今回の日曜美術館は、 『バルテュス 5つのアトリエ』です。

ピカソが「東西において最も重要な画家」と評した、巨匠 バルテュス(1908~2001)。 さまざまな芸術運動が勃興した20世紀を生き、「最後 の巨匠」と呼ばれた孤高の画家です。
92歳で亡くなる間際まで絵筆を握った生涯は、称賛と誤解に満ちていました。

評価を二分してきたのが、少女をモデルにした、官能的な作品の数々です。
バルテュスはボヘミアンのように、アトリエを移しながら、自らの美を追及し続けました。
現在、東京都美術館で、 没後最大の回顧展が開催されています。
東京の後は、7月に京都市美術館で開催されます。楽しみです。

最初のアトリエです。

バルテュスはパリ生まれです。

美術学校に通わず、一人で絵を学びます。
18歳のとき、画家修行のためにイタリアに旅に出ます。
そこで、ルネサンス時代の宗教画やフレスコ画を精力的に模写します。



24歳で、パリに戻った バルテュスは、最初のアトリエを構えます。
建物最上階の屋根裏部屋です。

このアトリエで、つぎつぎと問題作が生み出されます。
この時代、シュルリアリスト(超現実主義)や抽象画がもてはやされるパリの画壇で、自分のやりかたにこだわりました。
25歳のときの過激な絵です。


初期の傑作です。
しかし、この作品で バルテュスが嫌ったシュルリアリストと同類視され、一方で一般には見向きもされませんでした。

最大の議論を起こした作品です。
マスコミには相手にされなかったのですが、逆に才能ある詩人や画家たちに注目されます。

バルテュスは、称賛にも誹謗中傷にも嫌気をさし、アトリエを引っ越します。
二つ目のアトリエです。
画家として評価されないままで、苦しい生活が続きます。

隣に住む娘、テレーズに出会います。テレーズ14歳です。

バルテュスはテレーズをモデルに作品を作り始めます。




行きつけのレストランのオーナーに頼まれて描いた看板



バルテュスはロリコンではないか、という評価になった小説の絵。
これは、熱烈なバルテュスのファンだった、著者の要望で表紙を飾ったものです。
この本が世界的にヒットし、 バルテュスはロリコンというイメージが広がったそうです。

今回は紹介作品が多いので、次回に続きます。
東京都美術館 6月22日まで
巡回 京都市美術館 7月5日~9月7日