ガンバレ、ニッポン

なんか、不安定なニッポンですね。

国連が批判する日本の漫画の性表現 「風と木の詩」が扉を開けた

2016-03-19 10:16:13 | 政治、経済
最近やたらと、国連が日本に対して

いろいろといちゃもんをつけてくる。

なぜなのでしょうか?

「風と木の詩」は竹宮恵子の代表的な作品、ボーイズ系のはしり、ほかには萩尾望都の

「11月のギムナジウム」など好きな作品なのですが。。

バッシングの対象になるのか理解できない。

なぜ?批判されるのか不思議。

三島由紀夫の「仮面の告白」とかは。。

文学として許されるのか?


漫画は日本の独特な文化で日本の中で規制を行えばいいだけ。


*流れとして日本の規制に自由がなくなりつつあるのを感じる。

昭和40年代の少年雑誌のグラビアに驚く。

少年キングの石森章太郎のサイボーグ009が連載さて、ちょうどベトナム戦争の時期で

009でベトナムが舞台で死の商人のブラックゴーストと戦う。

グラビアでは実際のベトナム戦争で米国が使った「枯葉剤」で多くの死人がでた特集とかあります。

被害の子供たちの実際の写真が載っていたりする。

現在では掲載は不可能ではないでしょうか。

当時の少年雑誌のグラビアには普通に掲載しています。

人食い人種の特集カンボジアの大虐殺、中国の毛沢東の農業政策=当時の中国人はすべて人民服を着ています。

今の中国の発展が信じられない。

このような資料を中国人に見せたら捏造ととらえるのか。


40年経って世界が一辺倒した。



ソースから


国連はこのところ、暴力的なポルノ表現や児童ポルノを含むと日本の漫画を問題視してきた。女子差別撤廃委員会の報告書は、「日本ではポルノ、ビデオゲーム、漫画などアニメが、女性や少女への性的暴力を推進している」と指摘。国連特別報告者は日本を「バーチャルな子供を性的搾取する表現の主要製造国」と呼んだ。漫画やアニメの性表現については、国内でも議論がある。日本の漫画を取り巻くこうした状況の中、漫画界の代表的作家のひとりで、漫画における性表現のパイオニアのひとりでもある竹宮惠子さんに、BBCの加藤祐子記者が話を聞いた。

(以降の文中で言及される性描写を不快に思う方もいるかもしれません)

日本の漫画にとって画期的な作品、「風と木の詩」の連載が始まったのは1976年。作者の竹宮さんは26歳だった。19世紀フランスの寄宿学校を舞台にした物語は、裸で横たわる少年2人の絵で始まる。性行為の後の姿だ。

物語はここにいる少年1人と、別の少年を中心に展開する。ジルベールは生まれてすぐに両親に捨てられ、「おじ」に育てられる。幼い頃から強姦と近親相姦を経験した後に寄宿学校に送り込まれ、上級生や教師たちの性的なおもちゃのようにして過ごしている。そこで転校生としてやってくるもう一人の少年、セルジュと出会う。優等生のセルジュは貴族の息子だが、肌の色が黒いからと差別される存在だ。

小学館の少女漫画誌に週刊連載された「風と木の詩」は、あらゆるタブーを正面から取り上げ、次々と打ち破っていった。

「当時は世界、世間そのものが大きく開こうとしていた時期でした。自由への謳歌というものがすごくあった時期です。なので、たとえば愛することに壁はないんだという、それが対象が女性だろうと男性だろうと老人だろうと、とても若い人であろうと、そこに愛というものが育ちうるということを描きたかった」と竹宮さんは創作の動機を振り返る。

1970年代初めまで、日本の少女漫画は主に普通の女の子の恋愛や家族の話、日常のときめきや悩みが主なテーマだった。愛し合う大人同士の口づけ場面でさえ、過激とみなされた時代だった。キス以上に親密な描写といえば、ベッドの上で重なり合う手と手、きらめくろうそくの炎、朝になって聞こえる鳥のさえずりがせいぜいだった。思春期の性の目覚めといえば、憧れの男の子に手が触れたと真っ赤になる少女の姿だった。

