食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

ビザンツ帝国の歴史②-中世ヨーロッパのはじまりと食(8)

2020-11-10 22:14:37 | 第三章 中世の食の革命
ビザンツ帝国の歴史②-中世ヨーロッパのはじまりと食(8)
今回はイスラムと戦った後のビザンツ帝国について、農業と交易を見て行きます。ポイントは農民の力と絹織物です。

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717年にイスラム勢力の侵攻を何とか食い止めたビザンツ帝国は、11世紀の初め頃まで発展期を迎える。その要因は、皇帝の専制君主制を優秀な官僚たちがうまく支えたこととされている。その頃のビザンツ帝国では教育制度がしっかり構築されており、優秀な人材を育てて官僚として登用する道筋が整っていたのである。

ビザンツ帝国がとった政策の一つが、生産性の高い自営農家を生み出すことであった。農村では以前は地主が力を持っていて、小作人は地主と国に多額の税を納める必要があった。ところが、イスラムとの戦いによって国家体制が危機的状況になり、都市部に住んでいた地主たちも大きな打撃を受けて没落した。そこで、農民に土地を与える代わりに税を納めさせ、また戦争が起こると自前で武器を用意させて兵士として戦わせたのだ。いわゆる「屯田兵(とんでんへい)」である。このように農民の自主性を重視した方策は成功し、農民はビザンツ帝国を支える大きな力になった。

農民は農村ではそれぞれの土地を家族単位で耕作したが、時には村人同士が共同して村内の整備などを行うこともあった。また、病気などで作業ができない人が出た場合は他の村人が助けたという。これは、その頃のビザンツ帝国の徴税が村単位であったためだ。もし耕作できない人が出た場合には、他の村人がその人が払うはずだった税を負担しなければならなかったのだ。このため、少しでも収穫があった方が良かったのである。この連帯責任を負わせた徴税法は国の財政を回復させた。きっと優秀な官僚が考えたものだったのだろう。

次に、ビザンツ帝国の交易について見て行こう。

かつてのローマ帝国は地中海を舞台にした東西貿易で繁栄した。ビザンツ帝国(東ローマ帝国)や西ヨーロッパでも当初は交易がそれまで通りに行われていた。この交易ではギリシア商人などが東方から香辛料や絹、陶器、貴金属などを運んできた。そしてビザンツ帝国や西ヨーロッパの人々はその代金を金で支払った。ヨーロッパにはまだまだ金があったのである。

また、交易には関税がつきものだが、商人から徴収する税がビザンツ帝国やゲルマン民族の国家の重要な財源となっていた。

ところが、7世紀になってイスラムが地中海に進出してくると、ビザンツ帝国の支配域は地中海北岸の東側だけになってしまう。地中海のほとんどをイスラムが支配するようになったのだ。その結果、地中海北岸頭部への物資の輸入が滞るようになり、ビザンツ帝国の交易も下火になってしまった。

ただし、絹織物だけは別だった。ビザンツ帝国には優れた工芸品を生み出す高い技術があり、中でも絹織物は各国の王侯貴族や教会がこぞって欲しがる品だった(下図参照)。イスラムが地中海を支配するようになっても、この絹織物の貿易は継続したのだ。


アルビュインの祭服(山中良子『ビザンティン中期の錦』地中海学会月報331より)

養蚕が始まったのは中国で、殷の時代(紀元前1500年頃から紀元前1046年)の遺跡から絹布の切れ端や蚕・桑・糸・帛などの文字の跡が見つかっていることから、養蚕は既にこの時代には盛んに行われていたと考えられている。しなやかで美しい光沢のある絹織物は多くの人を魅了し、古くから他民族を従わせる戦略品として使用されていた。「シルクロード(絹の道)」という言葉が生まれたことからも、絹がとても重要だったことが分かる。

中国王朝はカイコの国外持ち出しを禁止していたが(持ち出すと死刑になったと言われる)、550年頃に中国でキリスト教を布教していた2人の伝道僧が、ビザンツ帝国皇帝のユスティニアヌス(在位:527~565年)の命によって密かにカイコとエサとなる桑を持ち出し、2年の年月をかけてビザンツ帝国まで運んできたのだ。

こうして自前で絹糸を生産することができるようになって、ビザンツ帝国の絹織物の技術は飛躍的に向上した。そしてビザンツ帝国はヨーロッパの絹織物を独占するようになる。ビザンツ帝国も中国王朝と同じように絹織物を戦略物資として扱った。つまり、外交交渉の武器として絹織物を利用したのである。

なお、8世紀頃から、ヴェネツィアなどの海洋都市国家がヨーロッパと中東を結ぶ地中海貿易を次第に独占するようになる。彼らは香辛料などを東方からヨーロッパに運び、莫大な富を築いていくのである(海洋都市国家の話については別の機会に紹介します)。


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