選挙制度も、そろそろ検証すべき時期に来ていると、私は思っている。そもそも「政権交代可能な2大政党政治」が「青い鳥」に近づく道だったのか。そうであるならばアメリカやイギリスのように単純小選挙区制にすべきだったし、少数政党にも配慮するというなら選挙制度を変える必要はなかった。
日本の政治家は「民主主義」という言葉をものすごく軽々しく扱っているが、そんなに軽いものではない。
「アメリカの魂を取り戻す大統領になる」「分断ではなく結束を目指す大統領になる」「再びアメリカを世界中から尊敬される国にする」…
いっぽうトランプは依然として敗北を認めず、バイデン陣営の「不正」を攻撃して裁判に訴えつつある(すでにいくつかの州では集計差し止めの訴訟を起し、州の最高裁で棄却されている)。その一方でトランプは、ホワイトハウスを離れてバージニア州郊外の自分が所有するゴルフ場に向かった。そのゴルフは彼の生涯で最も楽しくないプレーになっただろう。酒が飲めないトランプは、やりきれない気持をゴルフ・ボールにぶつけるしかなかったのかもしれない。
●トランプの敗因
日本のメディアも投票日を過ぎてから、ジャーナリストや評論家が「今回の大統領選挙はトランプを選択するかNOを突き付けるかの選挙だった」としたり顔で解説を始めた。そんなことはとっくに分かっていた。選挙終盤まで政策論争といえるような熱戦は見られなかった。二人とも、相手に対する確証のないスキャンダル・キャンペーンをぶつけ合うだけで、政策をめぐる論争など全くなかったからだ(ひょっとしたら日本のメディアがアメリカの大統領選をM-1グランプリと勘違いして、政策論争を報道しなかったのかもしれないが)。
政策論争らしき論争があったのは2回目のテレビ討論(10月22日)だけで、バイデンが地球温暖化対策として「脱石油」を公言し、トランプがそれに噛み付いて「皆さん、聞いたね。バイデンはアメリカの石油産業を潰そうとしている」と揚げ足を取った時くらいだ。それまで優勢に選挙戦を進めていたバイデンにとって、唯一といえる失敗だった。
トランプの4年間、コロナ対策を除いて失政らしい失政はほとんどなかったと言える。もしコロナ禍がアメリカを襲わなかったら、また白人警官が黒人「不審者」に対する殺人事件を起こしたりしなかったら、トランプは歴史的大勝利を収めていたかもしれない。
トランプの「アメリカ・ファースト」は実質的には「白人ファースト」だったが、あからさまな人種差別政策をとったわけではなく、また過去の大統領選を見ても、人種問題が有権者の投票行動に直結したケースはない。現に米大統領選挙で人種問題が争点になったことはかつてない。オバマが黒人初の大統領になったときも、人種問題は避けたくらいだ。むしろ、いまアメリカでは白人の占める人口比率は60%ほどに下がっており、2050年ころには50%を切ると言われている。トランプの「白人ファースト」は何とか白人社会を維持しようという政策ともいえ(メキシコとの間に建設している「トランプの壁」はその典型)、むしろ白人票を集める効果があったと思える。
経済政策では、日本やヨーロッパの先進国がデフレ不況から脱却できず苦しんでいた間、アメリカだけが好景気を維持し続けた。アメリカの場合、コロナ禍の直前には新型インフルエンザ禍に見舞われ、その時点で景気に陰りが見え始めてはいた。アメリカでコロナ対策が遅れたのはそのためでもあった。
が、世界の多くの国が失敗したのは【コロナ対策と経済対策の両立】政策の失敗だった。小池都知事はこの両立政策を「ブレーキとアクセルを同時に踏むようなものだ」と批判したが、私は「ひとりシーソー」と名付けた。ブレーキとアクセルを同時に踏むことは物理的に不可能だが、【一人シーソー】は軸足のバランスをうまく取り続けることに成功すれば不可能ではないからだ。
安倍前政権が、この【一人シーソー】の役割を託したのが、西村コロナ感染対策担当相兼経済再生担当相だった。つまり政策的には相容れない二つの重要な政策責任が西村氏一人の肩にのしかかったのだ。コロナ感染対策に軸足を置けば経済活動の足を引っ張ることになるし、経済再生に軸足を移せばコロナが勢いを吹き返す。だから経済とコロナ感染状況の両方をにらみながら、朝令暮改的に政策を小刻みに転換するしかない状況に西村氏は置かれたと言える。
その【一人シーソー】をトランプはしなかった。敢えてコロナ禍を軽視することで経済活動の活性化政策を続けた。日銀・黒田総裁に比べれば、政府に対する独立性を強く維持してきたFRBのパウエル議長だが、トランプ大統領の圧力には屈しなかったが、経済界の要請をはねつけることはできずに金融緩和政策に軸足を移し、コロナ禍の蔓延を招いてしまった。
つまりトランプは【一人シーソー】ではなくコロナ禍を無視して一人相撲を取ったあげく、勝手に転んだ付けを取らされたのが今回の大統領選挙だった。はっきり言っておく。今回の大統領選挙はバイデンの勝利ではなく、トランプの敗北だった。それが証拠に、勝利が確定してからバイデンは初めて「コロナ対策」のチームを立ち上げることを発表した。
もっとも、選挙中にバイデンが「トランプはコロナ対策に失敗した」としか主張できなかったのも、わからないではない。「コロナを抑え込むために、国民は生活態度を変えてほしい」「産業界は経済活動を自粛してほしい」と主張していたら、おそらく大統領選は史上最低の投票率になっていただろう。無党派層が選挙にソッポを向いていただろうから。その場合の結果はわからない。
●バイデンの勝因は?
