後期シルバーの戯言

一寸した日常生活・身辺雑記と旅日記

徒然の散歩

2009年08月29日 | Weblog
週4~5回早朝1時間程度散歩している。50歳~60歳代はジョギングやウォーキングをしていたが、70歳を超えてからは徐々に散歩に変わった。散歩は概ね自宅を中心に1.5Km程度の範囲内である。最近気がついたがこの範囲内に何と神社が12ヵ所もあった。神社庁長野支部の資料によれば平成大合併前の長野市内に神社が175社もあるので当然だろう。どうも昔の集落単位にあるらしい。ともかく昔から集落の氏神様として崇められていたことでしょう。神社の謂われ因縁は趣味も無く調べもしないので解らない。昨年か一昨年か当時の日詰公民館長さんが神社庁で調べ「広報ひずめ」に地域の神社の因縁について掲載されていた記憶がある。何れ当時の広報誌を見てみたいと思う。    


      
「芹田上神社」稲葉中千田    「芹田中神社」稲葉母袋    「川合新墾神社」稲葉川合新田

      
 「南俣神社」稲葉南俣       「芋井神社」高田         「芹田下神社」稲葉日詰

      
  「伊勢社」南高田         「風間神社」西風間        「伊勢社」東風間

      
 「白山神社」大豆島西沖     更級新明大神社」大豆島    「松岡神社」松岡一丁目

パソコンのトラブル始末

2009年08月24日 | Weblog
パソコンを使い始め凡そ6年になる。7月下旬色々トラブルが発生し、元々ハードもソフトともパソコンには弱いので中々解決できない。メーカーのカスタマーに問い合わせたが正常に戻らず、とどのつまりリカヴァリーする事になった。すべてを再設定正常に戻ったと思いきやメール関係でトラブル、再度カスタマーに問い合わせたが、治らず再びリカバリすることになった。

再度の設定でようやく正常に戻ったが、ウィルス対策ソフトウィルスバスターのダウンロードの事で、ウィルスバスターの会社に問い合わせたところメインメモリー250MB必要だという。今まで知らずに利用していたが、私のパソコン246MBそのため4月導入以来非常に遅くなっていた。あまりにも処理が遅く、或いはトラブルもこれが原因の1つではないかと思っている。

現在使用のパソコン会社のキャンペーン広告を見た処、通常のWEB価格から2割値引き、光回線同時申し込みで更に3万円値引、勿論光回線はメーカー関連のプロバイダー(現在契約のプロバイダーとは違う)と契約することになる。頸椎症予防のためデスクトップ型に替える必要があり、メインメモリーの多いパソコンの必要性からも更改することにした。

8月10日NTTの光回線の工事が済み、11日新パソコンの初期設定からインターネット・電子メールの設定・セキュリティ対策の設定まで無料というので出張設定して頂いた。値引きに惑うわされ検討不足のまま光回線にしたので、良かったかどうか時代の流れで良しと割り切った。

プロバイダーが変わったのでアドレスも必然的に変わるが、従来のアドレスも使えるよう以前のプロバイダーと契約変更した。光電話の番号は現在の電話番号を使用した。後日の連絡で解ったが加入権は休止の処置がされていた。5年で休止の有効期限が切れるのだが、NTTのOBでありながら加入権のことなどすっかり忘れていた。

その他色々問題もあったが兎も角、メインメモリー4GBのデスクトップ型パソコンへの更改で、頸椎症の予防・処理速度の改善・セキュリティ対策も解決落ち着いた。蛇足ながら光にしたからといって従来のADSLよりアクセスが極端に早くなった訳ではない。

頸椎症その後とカルチャー

2009年08月23日 | Weblog
6月上旬発症の頸椎症も、7月下旬にはようやく完治とはいかないまでも痛みもなくなり、日常の生活には支障がなくなった。一昨年12月の時は神経ブロック注射5回でほぼ治まったが、今回は13回のブロック注射でようやく治まった(痺れは多少残っている)。頸椎症再発の直接の原因は長時間上を向いた作業(医者から禁じられていた)にあるのだが、某雑誌によればノート型パソコンの使用姿勢にも問題があるので、デスクトップ型に替えた方が良いとのことだ。。

閑話休題、7月中頃痛みも癒えたので、休んでいた太極拳や大人のピアノ教室のカルチャーも再開した。傘寿ともなれば何もしないでもと思う時もあるが、呆け防止や寝たきり老人にならない為にも、カルチャーは続けた方が良いとは思っている。

カルチャー歴も長く、リタイヤしてから陶芸・ヨーガ等色々体験したが殆ど途中で挫折、長いもので6年、飽きっぽい性格で途中で投げ出し誠に情けないことである。大人のピアノ教室は、頚椎症による左手の痺れや痛み(現在多少の痺れは残ているが痛みは回復)もさることながら、加齢と共に記憶力が衰え、指が思うように動かなくのは必然そろそろ限界であ。然しながら呆け防止の為には指の運動が必要、続けたいと思う昨今である。

