(1)【コレクション 3】
あちこちに出かけたとき、宣伝や案内などのパンフレットが置いてあることがあります。そういうものの中には興味深いものもあったりするので、いそいでいなければだいたい見ます。そして、「いいな」と思ったものはもらってきて積んでおいて、あとからゆっくり見て楽しんでいます。雑古紙として処分してしまうものもありますが、思わぬ人が推薦者として登場していたりすることがあって、捨てがたいものが見つかることもあります。たとえば、次のものです。
大きさはB5判です。どんな本かと興味を搔き立てられます。印象的です。
このパンフレットをとってある理由は、もちろん、秩父事件に関心があるからですが、それとともに、家永三郎・遠山茂樹・江村栄一の各先生が推薦文を寄せられているからです。残念ながら、それをここに乗せるには場所が足りません。
本について、写真の身を上げておきますから、県立図書館のようなところならあるはずですから、検索してみてください。
なお、江村先生については、このブログのNo.44に相当する1月8日のあたりでも言及しました。
(2)このあと順に、いくらかほかのパンフレットも紹介する予定ですが、パンフレットがあること自体が気が付かないことも多く、ましてやそこに書かれていることなどを知る機会がないということが多いと思います。
遊び心で、パンフレット集のような企画を受けてくれるところがないかなと思うので、その宣伝も兼ねて、このあともめぼしいのを紹介します。
(3)先日紹介した『言論』の関連ものです。棚から次のものが出てきました。
『私の大学』というタイトルはゴーリキーの同名の作品を彷彿させますが、創刊は昭和21(1956)年2月です。
手元には創刊号から6号までがあります。どの号もB5判大、50ページほどです。
(4)この雑誌の3号から井上清氏が農地解放関連の記事の掲載を始めていますが、上の5号で10ページに及ぶ長大なものを「皇室の小作人」のタイトルで書いています。5号は21年5月の発行です。内容は、栃木県の真岡地方にあった御料農地の実態を扱ったものです。
御料農地は、おもにこの栃木県と北海道にありました。情報公開法によって宮内公文書館所蔵の帝室林野局の文書が見られるようになり、いくらかその実態解明の動きが出てきていますが、いまでも詳しいことは未解明で、私も『御料局測量課長 神足勝記日記』で手いっぱいで、文書収集には努めているものの、集めた文書の読み込みでさえ不十分な状態なので、井上氏の論稿には不満はあるものの、いまは言及を控えます。
とはいえ、戦後の早い時期に、どのような調査に基づいて書かれたものかはまだわかりませんが、それも含めて重要な動向なので注目して読みました。研究される人は、ぜひ一読されたい。
欲張って書いたのがあだとなり、きょうもまたかなりが消えいてしまいました。
ようやくここまで修復できたので、終りにします。では。
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