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未来の自分を救う

2013年11月07日 | 地球温暖化について

最近、2005年ごろに放送されたというNHKの「気候変動」と題した番組を見た。
これは1回1時間30分、3回シリーズの特集番組で、今年の春に「プレミアムアーカイブス」と題して再放送されたときに録画し、今回見たのは二度目である。

 

ここにその内容を書くことはできないが、いま、すでに温暖化がもたらす気候変動、環境変化が確実に忍び寄ってきているのを実感させられて、恐ろしさを感じた。跳ね上がった一分の環境論者の話ではなく、地道な研究を続ける世界の科学者たちの観察や研究結果からの報告であり、予測であり、警告であり、気象予報官、世界各地の住民たちの、今までこんなことは一度もなかったという驚きの声である。

 

世界一水量が豊富と言われるアマゾン流域の一分だが過去に例のない干上がり、欧州を襲った熱波、乾燥による森林火災、砂漠化により家が砂に埋もれ、廃墟となりつつある村、氾濫する洪水、大型化する台風やハリケーンなどの熱帯低気圧、さらにはいいまでなかった、熱帯低気圧のような温帯低気圧。日本が誇るスーパーコンピュータの50年後、100年後を予測するシミュレーションによれば、この程度のことはまだ予兆程度のものだろう。

 

日中がどうの、日韓がどうのと、そんなことを言っている場合じゃないと、ほんと、そう思った。コピーできるものならコピーして多くの人に見てもらいたいと思ったが、NHKの多くの番組は残念なことにDVDに移動はできてもコピーができない。人々を眠りから目覚めさせる番組なんだから著作権などとケチなことを言うな、といいたいところだが、そうもいかないらしい。

 

『神との対話』には「あなたがたは、自分に危険が迫るまで、見て見ぬふりをする。どうして見て見ぬふりをするかと言えば、見れば何とかしなければと思う。だが、あなたがたはそれをしたくないのだ。」

 

というようなことが書かれていたが、こう言う番組を見ると、見て見ぬふりもできなくなってしまう。わたしも今まで「見て見ぬふりをする」一人だった。環境問題が大切だと思ってはいても、自分になにができるかといえば、できることはごくごく限られている。すなわち、できるだけ二酸化炭素を出さないよう、エネルギー消費の節約を心掛けることだけだ。しかし、これからは、自分にはそれしかできなくても、環境意識をもった人の輪を少しでも広げてゆくよう努力していこうと思った。

 

今までは、息子や娘、孫たちのことは、あの世から守ってやろうとなどと薄ぼんやり思ったりしていたが、よく考えてみれば、自分が20年後に死んでこの世からいなくなったとしても、またその20年、30年後にはここに生まれ代わっているかもしれないのである。となれば、環境問題に取り組むことは、事ではではなく、未来の自分自身を救うことだったのである。

 

生長の家では、総裁先生のリードで環境問題に熱心に取り組んでいるが、それは自分以外の未来の地球や、人類、多種多様な生物のためとばかり思っていた。その一方で本来の宗教的教えがその分希薄になりつつあるようで多少の不満も覚えていた。しかし、総裁先生が環境問題に力を注がれるのは、実はほかならぬ未来のこのわたしを救うためでもあった。そう気がついて、有難くなって、心から感謝せずにいられない気持ちになった。

 

来年3月16日、愛知県体育館で講習会が開かれる。一人でも多くの人をお誘いし、環境意識を持った人の輪を広げよう、そう思ったことだった。