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リバプール市のグリーンインフラ戦略にみるグリーンインフラを実体化する手法とその意義

2013-11-16 | Presentations
木下 剛*
芮 京禄*

*千葉大学大学院園芸学研究科

1. 背景と目的
 英国リバプール市のグリーンインフラストラクチャー戦略は,基礎自治体が定める都市計画で,土地利用の方針を示し開発行為の許可基準ともなる地域開発戦略(LDF)のエビデンスの一つとして検討,立案されたものである。そこでグリーンインフラストラクチャー(以下,GI)は,多種多様な社会・経済・環境の利益を提供する生活支援システム,自然環境構成要素および緑と水のネットワークと定義されている(Mersey Forest, 2010a)。LDFは2010年の政権交代により廃止され,現在,新ローカルプランへの置換作業が進められているが,旧LDFの内容は新ローカルプランの枠組をなすものとされている(http://liverpool.gov.uk/council/)。したがって,GI戦略および旧LDFにおけるGI政策の基本的な考え方や方法論は,今後の新計画制度の下でも継承されるものと判断しこれら行政資料に着目した。
 また,リバプール市のGI戦略は,現状で市域の62%をGIとみなしていることからも明らかなように,公共緑地のみならず,民有地を含むあらゆる土地利用を計画の対象としている。そして,土地のGI機能の改善を通じて,環境のみならず社会・経済的な利益の誘導を目指している点に特徴が認められる(木下・YE,2012)。そこで本研究は,GI機能の保護や改善を具体的にどのように実現していくのかについて,行政資料の分析,担当行政官および戦略立案者への聞き取りを通じて明らかにした。

2. 都市計画における位置づけ
 GI戦略はそれ単独では何ら制度的拘束力を持たないが,都市計画であるLDFにその考え方や要点が盛り込まれることで存在意義を発揮している。表-1はLDFに明示されている,GIの保護と増進に関わる戦略的政策とその特徴をまとめたものである。GI戦略では,GI機能の改善による介入が必要とされる区域と具体的な介入の内容をアクションと称し示している。そして,介入の程度によって,GIの水準を引き上げるタイプ,現行GI機能を増大させる管理を行うタイプ,現行GI機能を保護するタイプがあり,さらに介入の方法によって,土地形質の変更(上述のGI機能の改善等による介入はすべてこれに該当),支援(財源確保やパートナーシップ構築),指導(デザインや生物多様性、ランドスケープに係る指導)の3つに分類している(木下・YE,2012)。この考え方はLDFにも受け継がれていていることが表-1をみるとわかる。
 すなわちGIの実体化に当たってはその接近方法を保護と増進に二分している。保護はGIとその機能の維持であり,増進はGIの創出と機能の改善である。また保護ではその対象が具体的に明示されているが(1-a~g),ここでは土地のマネジメントによってGI機能を維持することが想定されていよう。また,開発行為の許可基準も規定されている(2-a~b)。保護は必ずしも排他的なものではなく,開発による利益が損失を上回ることと,損失したGI機能の代替措置が講じられることを条件に開発行為を認めている。そこでは土地のデザインが重要になってくるだろう。
 GIとその機能の増進では,その具体的な方法(3-a~c)とそれを制度的に保証するための方法(4)が明示されている。増進を具体化するための基本的な考え方は,現行の土地利用を前提とし既存の敷地内で対応するということである。例えば,新規に公共緑地を確保したり土地利用を変更したりせず,デザインやマネジメントの工夫によって,屋上緑化や透水性舗装,持続的都市排水システムの導入など, 都市のインフラとしての機能の確保ならびに増進をはかるという方法が中心になっている。その中で示唆的なのは,国際的に重要な指定サイト(生物多様性の観点)ではレクリエーションの利用圧を最小化するという方針が示されていることだ。GI機能の改善においては利用機能もさることながら存在機能が重視される傾向がある。

表-1 戦略的政策26:グリーンインフラストラクチャーの保護と増進


3. 介入の方法と利益
 GIによる介入の具体的方法についてはLDFでは明記されていないが,GI戦略では詳述されている(Mersey Forest, 2010b)。表-2は,土地形質の変更を伴う介入の具体例(の一部)とそれによってもたらされる利益との関係を示したものである。土地形質の変更を伴う介入は,表-2に示したI. 敷地での緑被増加,II. 屋上緑化の導入,III. 壁面緑化の導入の他にも,IV. 植物関連の一般的介入,V. 水関連の介入,VI. 線的特性および結合性が示されている。Iは場所の質を上げることはもちろんだが,環境的・経済的な利益をもたらす樹種の選定や植栽,既存樹の維持等が重視されている。IIは雨水の貯留や生物多様性等の環境的利益だけでなく人々の利用も想定されているほか,IIIも含め,労働生産性への貢献が重視されている。IVは利用者に配慮した微気象の制御を意図した介入が目立つ。総じて緑関係の介入は,経済・社会・環境の利益にまんべんなく対応しているといえる。Vは主に洪水対策や気象変動への対応(環境的利益)を意図したもので,洪水湛水機能とレクリエーション利用機能の両立,雨水や中水を利用してGIの灌漑を敷地内で完結させるなどの介入が特徴的である。VIはGIの連続性やGI間の結合性を意図した介入で,人々の移動やアクセス,生物多様性に係る利益が想定されている。
 緑関係の介入も含め,以上の介入はいずれも土地利用や建物用途を問わず,あるいはそれを変更することなく選択・導入できることが重要である。これはGI政策が,土地利用や建物用途の変更ではなく,土地建物のデザイン/マネジメントの次元の問題であることを意味する。また,そうであるがゆえにGIの計画は,限られた緑地や公共施設のみならず,宅地や農地を含むあらゆる土地建物を対象化することができる。その意味で,GIをたんにレインガーデンや屋上緑化の計画・事業ととらえるのはGIの可能性を著しく貶める。従来の緑地計画が文字どおり緑地や緑化を対象化するのに止まっていたのに対して,GIはあらゆる土地を対象とし,その敷地内部の対応(デザイン/マネジメント)によって都市のインフラ機能を確保する計画枠組を提示したといえる。

表-2 グリーンインフラストラクチャーによる介入と利益の例


引用文献
Local Plan, http://liverpool.gov.uk/council/strategies-plans-and-policies/environment-and-planning/plan-making-in-liverpool/local-plan-documents/local-plan/ (accessed Sept. 20th, 2013)
Mersey Forest (2010): Liverpool Green Infrastructure Strategy Executive Summary, p.7.
Mersey Forest (2010): Liverpool Green Infrastructure Strategy Technical Document, p.318-323.
木下剛・YE 京禄(2012):リバプール市のグリーンインフラ戦略にみるグリーンインフラの概念と計画論的意義,平成24年度日本造園学会関東支部大会事例・研究報告集,Vol.30,p.29-30.

(平成25年10月27日、東京農業大学にて開催された、公益社団法人日本造園学会平成25年度関東支部支部大会事例・研究発表会にて口頭発表した要旨をそのまま掲載しました)