十七夜の月は、山上で観たかった。
芒野に吹く風に揺られ銀色の穂波が幾重にも波立つ月夜の風渡り。
秋風に吹かれ琵琶湖上を渡る竜田姫御一行を芒野にて寝待月の心持ち。
雨上がりの朝、からり晴れ上がった9月の澄み切った蒼天。
今日は、久しぶりに黒森峠越えにて堂ヶ森へ。
吹く風、通り抜けてゆく山里の色合いに秋を感じる。
自転車山越えは楽しくなければ。
もうストレスフルな幹線道路走行は懲りごりだ。
ぎりぎり真横を大型トレーラーが風圧と共に擦り抜けてゆく緊張感。
あれに較べたら1000mの山越えも苦にならない。
雨上がりのカラっとした涼しさも幸いした。
背負う荷物も18kgに抑えた。
峠手前で少しへばったが、なんとか頑張った。
まだ山登りが待っている。
峠で、しっかり炭水化物を補給して(お弁当持参)、後は下るだけ。
峠を少し下った杉林が伐採され見通しが良くなった。
遠くの山並みを眺望しながら風を切って下る爽快さ。
17kmの長い登坂路を上り切った御褒美だ(笑)
このルートが好きな理由は、登山口の梅ヶ市の風景に懐かしい山里の郷愁を感じるせいもある。
一年ぶりの梅ヶ市は、登山口の林道わきの空地が開放され駐車場(簡易トイレつき)になっていた。
高知ナンバーの車が一台停まっている。
笹尾根の芒原が夕陽に染まる頃までに登りたい。
支度して色とりどりの秋草茂る林道を歩く。
咲き始めた花々や蝶や蜻蛉の姿に目移りするが、一度撮影し始めると止まらなくなる。
それは下山時にと戒めて先を急ぐ。
急登手前で下山してきた高知の人と出会った。
格好がいかにもトレールランナー風。
ここは石鎚山系でも人気のトレールランニング・コース。
「こんにちは」と声をかけてみると、
トレランではないが石鎚まで日帰り往復してきた。とのこと。
着ているTシャツが100kmマラソンの四万十ウルトラマラソンだった。
Tシャツを指さし「やっぱりね」と、赤銅色に日焼けした若者と笑った。
「お気をつけて」「お疲れ様」と挨拶を交わし先を急ぐ。
驚異的な身体能力の持ち主から、少し元気をもらったような気分になる(笑)
なんとか17時過ぎに笹尾根に辿り着いた。
梅ヶ市ルートのランドマーク、すっくと伸びた一本の白骨樹が黄昏の光に映える。
湧き上がる雲海はなかったが、秋の夕陽は波長が長くて美しい。
芒野が夕陽に染まる光の変幻の万華鏡を日没まで撮り尽くした。
遠景の先、面河ダム湖の鏡面の反射が、秋の風情を添える。
登ってきた甲斐があった。
やっぱり山はいい。
山小屋に到着後、沢で麦酒を冷やしておいて夕食の準備。
たっぷり雨が降った後なので流れる水も豊富だ。
身体をめいっぱい使った後の食事は本当に美味い。
心と身体は一繋がりの生命体なのだ。
代謝機能が落ち、心と身体のバランスが崩れた時が危ない。
「病は気から」これは箴言なのだ。
古武術の甲野善紀の本を読んでいると、
便利さと引き換えに私たちは、百年前の日本人と比べて退化してしまった身体機能がいっぱいあるようだ。
使わないとその身体機能は衰えてしまうのが道理。
「人間にとって自然とは何か?」を体現した甲野善紀の身体術は目から鱗の連続だった。
山の月の出は(ここは谷あいなので)少し遅い。
夕食後、持参した本(甲野善紀の身体術)を読みながら、うたた寝。
深夜に目覚め、戸外に出ると、十七夜の月は高く上がり皓々と輝いていた。
支度して目星をつけておいた堂ヶ森山頂付近の芒原を目指す。
風がない。静かな夜だった。
夜通し鳴いていた梟の声も途絶えていた。
夜露が降りて、露を纏った笹原が月明かりにキラキラ光っている。
久万盆地と西条平野に雲が湧き出している。
松山方面の街明かりが、一際明るい。
あそこから自転車で来たのだと思うと、ちょっと感慨深い。
見上げる稜線の一画が、ぼぉーと仄明るい。
蛍光色の怪しい光…
梨木香歩の「家守奇譚」に収録された十五夜の芒野で寝待月の話が好きだ。
今回の山行も、この話に触発されての冒頭の惹句。
森羅万象に宿る精霊や神々との交流を綴る、ほんの百年前の美しき日本のお話。
妖しい光は、狐火か?
狐狸、人魂も、この人外境では不思議ではない。
どきどき…一歩一歩近づく胸のときめき。
側に寄ると、一張りのテントだった。
(登って来る途中は笹原に隠れテントの上部しか見えなかった)
日没後、ここを通過した時にはテントはなかった。
ということは、とっぷり日の暮れてから設営だろう?
水場からも遠い、この場所に普通、テント設営をしない。
やっぱり不可解だ?
月夜の山では、幾度か不思議な現象と遭遇している。
明かりが灯っているが、しんとして無音なのも尚、怪しい…
静かな山の夜、私の笹を掻き分けながら登る足音が聴こえているだろう?
