夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

鎮魂3

2012年07月28日 08時14分48秒 | 日記
 私には年子の弟が居た。一歳の誕生を迎えるか迎えないかの時に死んだ。そのいわれは、”美智子さん、お向かいのおばあちゃんが赤ちゃんを見たいそうですよ”と、ある日祖母が呼んだ。母は一瞬イヤな予感がしたと言う。と言うのもそのお婆さんは開放性結核を患っていた人だった。でも姑の言うこと、聞かなければならなかった、母は弟を抱いて玄関に出た。
 ”まあ可愛い!”と、彼女は弟を上から覗き込んだ。それからどれくらい時が経ったのかは聞き忘れたが、ある日授乳中に弟は口から吐き出した。びっくり仰天した母はそのままの姿で病院へ走った、文字通り奔った。
 腸重積が診断だった。治る見込みはなかった、結核菌が腸間膜についていた。それでも男たちは最後の望みにかけて手術に踏み切った。幼い上に弱っている、麻酔をかけることも出来なかった。弟は泣く力もなく死んだ。
 葬式の霊柩車は私の前を走った。黒い気味悪い形の車であった。ぶつかる、ぶつかる、と私はむずがったと言う。宮参りの時の写真が一枚だけ残っている。私は幼時から眉間に曇りのある辛気臭い子供であったが弟は可愛い赤ん坊だった。もしこの弟が生きていれば私は人生、どんなに心強かったであろうか。
 新生児は母親の免疫力をもらっているという。だから考えるに、誰かが弟に”オマエはもうこの世での苦労はしなくてよい”と言って引き取ったのだろう。私には息子が二人居る。その弟の方を見る度に今は古く小さな位牌になってしまった自分の弟のことを考える、二人の姿が重なってしまって振り払おうとする。

 わかければ みちゆきしらじ まひはせむ したべのつかひ おひてとほらせ
                                       万葉集

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