盂蘭盆

2009年08月20日 | Weblog
毎年のことながら盆には実家へ線香をあげにいっている。何時も思うのだが、子供の頃から13日は先祖の霊を迎え、16日はご先祖様にお帰り頂く、その為の迎え火・送り火を焚くと聞いていた。盆の期間お墓は先祖様はおらず留守である。飾り付けてある仏壇にお参りすればお墓へお参りに行く必要はないのではと思っている。だが普通は盆にお墓参りに行くと言われている。さてどうしたものだろうと考えたが面倒なことは好まないので、14日妻と其々れの実家で仏壇へのお参りでお盆の仕来たりを済ませた。

お盆のいわれと由来をネットで調べたら「盂蘭盆会」が正式名称で、伝えられている日本のお盆は要約すると、「古くからの農耕儀礼や祖霊祭祀などが融合して伝えられて来たのが日本のお盆である。地域や宗教・宗派によって、或いは時代によって、さまざまに形を変えながら伝えられてきたものである。これが絶対正しいという決まりはなく,お盆の根幹をなす理念は、千古の昔から変わらないものだ。」ということのようだ。

嫁いだ娘も連れあいや子供(孫)を連れてきたが、私共の先祖のお墓があるわけでもないのでお参りと言う事はない。2泊して18日帰った。久し振りに揃って大勢の食事も楽しいものである。残念ながら妹の連れあいは海外勤務のため欠席である。次の機会を楽しみにしている。

京都祗園祭(2)

2009年08月01日 | 旅行
前回記事の続きー、京都祇園祭は八坂神社のお祭りで、知恩院参詣のあと八坂神社を参詣した。
本殿のまのお堂には華麗な神輿が3基飾られていた。17日八坂神社で祭典(神幸祭)が行われ16時3基の神輿が担ぎ出され四条御旅所にとどまる。「神輿渡御出発式」は神官・担ぎ手関係者・観客大勢が境内を埋め尽し盛観だそうだ。今回のツアーには入っておらず残念でした。神輿は24日神社へ帰る(還幸祭)。

さて、本番の宵山と山鉾巡行だ。幸いホテルが各山鉾町の近くだったので、16日夕食後出掛けた。いろいろと美しく飾る家もあり飾られた山鉾の舞台で祇園囃子が奏でられ凄い人出であった。

17日は山鉾巡行だが、ホテルが山鉾巡行路沿いのためホテルの部屋から見物できた。街路樹が2本ほど邪魔になったがゆっくり見ることができた。9じ長刀鉾を先頭に巡行が始まりホテルの前に来たのが1030分時ごろ、最後の南観音山が通り過ぎたのが12時20分頃だった。大変な見物客でバスガイドによると40万人の人出だそうだ。

青連院・知恩院・八坂神社・宵山から始まった山鉾巡行と楽しいツアーだった。
祇園祭は1っ月続き神幸祭の神輿巡行など観たいものが沢山あるが、また機会を見て訪れたいものだ。


   八坂神社の御神輿      宵山の賑いと鉾          長刀鉾



   長刀鉾の舞台          黒主山           南観音山


京都祗園祭(1)

2009年08月01日 | 旅行
7月16~17日バスツアーでき京都祇園祭に行ってきた。メインの山鉾巡行は17日で16日は青蓮院・知恩院と八坂神社を参詣した。

青蓮院は天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の1つとして古くからよく知られ、現在は天台宗の京都五個室門跡の一つだそうだ。京都の寺院はどこも庭園が素晴らしく、この青蓮院も境内全域が国の指定史跡となっており室町時代の相阿弥(私は勉強不足で知らない)の作と伝えられる主庭は見事であった。

      
     青蓮院                 主庭             楠(天然記念物五本あり) 

浄土宗開祖の然を祀る知恩院は浄土宗総本山である。壮大な三門は現存する木造三門としては我が国最大だそうだ。ここから御影堂へ上がる石段は男坂と女坂と2つあり、なだらかな女坂は馬の通路用として作られたようだ。

庭園は友禅園・方丈園・二五菩薩の庭・山亭庭園など綺麗な庭園に見とれた。御影堂を始め伽藍は境内には美しい建築がならび建っている。

大晦日の除夜の鐘で有名な巨大な梵鐘にも圧倒された。


     
    知恩院三門             友禅園                御影堂               

      
   25菩薩の庭             大梵鐘                      女坂
   

     男坂             大方丈庭園                       

善光寺御開帳と回向柱のその後

2009年08月01日 | Weblog
善光寺御開帳も終わり賑わった善光寺界隈も平常に戻った。参詣者も前回よりも多い673万人だそうだ。1万人単位までどのようにして把握したのだろう?。

通常年間の参詣者が600万人程度といわれているので、年間の参詣者が2か月の間に訪れたことになる。道路の渋滞、回向柱での長い待時間にも拘わらず大勢の参詣者が訪れたものだ。

回向柱は6月26日(金)お納め式が執り行はれ、歴代回向柱のある境内西側に移された。今年の回向柱を含め9本ある。1番古いのは54年前で、昭和36年の御開帳の回向柱ということになるが、腐朽し1米足らずになっている。

次回6年後平成27年の御開帳には元気で参詣したいものである。

         
    今回の回向柱


        歴代の回向柱


        過去の回向柱