そうした中で、竹宮さんをはじめ後に「24年組」と呼ばれる1949年~50年生まれの作家たちが、少女漫画の地平を押し広げる。ヘッセ、ブラム・ストーカー、スタンダール、デュマ、ドストエフスキーなどの西洋の作家たちに強く影響を受け、愛と憎、生と死といった普遍的テーマを取り上げ、文学として批評に値する漫画作品を次々と発表していった。

とはいえ当時の少女漫画には、あからさまな性描写などないに等しかった。その状況でどうやって編集者に連載を認めてもらったのかと竹宮さんに尋ねると、「できなかったんです。何年も」と答えが返ってきた。

「セックス場面で始まる、まして男同士というだけで、編集者はノーという。そして当時、編集者は中年の男性が多いわけで、当然拒否です。とても分からないし、自分が分からないものを発表させるわけにはいかないというのが基本でした」

そこで竹宮さんは、まず別の連載を成功させて人気作家としての地位を確立し、リスクをとるだけの価値が自分にはあると編集者を説得することにした。自分が思い描く作品にするため、自分自身の知識や技術を増やす必要もあった。

「発言力を高めて、描けるようにした。『風と木の詩』を描く権利を、獲得しなくてはならなかった」

物語の着想から実際の連載開始まで、実に6年かかった。

1970年代後半の少女漫画というと、熱心な固定読者はいるものの、少年漫画と比べれば部数も少ないニッチな市場だった。インターネットなど遠い未来の時代で、少女たちはジルベールとセルジュの物語を親や教師に知られずに楽しむことができた。と同時に、そこに描かれる少年同士の性描写も、親たちに知られずに済んだ。描写は決して露骨でも扇情的でもないが、作品には性行為だけでなく、強姦や近親相姦も出てくる。わずか9歳の男の子が被害に遭う場面もある。

自分の挑戦によって、日本の漫画における性表現の「扉を私の作品が開いたのは事実だと思います」と竹宮さんは認める。そして、以前はないに等しかったものが今や、女性や子供の福祉を脅かしかねないと国連がみなすものにまで発展してきた。

日本政府が2004年に「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」を改正した際、漫画など絵に描かれる児童も規制の対象にすべきという意見が持ち上がり、漫画の性的表現と表現の自由をめぐる議論が噴出した。

この6年後に東京都が提案した「青少年の健全な育成に関する条例」の改正案が「非実在青少年」の性描写を規制対象に含めた際には、京都精華大学の漫画学部長だった竹宮さん(現在は学長)が多くの漫画家と共にこれに強く反対した。このような内容は表現の自由の制限につながり、自分の「風と木の詩」も丸ごと規制されてしまうだろうと竹宮さんは批判した。

「非実在青少年」を対象にした規制は改正案から削除されたが、対立軸は鮮明になり、対立の構図は今も続く。一方で、漫画などフィクションにおける性暴力の表現は犯罪を助長するので、その規制は被害者になりやすい児童や女性を保護すると考える人たちがいる。もう一方には、表現の自由に対する国家権力の過剰な介入に反対する人たちがいる。特に後者は、漫画などフィクションの性的表現が犯罪を助長するという考えには統計的な裏付けがないし、日本の刑法はすでに露骨な性器の描写など「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、 又は公然と陳列」することを禁止しているのだからと指摘する。

国連人権理事会から「児童売買、児童買春及び児童ポルノ」 に関する特別報告者に任命されているマオド・ド・ブーア=ブキッキオさんは3月、人権理事会に提出した報告書で、日本を「漫画、アニメ、コンピューターグラフィック、ビデオ、オンラインゲームなどに極端な児童ポルノの描写を含む、バーチャルな子供を性的搾取する表現の主要製造国」と呼んだ2014年の米国務省報告を引用した。

この「バーチャルな子供」、つまり「非実在青少年」の表現が実際の人権を侵害しているのかどうかが、まさにこの問題の根本だ。国連などが批判する漫画やアニメ、ゲームの多くは、竹宮作品のように高い文学性を志すものではなく、ひたすら扇情的なだけだと批判される。そしてたとえフィクションだろうと、そのようなものは規制されるべきだと考える人は多い。

