早朝散歩でちょっと足を延ばして京都市中京区壬生椰宮町にある
律宗の大本山・壬生寺(みぶでら)まで来た。
創建は正暦2年(991年)、京都では珍しい律宗のお寺で総本山は奈良唐招堤寺です。
これが壬生寺の案内図。
当寺が他寺と違うのは境内に特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、保育園など
創建一千年を記念して現代に生きる種々な施設の運営も行っていることだ。
開放された境内には幼児と共に老若男女が集う寺となっている。
開山は圓城寺(三井寺)の僧、快賢。
この本堂は昭和37年(1962年)に焼失したが、昭和45年(1970年)に再建された。
本尊は地蔵菩薩。
本堂に建てかけられた「オンカカカビサンマ エイソワカ」という
呪文みたいなものは何なのかな?
創建一千年を記念して平成元年建立された千本仏塔。
パゴダ様式の仏塔に1,000体の石仏を円錐形に安置したものだ。
鎌倉時代、建保元年(1213年)平宗平により創建された阿弥陀堂。
その後、度々炎禍に見舞われるが天保14年(1843年)後に新選組屯所となった
前川家当主・前川五郎左衛門の尽力により復興された。
御堂に倒壊の恐れが出てきたため改築し、
平成14年(2002年)7月に現在の御堂が完成した。
阿弥陀堂内には壬生寺歴史資料館がある。
壬生寺は新選組ゆかりの寺としても知られ、新選組隊士の墓所「壬生塚」がある。
ここには元隊長の芹澤鴨の墓、平山五郎の墓、河合耆三郎の墓、
そして近藤勇の遺髪塔、近藤勇像などがあるが、早朝のため入ることができなかった。
これは弁財天。
堂内の地蔵菩薩(石仏)は慶安2年(1649年)の作で「水掛地蔵」と呼ばれ、
水を掛けて祈ると一つねがいがかなう信仰がある。
文政12年(1829年)に再建された中院と手水舎。
手水はコロナ禍で様々な神社、お寺で使用をやめている所が多いが、
ここは弁天堂の地下水ということで水が流れていた。
こちらは嘉永4年(1851年)再建された鐘楼。
こちらは学業成就、遠方親族の安全祈願の「一夜天神」。
ユニークな名の天神様だ。
この地蔵菩薩(石仏)は「夜啼き地蔵」「おせき地蔵」とも呼ばれ
病気平癒や幼児の夜泣きどめにご利益があるといわれている。
この塔は寛文2年(1662年)に建てられた「三界万霊碑」。
仏教で衆生が生まれて死に、輪廻するといわれる
3つの世界(欲界、色界、無色界)にいるすべての精霊を供養する塔。
毎年8月16日の盂蘭盆会・送り火の日に、水塔婆を立て先祖の供養をしている。
本坊(社務所)が有料老人ホームと一体になっていて、
今と昔がドッキングしているかのように見え、とても新鮮な印象の建物だ。
この建物は安政3年(1856年)に再建された壬生狂言の舞台となっている大念仏堂で
重要文化財になっている。
壬生代念仏狂言は、毎年節分と4月、10月に壬生寺で演じられる無言劇である。
これは約700年の歴史があり重要無形民俗文化財に指定されている。