2008年6月9日(月) 土日のダイドック祝島ツアーに参加した翌日は、有給休暇。
朝、いつもよりかなりゆっくりと起き出し、ゆったりとした心持ちで朝食を摂る。
今日は、大事な任務が待っている。
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家族全員で愛用している倉橋島のおいしい『刺身醤油』が底を尽き、息子二人が風呂上がりに愛飲している里さんの『ラムネ』が残り2本になってしまったのである。
『今日は特に予定はないけえ、わしが買いに行って来ちゃるわ』
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クルマで妻を職場の近くで下ろし、そのまま倉橋島へと向かう。
曲がりくねった狭い、だが風光明媚な海沿いの道を走り、室尾の集落へ。
ここからは、更に細く、クルマ一台がやっとの家と家との間の路地を、そろりそろりと進んで行く。
里ラムネさんに到着。
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駐車場にクルマを入れていると、作業場の開いた窓からおじさんが顔を覗かせた。
私はクルマの中から会釈すると、ニコリと笑顔が返ってきた。
クルマから降り、『こんにちは。 また、買いにきました。 2ケースお願いします』
空瓶の入った軽いケースを店の前に置き、ラムネが詰まった重いケースをクルマへと積み込む。
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私はいつものように、興味津々で作業場の中を眺めながら、『今日は暑いですねえ』 すると、『ほうじゃのお』
『今日は、ラムネ、詰めないんですか?』 『今日は、瓶を洗おうとおもうて準備しよったところ』
こうなると、ラムネにまつわる話を伺うのが好きな私のことを知っているおじさんは、作業場の前のスペースに置かれた台に腰を落ち着け、四方山話モードに入った。
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『今年は暑いけえ、ようけえ売れりゃあええですねえ』 『なあに、売れたけゆうても知れとるよ。 まあ一夏に○○本くらいじゃけえ』
『最近は、瓶はどうなんですか?』 『それがのお、だんだん減って行きよるわ』 そう、昔ながらのラムネ瓶にこだわる『里ラムネ』さんのような製造元では、既に生産されていないラムネの瓶の確保が大きな問題なのである。
飲んだ後の空瓶は、店に戻され、洗浄され、再びラムネが詰められて商品になる。 まさに、リユースを前提にした商売なのである。
『今は、口の所がプラスチックになっとる瓶があるじゃないですか。 あれはどうなんですか?』 『あれはだめよ。 やっぱりガラスじゃないと。 プラスチックのやつは、どうしても口元が冷えん。 いっぺん、飲み比べてみたらええよ』
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作業場の片隅に、皮の輪っかが置いてある。 『これ、この前見せてもろうたパッキンですよね?』
『そうよ。 端がすり減って漏れるようになったけえ、交換したんよ』 『どれくらい保つんですか?』
『うん、だいたい2年くらいかの』
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↑ パッキンの構造を説明していただいた。 ここの穴で砂糖水が入って、ここで炭酸を入れて、ここで炭酸を少し抜いて。 これを瓶が回りながら3回繰り返す。 最後の炭酸を抜く工程で、下向きになった瓶の『ラムネ玉(ビー玉)』が炭酸に押されてパッキンに押し付けられ、栓がされる。
この、穴の開けられた皮のパッキンが、シーケンサーの役目をしている訳である。 なんとも素晴らしいじゃないか。
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↑ 立ち上がり、奥に入って行ったおじさんが見せて下さったのは、新品の皮。
『これが、新品のパッキンよ』 『穴はどうするんですか?』 『そりゃあ、機械に合わせて自分で開けるんよ』
『ドリルかなんかで?』 『そう、最初はドリルで。 その後は、焼けた火箸で少しずつ広げて行く』
なるほど、それで長穴が開けられるんだ。 それに、穴のふちが黒く焼けたようになっている訳も分かった。
『前のは、外周がすり減って切れとるじゃろ。 じゃけえ今回は、径を少し大きゅうしてもろうたんよ』
『厚みも、もう少し厚いのがええんじゃけど、これ以上厚うすると、値段が跳ね上がるそうじゃ。 前は、2枚を接着して厚うしてもろうとったこともあるよ』
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しばし、作業場の中を見学。 見ると、電動機からプーリーを介して動力を伝える長いベルトの継ぎ目が目に入ってきた。
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↑ 木で作られたプーリー。 ベルトでこすられ、歴史を感じさせる良い艶が出ている。 感涙!
『ベルトって、こんな風にして継いであるんですか!』
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するとおじさんはニコニコしながら再び奥に入り、小さな箱を取り出してきた。 『これよ。 この金具で留めるんじゃ』 『なるほど』
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『今日は、今から瓶を洗うとこ』
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↑ お客さんの所から返ってきた瓶は、まずは大きな洗浄機で洗われる。 その後は、一本一本、高圧水や電動機に取り付けられたブラシで丁寧に洗うのだ。
昔の瓶は、一本一本微妙にサイズが異なるのに加えて、ラムネの場合は瓶の中にビー玉が入っているので、ブラシのサイズを変えないといけない場合もあるそうだ。
更に、洗われようとしている瓶を見ると、パッキンがないものがある。 『これ、パッキンがないですが』 『弱っとるパッキンは外すんよ』 たしかに、作業場には交換用のパッキンが置いてある。 『こりゃあ、ほんまに大変ですねえ』
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『一本一本大変ですね』 『まあ、手間はかかるよねえ』
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『いやあ、今日もいろいろとお話を聞かせてもろうて楽しかったです。 ほんまにありがとうございました。 また来ます』
『じゃあ、気をつけて』
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里ラムネさんを後にし、次は倉橋のおいしい刺身醤油を仕入れ、室尾の集落をしばし散策。
ああ、今日は倉橋に来て良かった。 倉橋島室尾での、『あるく みる きく』となった一日。
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こうして一本一本、大変な手間暇を掛けて詰められる『里らむね』
夏が近付き、ラムネのおいしい季節がやってきた。
たまにはビールじゃなく、ラムネをプシュッと開けてグビリと飲るか!