ブーア=ブキッキオさんは報告書でこう続ける。「特別報告者は、表現の自由と児童の権利の間に、適正なバランスを確保する重要性を認識している。ただし、大きな利益を上げる強力なビジネスのために、児童の権利が犠牲にされてはならない。国際的な人権慣習や基準に照らせば、その子供が実在だろうがバーチャルだろうが、子供をポルノ的に表現したものは児童ポルノに相当する」。

国連の批判的姿勢に、漫画研究者の藤本由香里・明治大学教授は異を唱える。日本の女子学生の援助交際について挙げた数字をめぐりブーア=ブキッキオさんが、外務省の抗議の後に「公式な数値を受領したことはない」と認めたなどの展開を懸念する藤本教授は、「『マンガやゲームにおける性暴力表現を禁止せよ』と言えば、欧米諸国においては「男性主体の性表現に対するNO」を意味するだろうが、日本ではかなり事情が違う」と指摘する。

「日本では女性が主体となった性表現が、男性向けのそれと同じくらい発展していることが、他国とは大きく違う特徴だ。その中には当然、『性暴力』表現も含まれる。即ち、日本において『性暴力』表現を禁止することは、これまで営々と築かれてきた女性たちによるオールタナティブな性表現に対してもNOを突きつけることになるのだ。表現を『禁止』することによっては現実は変わらない。むしろ『性は危険でもありうる』ことを伝えることこそが現実を変えると信じて女性作家たちは表現してきた。その営為を止めてはならない。国連は、表現を問題にすれば、『現実の問題を解決する』ことをかえって阻害することを認識すべきだ」

参議院の山田太郎議員も同様に、国連の批判を批判する。

「非実在児童に対する描写は、具体的に誰かの人権を侵害しているとは思えない。それを見て不快になる人の人権を侵害するというなら、その人が訴える権利や制度を整備すればいい。しかしどういう影響を与えるか分からない表現を、法律という強い権力で、元から取り締まってはいけない。誰かが傷つくかもしれない、誰かが差別されるかもしれないという可能性を取り締まってはならない。規制はどんどん拡大解釈されていくものだ」

こう指摘する山田議員は、現実的には政府が非実在青少年への表現を規制するような事態にはならないだろうと見ているが、国連や東京都などの一連の動きによって、作家や出版社が自主規制してしまうことの方が問題だと懸念する。

これに対して少女漫画家の真崎春望さんは、自分や周りでそのような自主規制や萎縮の傾向は感じないと話す。むしろ「何でも自由に表現したいなら、個人的なアートとして地下でやればいい。しかし漫画には常に読者がいる。作家はそこの誰に向けて何を描いているのか、意識すべき。国連に言われるからとかの問題ではなく、作家の良心と創造性の問題だ」という意見だ。

一方で、日本社会が長年、絵の中の性表現について実際に自主規制してきた具体的な前例はある。浮世絵の春画だ。

日本美術に詳しい作家・編集者の橋本麻里さんは、「ロンドンをはじめ欧米で大規模な展示が成功して初めて、日本でも初の大々的な春画展が2015年に開かれることになった」と指摘する。

橋本さんによると、春画では夫婦の房事の横に子供が描かれていることが少なくない。当時としては当たり前の家庭生活の一コマだったからだ。しかし現代の倫理観に照らして、各地での展示会ではそれとなく外されているという。

「表現を創りだす側、表現を研究し紹介する側が、その行為を自ら規制しなくてはならないと萎縮するような事態は、文化の成熟を阻害します」と橋本さんは懸念する。

「実在の児童に対する性的搾取、性的虐待についてはもちろん、許されるものではありません。大前提として、そうした事態を解決するための取り組みには、今後いっそう注力していくべきだと考えています。しかしそれが『児童ポルノを含む漫画を禁止すべき』かどうかという、非実在の児童をめぐる表現の問題となった場合、責任ある判断のできる年齢に達した成人で、かつその表現を許容する人の間でのみ流通するのであれば、一律に禁止すべき理由はない、と考えます。表現について、一定のゾーニングや年齢制限などを社会的合意の下に明文化して課し、その枠の中で自由に表現することを許容する国であってほしいと、願っています」

