「風と共に去りぬ」あらすじ只今準備中。しばらく草むしり作「わらじ猫」後編をお楽しみください。
草むしり作「わらじ猫」後1
大奥のお局さま① 若君は風呂嫌い1
「…………」
猫が鳴いたような気がして、お局さまは目を覚ました。辺りはまだ薄暗らい。お付きの部屋子たちが起きてくるには、まだ早いようだ。それでも御端下(おはした)女中たちはとっくに起き出しているようだ、忙しげな足音が遠くから聞こえてくる。
いつもなら目が覚めるとすぐに起き上がるのだが、今朝はまだ布団の中にいた。この歳になると夜中に一度目を覚ましてしまうと、なかなか眠れなくなってしまうものだ。何度も寝返りをうって、御火番係の拍子木の音が遠くに聞こえたころ、やっと次の眠りに付いたばかりだった。
―今度の乳母もまた駄目なのであろうか。
大奥総取締役秋月の局さまは深いため息を吐くと、ぐっすりと眠っている若様の顔を眺めた。
若君が泣きながら部屋に来たのは、お局さまが寝付いてすぐのことだった。若君のお母上が流行病で急逝してから、早いもので半年になる。最初の乳母は三日、二番目の乳母も一月と続かなかった。若君がどうしても乳母に懐かないのだ。それどころか乳母の顔を見ただけでお局さまの後ろに隠れてしまうというありさまだった。
しばらくはお局様が乳母の代わりをしていたのだが、父である上様の乳母だった身には、五歳の腕白盛りの若様のお相手は体がついていかなかった。若様が投げた鞠を拾おうとして中腰になったのがいけなかった。腰にぎっくりとした痛みが走り、そのまま動けなくなってしまったのだった。
幸い十日もすれば動けるようになったのだが、このままではお局様の体が持つまいと、上様じきじきにご沙汰が下り、三人目の乳母をつけたばかりだった。今度の乳母は何処となく面差しが亡くなった母上様に似ているからだろうか、若君の方もすんなりと乳母に懐たようで、お局様も一安心していたのだが。
困ったことだと思う反面、若君が自分を慕ってくるのには悪い気がしなかった。安心しきったような若様の寝顔を見ながら「立派なお世継ぎにお育てしなければ」とお育てした上様の時とは、また違った可愛さを感じていた。
―それにしてもいつ湯につかったのだろうか。
寝入りばなを起こされてなかなか寝付けなかったのは、歳のせいばかりとはいえなかった。夜中に泣きながら布団の中に潜りこんできた若君から漂ってくる、つんと饐(す)えったような臭いが鼻について、なかなか寝付けなかったのだ。試しに手を伸ばして顔をさわってみると、なんだかネバネバとしている。お局様はまたしても大きなため息を吐いた。
実のところ若君の風呂嫌いには手を焼いているの。風呂に入らぬならせめて体でも拭かせればいいのだが、それさえも嫌がる。下手に下着なども新しくしようものなら、とたんに癇癪を起こし手が付けられなくなる。前の二人の乳母この風呂嫌いが災いして辞めたようなものだった。
「このままでは若様でなく垢様になっておしまいですよ」
若君には何度となくそう言って聞かせるのだが、一向に効き目がない。
―何かよい手立ては無いものだろうか。
あれこれと考えをめぐらせているのだがどうも若君の臭いが鼻につく。お局様はこっそりと鼻に手を当て、庭に面した障子を開け放った。
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