インチョン国際空港で何気なく手にしたCD。副題の East to West の意味するところをちゃんと理解せずに買ったものだから、CDを再生してみて、最初にヴィブラフォンの音が聞こえてきた時は正直たまげた。というより、がっくりした。さらに聴き進めていくと、サキソフォンは朗々と吹きまくるは、トランペットは咆哮するは、ベースはぶんぶん唸るは、なんともはやあいた口がふさがらない。それどころか、ソリックンとプクよりも、伴奏(西洋の楽器ども)のほうが目立っていて、やかましいことこのうえない。
ブックレットを見てみる。ななんと、西洋楽器の演奏者はもちろん、プロデュースとアレンジがウェスタンな人たちじゃないか。道理で。しかしそんなことジャケットにはまったく書かれてない。ヒドイ。。。で、副題である。そう、副題は正しかったのだ。やれやれ。
とはいうものの、このCD、副題どおり、西洋によるパンソリ理解の音楽として聴けばまことに興味深いものがある。事実、聞きやすい音楽に仕上がっていることは間違いない。伝統的なパンソリとはかけ離れているけれど。。この演奏を、詞の意味の理解不足(あるいは理解不能)に起因する外面的な演奏などと批判することは容易いが、それは東洋における西洋音楽理解でもまったく同じこと。
思うに、「外」のものごとを取り入れる場合、とりあえず彼の意味を捨象し、我の文脈に照らして理解してみるのが手っ取り早い。鈴木淳史さんは、日本人によるクラシック演奏を引き合いに出して、そのような態度を「萌え」と定義し、日本(人)の文化受容の特徴だと言ったけれど、それは日本だけの特徴ではないと思う。あっちの人々にもそれは当てはまるんじゃないか。このCDを聴きながらそんなことを考えた。
パンソリのことをぜんぜん書いてなかった。パンソリはすばらしいです。僕がこの音楽を知ったのは、1993年の「風の丘を越えて:西便制」という韓国映画を通じて。パンソリを主題とした映画です。必見。そして必聴。