バイデンはなぜ7500万票という史上最大の票を獲得したのだろうか。
バイデンはそれだけ多くの国民の支持を得たと思っているようだが、トランプも7200万票を獲得している。前回の大統領選でのヒラリーの得票数との差と全く同じだ。
前回はいわゆる激戦州をトランプがほぼ総取りして「逆転勝利」を収めた。今回は序盤の開票でトランプが優位に立ち、日本のメディアは「また世論調査が裏切られた」と早とちりした向きもあった。正直なところ、投票日直前の2日にブログで【バイデン勝利】を断定した私も不安に思ったくらいだった。とくに激戦州でも天王山と言われていたペンシルバニア州での開票で、トランプが60万票もの差をつけてリードしたからだ。フロリダ州とは違って、ペンシルバニア州では世論調査でバイデンがトランプに大差をつけていたのにだ。
しかし今回は開票が進むにつれトランプの優位性は失われていくかに見えた。が、最初の大きな山のフロリダ州でトランプの勝利が確定した(フロリダ州でも世論調査ではバイデン有利だったが、小差だった)。前回の選挙でも、終盤に差し掛かってトランプの激戦州での追い上げがすさまじく、ヒラリーを逆転する結果を生んだ。だが、今回はフロリダ州を最後にトランプの勢いは失われていった。郵便投票が徐々に開票されるにつれ、バイデンの追い上げが始まった。
この段階でまたメディアは結果解釈する。「郵便投票は民主党支持者の方が多い」と。それは事実なのだが、そもそも民主党支持者の多くが郵便投票するのだったら、前回の大統領選でトランプの逆転はありえなかったはずだ。
私はこう見ている。トランプの集会は、トランプ自身もそうだが、トランプ支持者の大半が無防備、つまりマスクをかけていない。ところが、バイデンの場合、選挙演説の映像に支持者の姿が映っていないのだ。トランプの集会は前回のブログでも書いたが、まるで「お祭り」騒ぎだ。
バイデンの勝利がほぼ確定して、バイデンが勝利宣言を打った時には各地でバイデン陣営の「お祭り」集会が行われテレビに映像が出たが、参加者はほぼ全員マスクをかけていた。
メディアによれば、トランプ陣営の戸別訪問のすごさが激戦州の追い上げにつながったという報道があったが、これは裏付けのない私の推測だが、バイデン陣営は電話とメールで郵便投票を促していったのではないかと思われる(おそらく、このことは事実として確認されると思う)。
コロナに対する警戒感の差が、選挙結果に大きな影響を与えたのではないだろうか、と私は考えているからだ。つまり、「密」になる投票所に足を運ぶなという選挙戦術が、コロナを恐れる低所得層に浸透したことが、バイデンの勝利に結びついたのではないだろうか。
争点らしい争点がなかった選挙で、史上最高の投票率を記録したという事実が、そのことを何よりも雄弁に物語っている。
●民主主義の基本を無視した選挙だった
トランプは依然として敗北を認めず、バイデン陣営の「不正」を声高に叫んでいるようだ。が、「不正」の証拠は何ひとつ出せない。これが軍事独裁政権の国だったら、「不正」の一つや二つ、でっち上げるのは簡単だろうが、熱狂的なトランプ支持者でも、さすがにそこまではやらないと思う。「不正」をでっちあげるための不正を行ったら、トランプ王国はたちまち崩壊するからだ。
開票がすべて終わったわけではないが、バイデンの勝利は確定したとみていいだろう。そこで気になることがある。バイデンの勝利宣言のフレーズのいくつかを冒頭に書いたが、具体性のあるものは一つもない。トランプとのテレビ討論で口が滑った「脱石油」宣言すら封印してしまった。
それはともかく、バイデンの政策がまったく見えない。口が滑ったにせよ、トランプとのテレビ討論で「脱石油」を打ち出した以上、パリ協定には復帰すると思われるが、TPPへの復帰は? コロナ対策の一環としてオバマケアをさらに進めるのか? オバマの「核のない世界」を実現するため核禁条約にはどう向き合うつもりか? オバマやトランプと同様、尖閣諸島についての口約束をしてくれるのか? もし、してくれたとして、その代償としてバイデンは日本に何を要求するのか? トランプの経済成長至上主義政策を継承するのか修正するのか? トランプが始めた貿易戦争をどう終結させるか? いまの時点で公言しているのはWHOへの復帰だけである。
民主主義政治の大原則は、有権者に対する約束を守ることである。
少なくとも守ろうと努力することである。それも有権者の目にはっきり見えるようにだ。
オバマは大統領選で「国民皆保険」を公約した。日本のような「国民皆保険」には至らなかったが、民主党の宿願ともいえる健康保険制度「オバマケア」を何とか実現した。
トランプもメキシコとの国境に壁を作って不法移民を防ぐという公約を果たしつつあった。その費用をメキシコに負担させるという約束は空振りに終わったが…。しかし「アメリカ・ファースト」のために中国だけでなく日本やヨーロッパの同盟国にも貿易戦争を仕掛けた。
契約社会とも言われるアメリカでは、日本と違って選挙公約は非常に重視される。ところが、今回の大統領選挙ではトランプもバイデンも何ひとつとして公約を発表していない。あるいは日本のメディアが報道しなかっただけか?
