2009年6月27日(土) 初夏には珍しく、涼しい朝。 テントの中での寝起きも快適だ。
今日は豊島で『よりんさい屋』をやっておられ、いつも島ではお世話になっているKさんを久し振りに訪ね、お昼ごはんに豊島の『マリちゃん』でおいしいお好み焼きを食べて帰る予定。 ゆったりと余裕のある一日。
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朝日が昇る頃にゆっくりとテントから這い出し、ストームクッカーでお湯を沸かしてコーヒーを飲む。 薄い長袖Tシャツでちょうどよい位の気温だ。 iPodでお気に入りの落語を聞きながらコーヒーを飲む。 静かな島の朝。
再びお湯を沸かし、スープとパンの簡単な朝食。
8時、少し早いが出発するか。 せっかく時間があるのだから、数年前に海水浴場ができた大浜に行ってみよう。
この、『大崎下島の大浜』には、2008年2月にキャンプツーリングをするつもりで蒲刈から漕いで訪れたのだが、残念ながらキャンプ禁止と言う事で断られ、急遽岡村島に変更した苦い想い出のある土地である。
ただあの時も、翌日行われるという『弓祈祷』の準備中だったということで、ここには何かありそうな気がしているのだ。
***
海水浴場の駐車場にクルマを停め、浜を歩いてみる。 シーズン前の海水浴場は、釣りをしている人が居るくらいで、静かなもの。 それにしても広くてきれいな浜である。 キャンプ禁止と言うのは残念だ。
グルリと回って駐車場に戻ると、近くのベンチにひとりのおじいさんが座って居られた。 『おはようございます』と挨拶すると、『ああ、おはよう。 あのフネはあんたのかね?』と返ってきた。
『ええ、昨日は県民の浜を出て、御手洗まで漕いだんですよ。 いつもなら漕いで戻るんですけど、橋が架かってバスが走るようになったから、昨日のうちにクルマを取りに戻って。 そして御手洗でキャンプして、今から豊島の知り合いの所に行く途中です』 『ほう、御手洗まで。 えらいもんじゃなあ。 どれくらいかかる?』 『はい、だいたい北回りで2時間くらいですかねえ』 『そりゃあ早い』と驚いた様子。
それからしばしお話を聞かせていただいた。
『このあたりは、漁師さんなんですか、それとも農家が多いんですか?』 『ここらはほとんど農家よ。 漁師はほとんどおらん』 『みかんですか?』 『そうよ。 ほれ、あそこにも見えらあ。 こっちも。 あんな高い所の急斜面で作るんじゃけえ、年寄りになったらなかなかできんようになって放っとる畑も増えとる。 (笑いながら、)なんせ、傾斜が45度もあるんじゃ』
『このあたりは遠浅で、潮が引いたら大けな干潟が出よったよ。 貝もいっぱい採れよったなあ』 『この公園ができる前は、家の目の前が海じゃったろう。 台風が来たらな、もう波がもろよ。 波のしぶきが家の屋根を越えて、そりゃあもうひどかった。 この辺りの家は、ほとんど屋根をやりかえとるよ』
『なるほど、それでそこの家の海側は、おおきな石垣にしとるんですね』
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***
『ここらは、昔はどがあなかったんですか?』
『戦争が終わって、軍隊上がりがようけ帰ってきた。 気が荒いんも多いじゃろう。 そいつらは江田島の弾薬庫にダイナマイトを盗みに行って、それを爆発させて魚を獲ったりしよったよ』 『ダイナマイト漁にはわしも行ったことがある。 火を点けて海に投げ込んだら、「ほれ、逃げい」言うて一生懸命漕ぐんじゃ。 戦後すぐじゃけえ、当時はエンジン付きの船なんかありゃせん。 それじゃけえ、一生懸命漕いで逃げて、少しして戻ったら、おおけな鯛やチヌなんか、ようけ浮いとったもんよ』
『そりゃあ、命がけですね!』 『ほうよ、ダイナマイトが爆発したら、船がギシギシ、ミシミシ、いうて音をたてるんじゃ』
『浮いた魚を拾うんも、バケツよ。 タモ網なんかないんじゃけん』
***
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『御手洗ものう、昔は賑やかじゃったんで。 わしらが22歳の頃まで遊郭があったんじゃ』 『行ったか? そりゃあ行ったよ。 べっぴんさんがようけ居ったよのう。 あの頃は旅館も食堂も何軒もあった。 九州からの機帆船も潮待ちで寄りよったし、ほんま賑やかじゃったよ』 『バスなんかない。 あの頃は船よ。 今とは違うて、定期船の便数も多かったし。 みんな船で行きよった』 『木江にも遊郭があって、それは御手洗の何倍も大きな街じゃった。 でも木江は恐あて、あまりいかだった』
