# 二羽の雀の会話 #
或る時 背の高い館の軒先に一羽の老雀と一羽の若い雀が留まっていた
彼らは当時スズメ達の間でもちきりになっていた話題について話し合っていた
判事の家の使用人が何日か前に、窓から雀たちの遊び場へ
何か残飯のおかゆの様なモノを投げ捨てたのだが、実はそれが刻んだコルクで
未経験な若い雀たちが試食したところもう少しでお腹が破裂しそうになったというのだ
この話の途中 老雀は突然羽毛を逆立て顔をしかめながら翼の下のしつこい蚤を
探し始めた ちなみにこの蚤はふつう栄養不良のスズメにつくものである
それを捕まえると老雀は深いため息をついてこう言った・・
「世の中も変わったものだて わしらの仲間達には食べるものさえないんじゃから、昔は
こうして屋根に止まってうつらうつらしていると不意に下の道路からガタゴト音がして
やがておいしそうな匂いが立ち昇ってきたもんじゃ そうするとわしらの中にある
なにもかにもが喜びで震えだす 音がした方へ降りてゆけば きっと自然の要求が
満たされると確信していたからの
ところが この頃はガタゴト音ばかりは喧しく匂いも漂ってくるもののそれは我慢できない
ほどの匂いだ たまに昔の習慣で音がやんだところを見計らって飛んでゆくと
いくら注意して探しても 胸の悪くなる様な焦げた油か何かしか見つからんとくる」
注釈
この話は聞けばすぐわかる通り 昔の馬車といまの自動車のことを言っているのである
後者は老雀の言う通り音ばかりやかましく匂いも前者より強いのに
そのくせ雀の餌としては何の意味も持たない
この寓話は現代の文明と過去の文明の違いを示すのにうってつけではないだろうか?
現代文明においても過去の文明と同様
文学は本来人類全体の完成(補完)のためにあるのだ
ところが
この分野でも現代のすべてがそうであるように
我々の本質的目標に役立つものは何一つ見当たらない
一切が外面的で老スズメの語る通り
ガタゴトという騒音と胸の悪くなるような匂いだけなのである・・
Gurdjieff
或る時 背の高い館の軒先に一羽の老雀と一羽の若い雀が留まっていた
彼らは当時スズメ達の間でもちきりになっていた話題について話し合っていた
判事の家の使用人が何日か前に、窓から雀たちの遊び場へ
何か残飯のおかゆの様なモノを投げ捨てたのだが、実はそれが刻んだコルクで
未経験な若い雀たちが試食したところもう少しでお腹が破裂しそうになったというのだ
この話の途中 老雀は突然羽毛を逆立て顔をしかめながら翼の下のしつこい蚤を
探し始めた ちなみにこの蚤はふつう栄養不良のスズメにつくものである
それを捕まえると老雀は深いため息をついてこう言った・・
「世の中も変わったものだて わしらの仲間達には食べるものさえないんじゃから、昔は
こうして屋根に止まってうつらうつらしていると不意に下の道路からガタゴト音がして
やがておいしそうな匂いが立ち昇ってきたもんじゃ そうするとわしらの中にある
なにもかにもが喜びで震えだす 音がした方へ降りてゆけば きっと自然の要求が
満たされると確信していたからの
ところが この頃はガタゴト音ばかりは喧しく匂いも漂ってくるもののそれは我慢できない
ほどの匂いだ たまに昔の習慣で音がやんだところを見計らって飛んでゆくと
いくら注意して探しても 胸の悪くなる様な焦げた油か何かしか見つからんとくる」
注釈
この話は聞けばすぐわかる通り 昔の馬車といまの自動車のことを言っているのである
後者は老雀の言う通り音ばかりやかましく匂いも前者より強いのに
そのくせ雀の餌としては何の意味も持たない
この寓話は現代の文明と過去の文明の違いを示すのにうってつけではないだろうか?
現代文明においても過去の文明と同様
文学は本来人類全体の完成(補完)のためにあるのだ
ところが
この分野でも現代のすべてがそうであるように
我々の本質的目標に役立つものは何一つ見当たらない
一切が外面的で老スズメの語る通り
ガタゴトという騒音と胸の悪くなるような匂いだけなのである・・
Gurdjieff