
昨日は、遠来のお客様を名古屋城と障壁画展に案内した後、門展示室に迎えました。城の天守閣は、5/14焼夷弾の直撃で焼失。戦後再建されたものです。姫路城も、犬山城も、彦根城も無事だったのに何故・・・悔しいことです。
戦前の城は、家康が威信をかけて作ったもので、金の鯱は400年前は高い建物もなく、遠方からでも見え、燦然と輝いていたことでしょう。この金を狙う泥棒まであったりして・・・濃尾震災にも倒壊せず、維新後の廃城にもに守られたのに、戦争にやられてしまいました。
石垣と、隅櫓は当時のままです。加藤清正、福島正則、前田利光など秀吉側についた西国大名20名は築城に狩り出され、家康の狙い通り財を失いました。清正などは、石曳きの苦労を後世に伝えたいと思い、石にしるしを刻み込みました。城内には、清正の石曳きの像もあります。この外様大名たちは財を失い、早死しました。石に西国大名の怨念が刻まれているように思いました。
今日書き込みましたが、こちらこそ感謝です。
とてもハードなスケジュールでお疲れが出ませんようにと思っております。
どうぞまたお越し下さいませ。
いろいろ頂き申し訳ありませんでした。
貴重なお時間を頂き、ご丁寧にご案内を頂きまして友人共々
心から感謝申し上げております。
親しくご説明いただきました名古屋城と障壁画展は素晴らしい
見学となりましたが、それ以上にご自宅の長屋門展示室訪問が
実現いたしました事、これ以上の喜びはございません。
誠に有り難うございました。
十分なコメントが出来ませんが一言お礼を添えさせていただきました。