何故一歩が踏み出せないか?
(体現したものからの「語り」)
熊谷 三嶋完治
【自己紹介】
二〇〇五年七月、五十歳のとき脳出血を罹患。言語障害(失語症)、右片麻痺の後遺症が残っている。急性期病院の医師から「社会復帰は望めない」と言われ絶望感に襲われた。(身体障害程度等級一級)
二十五メートル泳げたという自信が、その後「勇気・希望」がもて「変容」につながり、新しい自分(居場所)を発見した。
現在、障害を持ったからこそ果たせる役割があると公益活動に従事しながら、大学で障害者福祉をゼロから学んでいる。
[はじめに】
多くの人は中途障害を抱えると、回復の停滞感や減速感から徐々に落ち込み、情緒が不安定になり、引きこもりになる場合も多い。
私も四年間にわたり希望を失い、どん底の毎日を経験した。しかし、ちょっとした「きっかけ」(出会い)から「動機づけ」(変容)に変わり、新しい自分(居場所)を発見した。
本日は、私の障害からの克服について語らせていただきます。
【存在意義の否定】
私は救命されたものの、医師からの心ない言葉で失意のどん底に陥った。さらに仕事の仲間からは「三嶋は終った」と囁かれ、人間不信にもなった。こうなると、どんどんモチベーションが下がっていった。
自分が知らぬ間に「社会的弱者」と思うようになり、障害の有無にかかわらず、人間にとって最も避けたい存在意義を失った。これではいけないと思っていても、なかなか行動に移せない、一歩が踏み出せない日々が続いた。
【モチベーション(動機づけ)を上げるためには】
一番怖かったのは、目指す絶対的な価値観がなくなり、どこを目指したら良いのか分からず、空回りが続いた。それに加えて過去の自分と比較し、それが足かせになった。
心理学者のE.デシは、「自分がやりたいことをやった時、一番能力が発揮できる」と説いている。モチベーションを上げるためには、「これだったら、自分もできるかも知れない」ことを、一つ見つけることが大切。自分ができるところから、自分のペースでゆっくりやればいい。「自分で決めたこと」をやれば高いモチベーションが保てる。
【克服へのきっかけ(出会い)]
二〇〇九年、リハビリの一環として水中リハをはじめ、一年後に二十五メートルを泳ぐことができた。その時の水中映像で、麻痺側下肢がしっかり動いている自分の姿を見て、それまで「動かない」と思い込んでいたことにハッとした。
泳げたという「自信」と脳の可能性を信じる「希望」、そこから克服のチャレンジがはじまった(心のスイッチが入った)。当初、泳ぐことに躊躇していたが、指導員から背中を押してもらったことも、「きっかけ」になった。
【きっかけ(出会い)から動機づけ(変容)】
とはいっても、どうやったら「心のスイッチ」が入るのか? それには自分を信じることと、自分ができることからはじめること。私の場合は、泳げたという「自信」と麻痺側下肢がしっかり動いている姿を見て「希望」がでてきた。
しかし、それだけではスイッチは入らない。どうやったら、きれいに泳げるのか。そのための目標を自発的に取り組むことで、「これだったらできるかも」と納得し、意欲も湧いてきた。この過程が、きっかけ(出会い)から動機づけ(変容)に変わった(スイッチが入った)。
【動機づけとは何か】
「きっかけ」は、自分以外の持つ力、助力によるものが多い。動機づけは一般に「モチベーション」と訳され、自分が納得し意慾をもって作り上げるもの。人は何か「自信」や「希望」を持つとたとえ障害があっても、人の価値は変わらないことに気が付く(価値観の転換)。
そして「意欲」は、心の持ちよう次第ですぐに湧いてくる。「動機づけ」は、心の心理的な原動力である。
【新しい自分(居場所)の発見】
人には必ず「役割」があると思う。ここでいう役割とは、お金や時間には代えられない「生きる喜び」のことである。
私は一時仕事を失ったが、私を必要としている人とめぐり合い、「まだまだ人の役に立つ」と感じるようになった。そして私は、一人で希望が持てるようになったのではなく、支える他者と共にいることで立ち直ることができた。
私は六十を過ぎても、人として成長を続けていると思っている。
【リハ・スポーツの意義】
スポーツは嫌々やるのではなく、楽しいから続けられる(自立性の欲求)。
「できた」という達成感が自信を取り戻し、希望・意欲・やる気につながる(有能性の欲求)。
他人と尊重し合える関係を創ることができる(関係性の欲求)。
同じ境遇の仲間と体験を分かち合い、勇気づけられ、障害に打ち克つ賢さを学ぶ。三つの欲求を学ぶことで、心のスイッチが入る。
【まとめ】
・障害の有無にかかわらず、人には必ず「役割」がある。
・モチベーションを上げるには、「これだったら自分もできるかもしれない」ことを一つ見つけることが大切。
・自分ができるところから、自分のペースでゆっくりやればいい。
・「自分で決めたこと」をやれば、モチベーションが上がる。
・人は何か自信や希望を持つと、たとえ障害があっても人の価値は変わらないことに気づく(価値観の転換)。
・障害のある人は、一人で希望が持てるようになるのでなく、支える他者がいることで立ち直ることができる。
・リハビリテーション・スポーツは、同じ境遇の仲間と体験を分かち合い、勇気づけられ、障害に打ち克つ賢さを学んでいく。
以上
※「帯広ふだん記」に投稿した文章です 会長 寺町 修