ひきこもりやニートについて独断偏見を書いている内に『ははあ、これが根にあるんじゃないかな?』と閃いたことが有るので憶えの為に書いておく。
ずばり、【父性の欠如】・・・社会全体に於いても、家庭に於いても。
これ以外の原因、例えば父親への敵意、敵愾心、などからひきこもりを発症する場合、【何とか這い上がろう】として結局【父親を越える何かを達成】して社会に出る。
男子にとって父親は社会の権化であり、でき得れば親しく接したくはない、さりながら無視も出来ない厄介な目の上のコブである。どういう形でか、これを乗り越えて初めて男子は世間で一人前に戦って生きる力を得る。私自身は『ピーターパンの親父に俺の事が分かってたまるか』と、殆ど会話がなかった。何か言われるとそっけない返事でお茶を濁した。今にして思えばさぞかし寂しかっただろう、思えば酷い息子だった。
一方、私にも息子が二人居る。どちらも【これは親父には出来ないよ、やれるもんならやって見ろ】と言う事をいくつか達成している。つまり彼らは象徴的に世間を抑えつける自信を持った。
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