tyakoの茶の湯往来

日常生活の中から茶道の事を中心に、花の事、旅の事、そして、本や写真の事など、気ままに書いて見ようと思ってます。

中山道 大宮宿から上尾宿まで

2020-01-29 17:05:22 | 中山道六十九次散歩

129日(水)

昨日の雪や氷雨が嘘のような暖かさでした。

今日も大学はテスト週間でお休みですので、先日行って来た「中山道散歩」の備忘録です。

そろそろ忘れかけておりますので・・・

大宮駅

ここ大宮駅は、江戸時代の大宮宿にあり、日本橋から7里16町といいますから、およそ29キロです。

大宮宿は、氷川神社の門前町として存在しておりましたが、寛永年間に街道が整備され新しい町づくりが行われて、宿場町としての機能が形成されたといわれております。

今回は、ここ大宮駅から出発です。

東光寺山門

曹洞宗1万5千寺の内十指に入るといわれている北関東の名刹です。

熊野の僧が、人肉を食うという鬼を法力で懲らしめ、鬼に食われたという人々の霊を慰めるために東光坊を建立したのが起縁とされております。

 

達磨大師

禅宗のお寺さんには必ずと言って良いほどある達磨大師です。

妖艶な仏さま

達磨大師が安置されている山門に並んでおりました。

何とも妖艶な仏さまで、アニメの世界から抜け出て来たかのようなお姿です。

このお寺さんの接待所をお借りして、身支度を整えて雪の中を出発しました。

道しるべ

この道しるべは安政7年に建てられたといわれております。

中山道から西への行き先「西大山 御岳」と描かれておりました。

石上神社(いそのかみじんじゃ)

江戸の昔から中山道の絵図にも描かれている古い神社です。

今でこそ「疱瘡」を怖がる人はおりませんが、江戸時代の古人は「はやり病」として恐れたそうです。

この石上神社葉、疱瘡をにかからない、なったら直してくれるそんなありがたい神社だったそうです。

東大成の庚申塔

元禄10年の建立と伝えられております。

地元では、耳の神さん、眼の神さんと大事にされているそうです。

正面には、青面金剛像・二鶏・三猿が彫られております。

加茂神社

京都の加茂神社を勧進した社で、年代は不明だそうです。

石柱に「村社加茂神社」と刻まれておりますが、「村社」をセメントで埋めたために却って目立っているという面白さがあります。

水準点

地形や建物などの高さを測る時の基準となるところで、主要国道には2キロ置きにこの水準点が埋められております。

上尾市

上尾市に入りました。

中山道上尾宿は、本陣1軒、脇本陣3軒、旅籠41軒だったと記録が残っております。

上尾が宿場として整備されたのは、江戸になってからといわれております。

本陣跡

本陣跡には、立派な家が建ち面影は全くありませんが、建てかえる時に屋根瓦の一部を塀に使い、往時をしのんでおります。

 

氷川鍬神社

上尾宿の総鎮守で、「お鍬さま」と呼ばれております。

名前の由来は、昔、子供たちがご神体として、鍬二丁を交叉させた車を押して上尾の宿来て、そのまま置いて行ってしまったので、村人たちは、これは農耕神だとして祀り、五穀豊穣を祈ったといわれております。

上尾駅

この駅が、今回の中山道散歩のゴールです。

3時半には着いてしまいました。

それでも、14キロ、20,350歩歩きました。

 

 

コメント
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