この問題について、日本では意見が割れている。表現の自由保護を何より重視する人もいる。優れた作品と、下品でわいせつなものに過ぎないと思うものとの間に、線を引く人もいる。特に関心のない人たちもいる。国民的合意はできていない。

意見が割れる理由のひとつに、欧米と日本の微妙な感覚の差があるかもしれない。日本では人気商品から人気音楽に至るまで、「かわいい」の価値観が大衆文化に浸透している。このため幼い子供の姿の描写について、日本人は欧米人のようには神経質ではないのだという見方もできるかもしれない。

物語を伝えるために、なぜ9歳の幼い少年に対する性暴力など、読んでいて辛い描写が必要だったのか。竹宮さんは「現実にそういうことが起きるから。隠したところでなくならない。そういうことがあると認めざるを得ないのだと、伝えたいから。そして暴力を受けた少年たちの力強さを描きたかった。性暴力を受けても、乗り越えていく人がいるということを知ってほしかった」と説明した。

1970年代後半、子供の強姦被害や近親相姦被害の話題が主なメディアで公然と語られることはほとんどなかった。まして、少女漫画では。そんな中で竹宮さんは、父親に強姦されたことがあるという読者の手紙を受け取った。

「実際にそういう目に遭っている人が、私の漫画を読んで自分だけではないんだと、自分は独りではないと知り、この作品が私を救ってくれると書いてきた」と竹宮さんは言う。

このファンレターの内容が本当かどうかは確かめようがなかった。しかし、人間の本能を否定することは決して答えにならないと竹宮さんは確信している。

「パンドラの箱を私が開けたのかもしれない。けれども箱を開けなくては、希望の光は出てこられなかったのです」

(英語記事 The godmother of manga sex in Japan)

日本製炊飯器との差、全人代で話題に「中国には作れない」 製造強国へ技術力課題

2016-03-19 10:07:55 | 政治、経済
中国や韓国は

研究費の膨大な金を使うことはしない、20億円の研究費がかかった製品にたいして

40億円でその権利を買い取ることしか考えていない。

当然自社開発をしようとした引き抜かれた日本人技術者は開発は絶対できない状態、

それで、使い捨てられ裏切った日本へ帰ってきています。


ソースから

中国で開幕中の全国人民代表大会(全人代=国会)で、日本製「炊飯器」がキーワードに浮上している。約3000人が出席している代表の一人で急成長している携帯電話機メーカー、小米科技(シャオミ)創業者の雷軍会長が全人代の分科会会議で日本製炊飯器について、「米粒が踊っている。中国メーカーには作れない」と発言したことがきっかけだ。

 ◆カリスマ経営者言及

 小米科技は6年前に設立されたばかりのベンチャー企業だが、スマートフォンの中国国内市場では2015年に15%のシェアを握った。米アップルなどを抑えて堂々のトップに君臨する。

 雷氏はチャイナドリームの体現者で、若者から「米神」と呼ばれるIT業界のカリスマ経営者。その「米神」が会議で話題にしたのは、「以前は炊飯器には大した技術はないと思っていたが(訪日中国人の爆買いをみて)詳細に研究したところ、中国メーカーには作れない技術だと分かった」という日本製炊飯器。「米粒が炊飯器の中で踊るように出来上がって食感がいい」らしい。

 雷氏が感動したのは米粒を踊らせる日本のハイテクだが、同時に「特許」にも注目した。すでに日本の家電メーカーが炊飯器で多数の特許を持ち、ハイテクな炊飯器を中国メーカーが作ることはできない、と判断した。「最初は中国人消費者に外国製品への崇拝はあると思っていたが、実際に日本製は中国製よりも良くできている」と認めた。