『九州から石炭を積んだ機帆船が来よった頃はの、関前灘の方で、石炭を横流ししてもらうやつらも居ったよ』 『走りよる船の横に、自分らの船を横付けして、船に積んである石炭を、こがあな大けなシャベルですくって下の船にそのまま投げ下ろすんよ。 まあ、血の気の多い、怖いもん知らずの若いもんがようけおったけえの』
『あんたはどっから来た?』 『はい、呉の阿賀です』 『ほうか、阿賀か! 阿賀いうたら、「阿賀のボンクウ」いうて、わしらも言いよった(笑)』 『ボンクウってなんですか?』 『ボンクウいうたら、○○○の事よ』
『へえ、そうなんですか! あの「仁義なき戦い」で有名な阿賀です。 やっぱり、そういう方面で有名なんですねえ』
***
『前にここの浜にシーカヤック漕いできたときは、弓祈祷の準備をされよりました』 『ほうか。 今じゃあ若い人も減って大変なんじゃが、昔は賑やかじゃったよ』
『わし? わしは出よらんかったよ。 あれはなあ、変な所に飛んで見に来た人に怪我をさせてもいけんけえ、腕のええ選ばれた人が出よった。 何週間も前から練習して、冬なんじゃが海で水垢離して体を清める』 『夜に水垢離するんじゃが、その時に女の人に見られたら穢れたいうことで、もう一回水垢離して清め直しじゃあ』
***
『この前、大崎上島に行って櫂伝馬を漕がせてもろうたんですよ。 ここには櫂伝馬はないんでしょうか?』
『櫂伝馬。 今はないけど昔はあったのう。 ここの前の海でも祭りの時に出しよった』 『今でも、あそこの神社の横の倉庫に置いてあるじゃろう』
『え、そうなんですか! じゃあ、見に行ってみます。 いろいろ面白い話しを聞かせていただいて、楽しかったです。 ありがとうございました』
という訳で、長い間倉庫に仕舞ってあるという櫂伝馬を見に行く事にした。 やはり睨んだ通り、ここ大浜には何かあると思っていた。 来て良かったなあ。
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『あるくみるきく_旅するシーカヤック』
今日は豊島で『よりんさい屋』をやっておられ、いつも島ではお世話になっているKさんを久し振りに訪ね、お昼ごはんに豊島の『マリちゃん』でおいしいお好み焼きを食べて帰る予定。 ゆったりと余裕のある一日。
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朝日が昇る頃にゆっくりとテントから這い出し、ストームクッカーでお湯を沸かしてコーヒーを飲む。 薄い長袖Tシャツでちょうどよい位の気温だ。 iPodでお気に入りの落語を聞きながらコーヒーを飲む。 静かな島の朝。
再びお湯を沸かし、スープとパンの簡単な朝食。
8時、少し早いが出発するか。 せっかく時間があるのだから、数年前に海水浴場ができた大浜に行ってみよう。
この、『大崎下島の大浜』には、2008年2月にキャンプツーリングをするつもりで蒲刈から漕いで訪れたのだが、残念ながらキャンプ禁止と言う事で断られ、急遽岡村島に変更した苦い想い出のある土地である。
ただあの時も、翌日行われるという『弓祈祷』の準備中だったということで、ここには何かありそうな気がしているのだ。
***
海水浴場の駐車場にクルマを停め、浜を歩いてみる。 シーズン前の海水浴場は、釣りをしている人が居るくらいで、静かなもの。 それにしても広くてきれいな浜である。 キャンプ禁止と言うのは残念だ。
グルリと回って駐車場に戻ると、近くのベンチにひとりのおじいさんが座って居られた。 『おはようございます』と挨拶すると、『ああ、おはよう。 あのフネはあんたのかね?』と返ってきた。
『ええ、昨日は県民の浜を出て、御手洗まで漕いだんですよ。 いつもなら漕いで戻るんですけど、橋が架かってバスが走るようになったから、昨日のうちにクルマを取りに戻って。 そして御手洗でキャンプして、今から豊島の知り合いの所に行く途中です』 『ほう、御手洗まで。 えらいもんじゃなあ。 どれくらいかかる?』 『はい、だいたい北回りで2時間くらいですかねえ』 『そりゃあ早い』と驚いた様子。
それからしばしお話を聞かせていただいた。
