クラブボクシング@ゴールドジム湘南神奈川

普通、湘南辻堂といえばサーフィンなのにボクシングでひたすら汗を流すオッさん達のうだうだ話!

戸高くんといっしょ! 其の三

2020年10月22日 | ちっちゃいおっさん

本日も慌てん坊さんの好人物戸高君のお話をひとつ。


3年ほど前にビジネスパートナーの戸高君と一緒に岡山県津山市に行った時のことです。





さて、現在、タイ国内では騒乱が起きておりますが、3年ほど前もタイでは大変な事態が起きていました。


慌てん坊さんの戸高君は相変わらずのかみかみの早口でアジア株式市場の動向を説明しています。


「えー この3ヵ月で一番上がったのはタイ株式市場です。何故かというと反インラック派の軍部がクーデターを起こして軍事政権が樹立したわけですが、インラック前首相が ボバイにドウメイして国内政権が落ち着いたことで株価が上昇したんですね。」


「えー ちなみにこのボバイにドウメイしたインラック前首相はタイで初めての女性首相だったんですね。」


「えー この ボバイにドウメイしたインラックさんは、ほら、なかなかの美人です!」と「ボバイにドウメイ」を連呼する戸高君です。


いつもそうですが、戸高君は言い間違ったところを連呼するする癖があるんですよ。




ですから、1回目は聞き流していた方達も、2回目で違和感を覚え、3回目で気づき、4回目で肩を震わせ笑いを我慢している様子が良く分かるんです。


私は後で指摘するためにメモを取りますと、戸高君は横目で私を確認して、あ、何か間違ったのかなと慌て、言い直すとまた「ボバイにドウメイ」を繰り返してしまうんですね。


ちなみに朴ペディアでは「ボバイにドウメイ」は「ドバイに亡命」を意味します。


戸高くん、いい味出してるなあ。




写真はドバイと全く関係のない赤坂のスペインバルのタパスあれこれ



戸高くんと一緒!其の二

2020年10月21日 | ちっちゃいおっさん

取引先の慌てん坊さん、愛すべき好人物戸「戸高君」のいい間違いネタの続き。


いつだったか一緒に名古屋の取引先に行ったんですよ。


そこで我々からの説明を戸高君が担当したんですが、おっちょこっちょいの戸高君はまた言い間違えましてね。(それもかみかみ)


アセアンと日本の経済成長率の比較をして、中長期的にみてアセアン株式に投資する方がリターンが高くなるのでは・・・という話をしたかったのですが、かみかみの戸高君


「アセアンのせいきんへいちょうりつは年5%を超える予想がIMFから出ていまして・・・」


「一方で日本のせいきんへいちょうりつは・・・・」


「アセアンと日本企業の一株当たりの今後3年のせいきんへいちょうりつは・・・」と

連呼するんですよ。


せいきんへいちょうりつ」とは朴ペディアによると「へいきんせいちょうりつ(平均成長率のこと)」なんですよ。 


しかし、ここまで言い間違えられるというのは実に清々しいものです。


戸高君のこれからの人生の「へいちょう」も楽しみです。




写真は戸高くんと全く関係のない神田鍛冶屋町の名店、もつ焼きや元希!


戸高くんといっしょ!其の一

2020年10月20日 | ちっちゃいおっさん

昔、取引先におっちょこちょい、慌てん坊さんの好人物「戸高君」がおりまして、慌てん坊さん故に、色々な言い間違えをするんです。


これがまたいい味を出していて、大好きなヤツでした。

 


ある日、先ず私が「戸高君」とその上司にメールを送りました。


その回答のためにメールではなく電話を寄越した戸高君。


相変わらずの慌てぶりでしたが、その用件については電話でも理解できましたので、電話を切ろうとすると


「あ、朴さん、もうひとつ話がありました。別件です。」


「忙しいから後にしてくれる?かけ直すよ・・・」


「いやいや、すみません、すぐ終わりますから・・・」


「あ、そう?何?」


「あ、お送りした電話で大変恐縮ですが・・・・」


「・・・・・」


「朴さん聞いてます?お送りした電話で申し訳ないのですが・・・」


「・・・・ん~、戸高君、もしかして<お送りした電話>というのは頂いた電話で恐縮ですが・・って言いたかった?」


「あ、そうです。言ってませんでしたっけ?」


「言ってねぇし!<お送りした電話>って初めて聞いたし、送られた電話ってどんな電話よ?」


「あ、すみません。」


「でもって、普通は<頂いた電話>って言うけど、架けてきたの戸高君だよ!」


「あれ、そうでしたっけ?俺かけましたったけ?」 


ちょっとお茶目な相棒の戸高くん!