 ◆「世界の工場」も脆弱

 雷氏の発言のココロはといえば、「世界の工場」にのし上がったはずの「メード・イン・チャイナ」が実は脆弱(ぜいじゃく)な基盤の上に乗っかっているだけだとの危機感にある。20年までに国内総生産(GDP)と国民平均所得を10年比で「倍増」させる計画を全人代で正式策定する「第13次5カ年計画」の実現には、中国の技術力のかさ上げが欠かせないとの思いからだ。

 同じく全人代の代表で家電大手、珠海格力電器の董明珠会長は「(輸出が低迷する中国の製造業が)競争力を取り戻すためには特許の保護により、より良い中国での開発製品を製造することと、安かろう悪かろうの中国ブランドイメージからの脱却だ」と発言。さらに「これだけ中国には多くのメーカーがあるのに炊飯器ひとつ、まともに作れない。中国の消費者が海外に炊飯器を買いに行くなど噴飯ものだ」と叫んだ。

 珠海格力電器は1991年創業の中国エアコン最大手で、日本のダイキン工業からの委託生産などで急成長。世界市場ではダイキンと首位を争うまでの規模に膨れあがった。小米の雷氏も格力の董氏もエレクトロニクス企業のトップとして独自の技術開発や特許に対する思い入れが強い。

 全人代では5日の開幕式で「政府活動報告」を読み上げた李克強首相が、「中国の消費財の品質を高める必要がある。あくなき進歩を追求する職人を育て、製品を増やし、品質を向上させて、ブランドを創造しなければならない」などと強調した。昨年の全人代の後に李首相は、「中国製造2025」のコンセプトを打ち上げている。25年までに日独と並ぶ「製造強国」入りを目指すという国家戦略だ。製造業のイノベーションを高め、インターネットとも融合した情報化戦略を促進するという。

 日本人にとって身近な炊飯器。「米粒」が知らぬ間に全人代という中国の会議を踊らせているようだ。(北京 河崎真澄)

医療子会社、6655億円で売却=東芝、キヤノンと契約―白物家電は中国・美的に

2016-03-19 10:00:39 | 政治、経済
東芝の白物家電が中国企業へ売却、、

中国は人件費の安さ、さらには家電の機能の簡素化で売り上げを伸ばしています。

売却になり、当然儲け主義になります。

せめて、東芝の名前はなくしてほしい。



ソースから

東芝は17日、全額出資の医療機器子会社、東芝メディカルシステムズ(栃木県大田原市)をキヤノンに6655億円で売却する契約を締結したと発表した。冷蔵庫などの白物家電事業の売却では同日、中国の家電大手「美的集団」と基本合意。一方、成長分野と位置付ける半導体事業での追加投資も決定、経営再建に向けて事業の選択と集中を進める。
 メディカル社は、コンピューター断層撮影装置(CT)など画像診断分野に強く、2015年3月期の連結売上高は4056億円。東芝は今月9日にキヤノンに優先交渉権を与え、売却に向け詰めの交渉を行っていた。東芝が得る税引き前の売却益は約5900億円で、2016年3月期に計上することを検討。実現すれば、7100億円の赤字を見込む連結純損益は大幅に改善する見込みだ。
 東芝は不正会計問題を受けた構造改革に伴う損失計上で、期末の株主資本が1500億円に激減する見通しだった。原発事業関連などで損失がさらに膨らむ恐れもあることから、資本増強に向けてメディカル社の売却を急いでいた。
 このためメディカル社の売却ではまず、同社の議決権をキヤノンではなく第三者に移転する異例の手法を採用。公正取引委員会の承認を待たずに、期末までに売却益を計上して資本に組み入れることを目指す。
 一方、白物家電の売却では、製造・販売を手掛ける全額出資子会社、東芝ライフスタイル(川崎市)の株式の過半を美的集団に譲渡する。従業員全員の雇用を維持し、生産や販売も必要な拠点は継承してもらう方向で、月内の最終合意に向け調整を進めている。
 白物家電の15年3月期の売上高は2254億円。ライフスタイル社は美的集団が経営を握った後も、東芝ブランドを使い、国内外での開発と製造、販売を続ける予定。テレビ事業は東芝グループに残し、継続する。