否、逆の立場になると、深夜の山で近づいて来る足音の方が不気味か(笑)
深更の時刻、声をかけるのも躊躇われた。
風がないので芒がピタリと止まって波立たない。
月は天頂にあり、まんべんなく地上を照らし立体感に欠ける。
写真にならないと判断して夜明け前の低い月明かりに期待することにした。
このテントの人とは、翌朝、一の森への稜線で会った。
高知から電動アシスト自転車で来たという私よりも上手(うわて)の人がいた。
やっぱり夜遅くなって到着し、あの場所に野営したと云う。
この人は三嶺にも自転車で行くという…う~ん世界は広い。
みんな横並びでつまらい国だと思っていたが、なかなか捨てたものじゃない…
前回のオカリナを吹く自由な発想の女子とか、
山へ行くと嬉しくなるような自由人と出会える(今の日本では奇人変人か?私も含め)
確かに自由であろうとすれば、今の日本では生き辛い。
みんな同じ横並びを美徳とする国だから。
たまにこうやって山で一人になって息抜きをしないとね。
翌朝、少し寝坊してしまった。
日の出前、5時過ぎの山小屋の気温は10℃だった。
珈琲とパンでお腹を満たし小屋を出た。
期待した北東の風に乗った雲海も湧かず、やっぱり無風の朝だった。
夜露に濡れた山道を辿り、大好きな一の森(クラセの頭)まで行った。
この空へ続く笹原の一本道が大好きだ。
見晴しのいい天空への道があるから、ここへ通い詰めているのだろう。
私にとって石鎚山系最後の山岳風景の聖地と心に決めている。
もう石鎚山頂付近や瓶ヶ森の風景は撮り尽くされた感がある。
残された未知の風景は、この山域だけかもしれない?
陽が昇ると秋の渡り前のアマツバメの群れが自由自在に大空を飛び交う、この季節ならではの光景が。
夏に飛び交っていたアキアカネは里へ降り、翅に紋のあるミヤマアカネが居残っている。
咲き残りのシコクフウロやシラヒゲソウとアキノキリンソウに竜胆の秋の花々が共存。
小屋に戻ると愛大山岳会の皆さんが登山道整備に来ていた。
一泊して二の森まで笹刈をする予定。
いつも、この人たちのおかげで快適な山歩きができる。
SさんやIさんやUさん、それに現役の山岳部の学生たち。
久しぶりにお会いして色んなお話が聞けた。
折を見て、教えてもらった山情報を披露したい。
医学部のドクターSさんとは、下山後の黒森峠への登り返しで声をかけてもらった。
動植物に詳しいSさん、また情報提供お願いします。
掲載した昆虫写真のアサギマダラの上は、枯れ木のように擬態したナナフシでした。
カメレオンのように体色も葉っぱの緑から木の枝の褐色に変えられることにびっくり。
二カ月ぶりの山で息を吹き返しました。
これからも可能な限り山へ入りたいですね。
せめて一カ月に一度は…
自転車での山越え、炎天下でもやって来た身体、秋の乾燥した空気はご褒美でしょう。
夕闇のなか、山からの町並みも素晴らしい。
さて、体力など山行きは・・・などという言葉はランスケさんには似合いません。
当然、年齢は重ねていますから、安全面には注意が必要です。
少しづつでいい、山便りをおねがいします。
もう一つ、「ランスケダイヤリー」はいまや代名詞となっています。
変えるべきでは無いと思いますよ。(笑い)
2カ月ぶりの山でした。
どんどん気持ちが解放されてゆくのが手に取るように分かります。
つくづく自分は山の写真ヤなのだと実感しました(笑)
せめて一カ月に一度は山へ入りたいですね。
鬼城さん、暖かい励ましの言葉、感謝いたします。
山でもHP石鎚山の四季の頃から観て頂いている方と出会ったり、
愛大山岳会の秋の登山道整備の皆さんとも出会いました。
なかなか読者の顔が見えないので持続することの難しさに弱気になっていました。
「見てるよ」と励ましの言葉を皆さんから頂き、少し元気を回復しました。
鬼城さんも今年も紅葉の石鎚山を目指すようですね。
今年の紅葉は、夏の日照時間も申し分なく9月になって良い具合に涼しくなって来ました。
山の気温も夜明け前は10℃を下回っていました。
このまま推移すると期待出来そうです。
今年こそ秋晴れの空の下をですね(笑)
高知の奇人変人のinoueと申します。
インターネットへの投稿は初めての挑戦です。
うまくできますかどうか?
今回は、記事に取り上げていただきありがとうございました。
怪しい光は、あまりの急登の連続に疲れ果てていて、ヘッドランプを点けたまま眠ってしまったようです。
ランスケさんに出会えて、気さくにお話いただき、たいへんよい思い出になりました。
ありがとうございました。
これからもお元気で、山の便りをお届けください。
無事に帰宅されたようで安心しました。
私たちの年齢になると電池が切れたように身体が動かないことがあります。
ここのところ私も自分の身体能力の限界を意識していました。
でも、こうやって自分のフィールドとする山域に入り、inoueさんのような規格外のスケール感を持った人と出会うと、
とても勇気ももらえます。
まだまだ自由で面白い生き方をしている人がいると。
奇人変人は私にとって賞賛の言葉です。
高知の人って本当に規格外の面白い人が多いですね。
指折り数えても面白い人が浮かぶのは、高知の人ばかりです(笑)
逆に気候の温暖な瀬戸内は、保守的で他人と同じことをしている自分に安心感を抱いているような人が多いですね。
今回の山行、ハイライトはinoueさんの怪しいテントの灯りとの遭遇でした。
勝手に妄想を膨らませて申し訳ありません。
山の怪しい話、大好きです(笑)