草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

ハナコ

2025-02-04 09:59:36 | 猫自慢

ハナコ

 暦の上で春を迎えたものの、季節は逆戻りしそうですね。低気圧が北日本付近を通過した後は今期最強の寒気が7日まで居座り、四国や九州でも警戒級の大雪になる可能性があるとか。生家の上空にも寒気が張り出しており、どうなることかと心配しています。

 路面や水道管の凍結や停電も心配ですが、猫のハナコのことも心配です。年のせいかこの頃は毛繕いをしなくなり、フェルト状の毛玉ができるようになりました。櫛で梳いて後はカットするしか方法が無いとか。あんなに綺麗好きだったのに……。

 足から腹の下にかけての毛が雪のように真っ白で、人にはよく洗っているのかと聞かれました。綺麗好きで毛繕いをいつもしているので、洗ったりしたことはありませんでした。綺麗な毛並みとかわいらしい顔立ちの裏に、凄腕のネズミハンターの顔を持つハナコは私の自慢でした。

 地区の公民館の主催する文章講座に参加するようになり、書くことの楽しさを覚えた頃のことです。パソコンに向かう私の後ろで寝そべっているハナコに「きっと有名にしてあげるからね」と約束したことがあります。何度か地方紙の投稿欄にハナコのことを書いた文章が載ったことがあります。またハナコをイメージした猫が登場する小説も二つ書きました。そして今三つ目の小説を書いています。

 ところが先の二つはスラスラと書けたのに、今回は書けない日々が延々と続いています。多分ハナコが私の傍にいないからでしょう。ハナコを姉に預けたまま生家を出たので、バチが当たったのですね。

 ハナコは今生家で姉と暮らしています。台所に立ち料理する姉を、後ろのテーブルの上にあがって見ています。姉が新聞を読んでいれば上に乗って邪魔をし、我が家で一番上等の姉の羽毛布団の上で寝ています。朝でも夜でも、姉の傍にはいつもハナコがいます。きっと姉を守っているつもりなのでしょうね。

 三月になったらハナコと姉に会いに生家に帰ります。それまでハナコ、姉ちゃんのことを頼みますね。

 中断したままだった物語も、昨日やっと続が少しだけ書けました。九十歳になった私は生家の古民家でやっぱり猫と暮らしている。そんな話です。この分で行くと書き上げる頃には、本当に九十になっているかもしれませんね。

 

  

 


べらぼう第五回「蔦に唐丸因縁の蔓」見ました

2025-02-03 11:09:59 | 最近見たドラマ

べらぼう第五回「蔦に唐丸因縁の蔓」見ました

「よってたかって梯子を外しやがって、べらぼうがぁ!」

 前回鱗形屋ラブリン一派の罠にはまり「雛型若菜」の版元から外された蔦重。その痛手がなかなか癒えないようですね。イケメン横浜流星のブーたれ顔。これはこれで一見の価値はありますね。

 しかしこの時代、株を持たなければ商売ができぬ仕組みになっているのは常識。そこを見逃すなんてトンチキもいいとこだ。と花ノ井に言われて「どうせ俺ぁトンチキのべらぼうだよ」と今度は開き直ってしまった。さすがの花ノ井もこれには愛想を尽かしたようですね。

 しかし蔦重が納得できないのは後から来た者は版元になれないことだ。鱗形屋からのお抱えの「改」にならないかとの誘いがある。そうすれば本を売ることができるのだが、それではどんなに頑張って本を作っても鱗形屋の出版になってしまうのだ。

「なるほど、欲が出てきたのか。てめぇが骨折って作った本をただでやるのが合点がいかねぇッてことか」

 と義兄さん言うのだが、蔦重は自分の名「耕書堂」の名で本を出したいのだ。しかし版元にはなれない。それが悔しくてウジウジしている若き日の蔦重。アホなダジャレなんて言えない位に悩んでいるのでしょうね。そこで今回は悩める蔦重に代わって、源内さんが江戸っ子魂見せてくれましたね。

 さてこの平賀源内さん。群れを嫌い権力を嫌い束縛を嫌い、何処の組織にも属さず(属したくても属せない)溢れんばかりの知識とひらめきを武器に、「定」に縛られた江戸の世を生きる自由人。だがいつも金繰りには困っている。今回は炭屋の主人と借金自慢をしていましたね。自慢比べには勝ったのでしょうかね?

 悩んだ末鱗形屋の専属「改」の道を選んだ蔦重。消えた唐丸。興味は尽きません。さて来週は……。

 

 


ショーシャンクの空に

2025-02-01 21:45:35 | 最近見たドラマ

ショーシャンクの空に

「ショーシャンクの空に」は1994年に公開されたアメリカ映画。監督脚本フランク・ダラボン 出演者ティム・ロビンス モーガン・フリーマン

 日本での公開は1995年6月だから、見たのはその数年後だろう。当時中学生だった息子にすごく良い映画だからと勧められたのがきっかけだった。だがそれまでスタローンやシュワルツェネッガーの映画ばかり見ていた息子が言うのだから、きっとアクションものだろうと思っていた。

 ところがいざ見てみるとなんと良い映画なのかと感激した。と同時に息子もこんな映画を見るようになったのかと感慨深いものがあった。以後何度かテレビで放映されたのを見たが、その度に感動し勧めてくれた中学生の時の息子を思い出したものだ。

 もうあれから30年近くなるのか。今日は何気なくテレビをつけたら、モーガン・フリーンのアップの顔が写し出された。それが「ショーシャンクの空」だとすぐに分かった。久しぶりに見たのだが、やはり良かった。良いものはいつまで経っても色あせないと痛感した。

 しかし今回改めて見て面白い発見をした。主人公アンディが何度も州議会に手紙を書き続けた結果、倉庫同然だった図書館が改築され多くの図書が贈られてきた。囚人たちが図書の分類をしているとデュマの「モンテ・クリスト伯」が出てきた。アンディは迷わず「脱獄」に分類した。

 いくら私でもこの作品のあらすじを書こうなんて思わないのだが、最後にアンディは刑務所を脱獄する。その脱獄の方法がモンテ・クリスト伯と似ているのだ。よく考えたら無実の罪によって投獄される所も同じだし、脱獄後大金持ちになるのも同じだ。 

もしかして「ショーシャンクの空に」って「モンテ・クリスト伯」の現代版?なんて思ってしまった。 

 あの名作を私に教えてくれた息子も、今は四十代になり仕事に追われている。二人でまた映画の話ができるといいなあと思うのだが、今彼の話すべき相手は妻であり子どもたちである。いつかまた映画の話ができるようになるまで、元気にしていようと思う。