●アメリカは民主主義の「お手本」か?
とにかくアメリカという国は、考えれば考えるほど不思議な国だと思う。連邦国家はアメリカだけではないが、アメリカは連邦制のなかでも特異な国だ。
日本の憲法はしばしば「硬性憲法」と言われ、改正のハードルが高いことは周知の事実だが、アメリカの方が改正ハードルはもっと高い。1788年に前文と7か条が制定されて以来、一度も改正されていない。事実上、永遠に改正不可能な憲法であり、その代わり修正が認められ、これまでに27の修正が付け加えられている。
日本人にはちょっと考えにくいが、50の各州にも州独自の憲法があり、連邦法とは別に州法もある。裁判も連邦裁判所と州の裁判所が別に存在し、最高裁判所すら州にもある。厳密な三権分立制と言われているが、連邦最高裁の判事(定員9人で終身制)の指名権は大統領にある。ただし、上院での承認が必要で、今回の大統領選挙中にも最高裁判事が一人新任されて、9人中6人が共和党員もしくは支持者になったため、トランプがいろいろ手を尽くして訴訟しているが、連邦最高裁まで行ってもトランプに勝ち目はなさそうだ。
もっとおかしいのは、大統領は全アメリカ国民の代表でありながら、必ずしも国民の投票を反映しない選挙制度になっていることだ。「直接選挙のようであって直接選挙ではない」おそらく世界で唯一の選挙制度だろうと思う。
議会の上院は州の人口に関係なく、各州2人ずつで計100名。任期は6年で2年ごとに約3分の1が改選になる。各州がそれぞれ独立性が高く、同等の権利を有するという考えなのだろうが、任期2年の下院(定数435人)は州の人口比で配分される。
大統領選挙は各州の人口比に応じて配分された選挙人を選出するが、その選挙人はほとんどの州が総取り方式で、必ずしも民意を反映した選挙とは言えない。実際、前回の大統領選ではヒラリーの方が300万票も多く獲得したが、選挙人の数でトランプに負けるという結果になっている。
政治家の選出方法は民主主義の基本と言えるが、アメリカの大統領選に関していえば、民主的と言えるだろうかという疑問が生じる。選挙人の総取り方式は、例えば今回のケースでいえば決着をつけることになったペンシルバニア州(選挙人20名)では、トランプに投じた票はすべて「死に票」になったのだから。各州の独立性を重んじるという理由なら、上院議員選挙のように選挙人は州の人口によらず各州1人としたほうが整合性が取れるように思うのだが…。
私はこれまで「民主主義は青い鳥」と書き続けてきた。民主主義は国民の民意を政治に反映することを意味する言葉だが、民主主義を標榜する国でも、民主主義政治を実現するための制度は国によってさまざまであり、完全な制度はない。
選挙制度は、その国がどの程度、民意をフェアに反映するシステムにしているかのバロメーターでもある。
日本の小選挙区比例代表制の衆院選挙制度も、そろそろ検証すべき時期に来ていると、私は思っている。そもそも「政権交代可能な2大政党政治」が「青い鳥」に近づく道だったのか。そうであるならばアメリカやイギリスのように単純小選挙区制にすべきだったし、少数政党にも配慮するというなら選挙制度を変える必要はなかった。
日本の政治家は「民主主義」という言葉をものすごく軽々しく扱っているが、そんなに軽いものではない。
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