『このあたりは、漁師さんなんですか、それとも農家が多いんですか?』 『ここらはほとんど農家よ。 漁師はほとんどおらん』 『みかんですか?』 『そうよ。 ほれ、あそこにも見えらあ。 こっちも。 あんな高い所の急斜面で作るんじゃけえ、年寄りになったらなかなかできんようになって放っとる畑も増えとる。 (笑いながら、)なんせ、傾斜が45度もあるんじゃ』
『このあたりは遠浅で、潮が引いたら大けな干潟が出よったよ。 貝もいっぱい採れよったなあ』 『この公園ができる前は、家の目の前が海じゃったろう。 台風が来たらな、もう波がもろよ。 波のしぶきが家の屋根を越えて、そりゃあもうひどかった。 この辺りの家は、ほとんど屋根をやりかえとるよ』
『なるほど、それでそこの家の海側は、おおきな石垣にしとるんですね』
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『ここらは、昔はどがあなかったんですか?』
『戦争が終わって、軍隊上がりがようけ帰ってきた。 気が荒いんも多いじゃろう。 そいつらは江田島の弾薬庫にダイナマイトを盗みに行って、それを爆発させて魚を獲ったりしよったよ』 『ダイナマイト漁にはわしも行ったことがある。 火を点けて海に投げ込んだら、「ほれ、逃げい」言うて一生懸命漕ぐんじゃ。 戦後すぐじゃけえ、当時はエンジン付きの船なんかありゃせん。 それじゃけえ、一生懸命漕いで逃げて、少しして戻ったら、おおけな鯛やチヌなんか、ようけ浮いとったもんよ』
『そりゃあ、命がけですね!』 『ほうよ、ダイナマイトが爆発したら、船がギシギシ、ミシミシ、いうて音をたてるんじゃ』
『浮いた魚を拾うんも、バケツよ。 タモ網なんかないんじゃけん』
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『御手洗ものう、昔は賑やかじゃったんで。 わしらが22歳の頃まで遊郭があったんじゃ』 『行ったか? そりゃあ行ったよ。 べっぴんさんがようけ居ったよのう。 あの頃は旅館も食堂も何軒もあった。 九州からの機帆船も潮待ちで寄りよったし、ほんま賑やかじゃったよ』 『バスなんかない。 あの頃は船よ。 今とは違うて、定期船の便数も多かったし。 みんな船で行きよった』 『木江にも遊郭があって、それは御手洗の何倍も大きな街じゃった。 でも木江は恐あて、あまりいかだった』
『九州から石炭を積んだ機帆船が来よった頃はの、関前灘の方で、石炭を横流ししてもらうやつらも居ったよ』 『走りよる船の横に、自分らの船を横付けして、船に積んである石炭を、こがあな大けなシャベルですくって下の船にそのまま投げ下ろすんよ。 まあ、血の気の多い、怖いもん知らずの若いもんがようけおったけえの』
『あんたはどっから来た?』 『はい、呉の阿賀です』 『ほうか、阿賀か! 阿賀いうたら、「阿賀のボンクウ」いうて、わしらも言いよった(笑)』 『ボンクウってなんですか?』 『ボンクウいうたら、○○○の事よ』
『へえ、そうなんですか! あの「仁義なき戦い」で有名な阿賀です。 やっぱり、そういう方面で有名なんですねえ』
***
『前にここの浜にシーカヤック漕いできたときは、弓祈祷の準備をされよりました』 『ほうか。 今じゃあ若い人も減って大変なんじゃが、昔は賑やかじゃったよ』
『わし? わしは出よらんかったよ。 あれはなあ、変な所に飛んで見に来た人に怪我をさせてもいけんけえ、腕のええ選ばれた人が出よった。 何週間も前から練習して、冬なんじゃが海で水垢離して体を清める』 『夜に水垢離するんじゃが、その時に女の人に見られたら穢れたいうことで、もう一回水垢離して清め直しじゃあ』
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『この前、大崎上島に行って櫂伝馬を漕がせてもろうたんですよ。 ここには櫂伝馬はないんでしょうか?』
『櫂伝馬。 今はないけど昔はあったのう。 ここの前の海でも祭りの時に出しよった』 『今でも、あそこの神社の横の倉庫に置いてあるじゃろう』
『え、そうなんですか! じゃあ、見に行ってみます。 いろいろ面白い話しを聞かせていただいて、楽しかったです。 ありがとうございました』
という訳で、長い間倉庫に仕舞ってあるという櫂伝馬を見に行く事にした。 やはり睨んだ通り、ここ大浜には何かあると思っていた。 来て良かったなあ。
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『あるくみるきく_旅するシーカヤック』