写真は戸高くんと全く関係ありません




鳩よ!

2020年10月19日 | ちっちゃいおっさん

えぇ

皆さん

逞しくも痛々しい記憶をひとつ


私、小学校3年生から4年生の頃、北海道の実家で鳩を10羽くらい飼っていたんですよ。


で、この鳩、何処から仕入れたかと言うと、東京は新宿御苑、靖国神社、明治神宮でなんですよ。


小学校3年生の冬休み。母は私と幼稚園児の弟ふたりを連れて、なんと室蘭から函館、青函連絡船で青森、その後は寝台列車やらを乗り継いで実家の熊本に里帰りをしました。それだけでも随分逞しい母でした。






熊本で正月を過ごした後、今度は実弟が住んでる大阪で宿泊、そしてこれまた実弟のいる東京で宿泊しながらの北上ツアー。宿泊費を完全に浮かす寸法です。


往復の旅程は3週間はありましたね。お調子者の小さいふたりの男の子を連れて母も大したもんです。


さて、鳩の話に戻ります。


私たちは東京の叔父のガイドで東京観光をするわけですが、これが子供にはつまらないわけですよ。 


ただ、何処に行っても沢山の鳩がいるではありませんか!室蘭じゃあ見たことのない鳩の大群!そこら中、


鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩鳩烏鳩鳩鳩鳩鳩烏鳩烏鳩烏鳩烏鳩烏烏鳩

なんですよ。


鳩の大群に興奮の我が弟。




鳩を持って帰りたいとダダを捏ねまくり。


新宿御苑や靖国神社の鳩をどうやって北海道まで夜行列車で持って帰るの?


弟に甘い母は私に鳩の捕獲を命じ、実弟にダンボールを用意させ、衆人観光客構わず鳩鳩鳩を鷲掴み。


多分、それは東京都の条例違反だと思うんですよ。


その後は上野発の夜行列車に鳩ダンボールを詰め込み、青函連絡船で怪しまれながらも、逞しくも痛々しくも、鳩サブレならぬ生鳩を北海道まで無理やり運んだのでした。




我が母


まあ、我が子が可愛いのは分かりますが、なんだかなぁ。


もう50年前のことです。



写真は本編と全く関係のないバイ貝とワインの組み合わせ。





久しぶりの極楽寺&由比ヶ浜までのラン

2020年10月18日 | ちっちゃいおっさん
最近は田んぼの間や川沿いばかり走ってたので



晴れた日曜日の朝は久しぶりに海岸に出てみよう


秋は花が少なくなって走っていて少し寂しいな


色々工夫しながら撮影


立ち止まるたびに身体が冷えちゃいます


僅か400メートルなのにパイニー坂はやはりきつい


いつもの片瀬商店街


この二箇所は心が鎮まります


腰越を抜けて


鎌倉高校前から七里ヶ浜


行合坂、延々と続く住宅街の坂


これ何でしたっけ?


七里ヶ浜東の住宅街の頂上から今度は稲村ヶ崎の住宅街への下り坂


稲村ヶ崎駅を左折して


可愛い花を愛でながら


極楽寺


境内ひと休み








極楽寺を後にして由比ヶ浜に出てみたよ


気持ちいい朝だなぁ


由比ヶ浜から長谷へ抜けて


ここから折り返し。


復路は134号線
往復20キロコース
暑くないので給水もせずのんびりと走り切りました。


メビウスなお話

2020年10月16日 | ちっちゃいおっさん
写真と本編は全く関係がありません。

走り、闘い、歌うことをライフワークにしてますが、未だ喫煙者です。


コンビニでタバコを買うわけですが、非喫煙者の店員さんが多いし、そもそも何十種類のパッケージを扱っているので、覚えるのが大変だと思います。


昨日、コンビニレジで「メビウス10」をお願いしところ、レジの京子さん、レジ背面にあるタバコ棚を見たきり、1分くらい固まってしまいましした。


私の後ろに並ぶ客がイライラしてます。
京子さん、早くしてくれよー
そして



すみません、メビウス9はありません!

そりゃそうだよ。9なんてないもんね。

非喫煙者ですからよいのですよ。

もう一度逢えるなら

2020年10月14日 | ちっちゃいおっさん

もう25年前の話です。


ひとつ上の先輩「水沢(仮称)」さんのお話。


水沢さんとは確か1995年~1997年の金融法人部時代。


水沢さんが「株式トレーダー」、私が「債券トレーダー」で机を並べて仕事をしていました。


水沢さんは東都六大学リーグで某大学のセカンドベースマンとして神宮球場で活躍されていたほどのスポーツマン。


ハンサムで優しく穏やかな好人物、よく2人で茅場町や日本橋界隈を飲み歩いたものです。


奥様も美人の「美男美女夫婦」ですから、3人の娘さんもいずれも美人でした。当時、確か「長女8歳」、「次女6歳」、「三女4歳」だったと思いますが記憶が定かでありません。


とある年の冬の晴れた日に水沢さん家族に呼ばれて「富士急ハイランド」にスケートをしに行きました。


そこで初めて美人三姉妹にお会いしたのですが、二番目の娘さんに何らかの障害があることに気が付きました。


水沢先輩はどの娘さんも等しく愛していましたが、殊更、二番目の娘さんのことを愛していたように思えます。


家族も仲良しで、滑ることが出来ないその娘さんを椅子のようなソリに載せて押しながら滑っていました。


本当に素晴らしいご家族です。その娘さんの眩しく可愛い笑顔を今でもよく覚えています。


さて、それから一年経った頃です。


我々の仕事も忙しくなり、連日残業の日々を過ごしている頃、先輩のご自宅から電話があり二番目の娘さんが高熱だと伝えられました。


横でそのやり取りを聞いていた私は、早く帰るように促しましたが、先輩はもう少し片づけてからといい、結局かなり遅い時間まで会社に残っていました。


そして翌朝、いつも早い出社の先輩の姿が見えません。何となく嫌な予感がします。


そして朝会が始まるなり部長から「水沢君の二番目のお子様が今朝お亡くなりになった。」と告げられました。


まだほんの幼いのに神様は何と無慈悲なことをされるのでしょう。


お通夜、告別式とお手伝いをさせて頂きましたが、遺影の写真をまともに見ることが出来ませんでした。


そして悄然とする先輩にかける言葉もありません。


お通夜や告別式は娘さんの通う幼稚園の友達が大勢お別れに来てくださいました。皆に愛されていたのですね。


それでも、元気な子供たちを連れた母親達の姿を見るにつれ、先輩や奥様はどうしてうちの子だけ?と心が引き裂かれる思いだったのだと思います。


小さな友人たちも神妙な悲しい面持でした。


通夜の弔問客がはけた後、先輩は


「おい朴!娘の顔を見てやってくれ。そしてさよならを言ってやってくれ!お前のこと好きだったからさ。」と泣き笑い。


人は本当に悲しい時は「泣き笑い」になるんだと思います。


私は恐々と小さな棺の中に眠るもっとちいさな娘さんに対面し、その場で立てなくなってしまいました。


「ば~か!なんでお前が泣くんだよ!」


「だって先輩、まだ6歳ですよ。なんでこんなことに。悔しいし可哀想じゃないですか!」


「朴さぁ、これで良かったんだよ。」


「どうしていいんですか、良くないじゃないですか!」


「この娘は障害があってこれから少し生きたとしても長くは生きられなかったかもしれない。また大きくなったとしても、俺たち夫婦が死んだら誰も面倒診て上げられないかもしれないし。」


「・・・・」


「これで良かったんだよ。」


と泣き笑いの先輩でした。


あれから幾星霜


長女が結婚し先輩もおじいちゃんになってしまいました。


三女も最近結婚したとかで先輩は幸せそうでした。


2人目の娘さんだけ思い出の中で歳をとらないんだよと話してくださった先輩。


ふたりでしんみりと泣きながら杯を重ねました。







逃走中

2020年10月13日 | 哀しき酔客

何故か見てしまうTVショーがある。

 

「逃走中」だ。

 

以前に会社行事で提案したことすらある。

ハンターが取締役で、我々兵卒が逃げる。

この場合、逃走成功した者は、

むしろ次の査定が厳しいものになるだろう。

私ならどのハンター(取締役)

捕まるべきかすら考えてしまう。

 

しかしハンターってスゲエな。

追いかけるだけ、

もっと言うと歩いているだけ、

いや立っているだけで、

ゲーム参加者の恐怖心を煽るのだから。

 

ハンターって仕事終わったらどうなんだろうか。

「お疲れ様でした!」

って、爽やかに挨拶して帰るのかな?

どこかでゲーム参加者とバッタリ会ったら、

「その節はお世話になりました。

あの時は捕まえちゃって申し訳ございません。」

なんて挨拶するのかな?

 

 

ハンターの素晴らしい演技力に対し、

ゲーム参加者ではない出演者の演技は酷い。

それなりにゲームの設定があるらしく、

何とか演じているけれど、恐ろしいほど寒くて酷い。

もし自分が役者だったら、逃走中で演技するのは嫌だな。

できるなら逃走側になりたい。

 

 

最後、ハンターに向かない人(敬称略)

 

1.N N

 すぐに喋ってしまい、しかも声がよく通るので

逃走者に居所がバレる。

 

2.隊長

 まず、男性は追いかけない。

女性を舐め回すように見ながら追いかける。

 

3.ぴー

 長距離をずっと走っていて、

他のハンターのペーサーになりがち

 

4.

 追いかける戦略よりも陰毛のことばかり考えがち

 

5.じょび

 走るの嫌い。タバコ吸う。

 

 

はぁ、逃走したい。


退会につき考えながらのラン

2020年10月12日 | ちっちゃいおっさん
私のジム入会は2005年10月30日


ってことは丸15年。


15年間毎週毎週土日に練習し、余裕があるときには水曜日も練習


オヤジファイト参戦時は試合前1ヶ月はジムで調整し


土日、祝祭日はほぼ走っていた15年間。


振り返るとなにやら凄いことに思えてきたよ。


もっと凄いのはジムメイトとの酒席の回数ですな。


この2ヶ月は休会してますが、15年間で初めての経験です。


飲み会含めジム仲間、ボクシングが楽しかったんだなぁ。

肋骨も折ったし、指も骨折したし、首も傷め、ふくらはぎの肉離れもやったけど、勲章みたいなもんだな。


早くマスクなしでのスパーリングや試合ができるようにならないもんかな。


年齢を考えるとガチでやれる時間は段々となくなってきてるしなぁ。

千日紅が可愛い日曜日のラン

2020年10月11日 | ちっちゃいおっさん
ほぼ毎日の出勤となり

夕方からのランも一週間に土日しか叶わなくなりました。

春から今日までの移りゆく季節

その時々の花々の色も変わり

走る場所により咲く花も違い

今日は赤と紫の千日紅に出逢いあまりに可愛くて


嬉しくなりました

ポプリみたいだ


引地川を下っていたら

あ、カマキリ!


お、なんやねん⁈ってな表情


蜻蛉を捕まえたらしい


食事中らしい


ファーブル朴竜


持って帰りたい


カマキリは不思議だなぁ
サイボーグみたいだ
心は小学生に戻った気分の日曜日


15キロほどのラン。気持ちよかったです。


退会しました

2020年10月11日 | 哀しき酔客

ゴールドジム湘南神奈川に入会したのが

201010月だそうだ。

今月でちょうど10年。

ちょうど良いタイミングだ。

 

先週末、友であり師と仰ぐ朴竜先生とLINEをした。

何度かのやり取りの後決意した。

 

先程手続きが完了した。

 

やめるやめると言ってきて、

一体いつやめるんだという感じだったけど、

ようやく退会しました。

 

 

大半の人とはもう会うことがないだろうか。

 

 

コロナと仕事がホントに落ち着いたら

ボクシングは再開するつもりだ。

それは再び辻堂かもしれないし、

天王町かもしれない。

天王町の可能性はかなり高いけど

それはわからない。

野々市だってあり得るさ。