知人の大切なゴル君が、今月初めに天国に旅立ったとの報せを受けた。
11歳5ヶ月だった。
「本のモデル犬になって、表紙に選ばれた!」と大喜びのメールが届いたのは、1月のこと。
「本屋さんで見つけたよ」とメールしたら(ごめん、買わなかったの。だってうち犬いないし
)、
「中に載ってるのも、全部見つけてくれましたか?○ページの写真が一番のお気に入りです」
と返事がきた。
全くしょーもない親バカだな
と笑ったけど、私もそうなったら、きっと同じことをする自信がある(笑)。
それから間もない2月に、痙攣発作をおこして病院に行ったところ、鼻腔内腫瘍が
脳にも転移していることがわかった。
余命2週間、よくもって2ヶ月と言われたそうだが、そのことは昨日まで、私は知らずにいた。
知人の奥様は、入院・手術を予定していて、彼はそのために10日間の休暇を取ることにした。
その初日、入院した日の夕方に旅立ったという。
だから奥さんは最期を看取ることができなかったけれど、普段なら家にいないはずの彼の方が、
一緒にいることができた。
奥さんは手術前だったから、外出許可をもらって、いったん帰宅したそうだ。
そしてまだ温かい身体に触れることができた。
亡くなる前日に発作を起こし、1日だけ寝たきりになったけれど、
それまでは元気に過ごしていたというから、もしかしたら自分で、
旅立つ時を選んだのかも知れないと思ったりもする。
1日遅れていたら、奥さんは手術の後に訃報を聞くことになり、それは2人にとって、
とても辛いことだろう。
闘病している犬や猫は、自分の旅立つ日を、ある程度コントロールできるのではないか。
科学的根拠は全くないが、私には、どうもそんなふうに思えてしまうのだ。
なぜなら、多くの友人知人の犬や猫が、家族がみんないる時間とか、
お父さんが休みの土曜日とかに亡くなっているから。
私の家の先代リッキーも、日曜日に家族全員の顔を見てから死んだ。
具合が悪かったセキセイインコのくれちゃんも、亡くなる前日、遊んでほしいとねだって、
ひとしきり遊んで満足し、翌朝、私の出勤前に、私の手の中で旅立った。
このころ、私は半分一人暮らしに近い生活をしていて、かなりの確率で無人の家だったのに、
ちゃんと私がいる時に、お別れをさせてくれたのだった。
そしてう~に~も、私が2階のダンナに急を告げたりしなくてもいいように、
2人ともう~に~のそばで寝ていた朝の時間に旅立った。
フルタイムで仕事をしていた頃、う~に~の死に目に会えないことが、
怖くて怖くてしかたなかった。
う~に~のためではない。
自分の身を守るために、う~に~の最期を看取りたかった。
仕事で間に合わなかったとか、留守中にひとりで逝かせてしまったら、
きっと運命を呪ったり、休まなかった自分を責めて、到底まともな精神状態では
いられないだろうと考えた。
で、結局、退職しちゃったんだけど(笑)
辞めて一日のほとんどをう~に~と過ごすようになったけど、
それでう~に~の死に際を看取れることが保証されたわけではなかった。
買い物にも行くし飲み会もあったし、眠ってて気づかないうちに逝っちゃってる可能性だってある。
90%そばにいたって、残りの10%の時間に、お別れの時がやってくることもあるのだ。
そう思った後の私は、あまり「死に目に会う」ことには拘らなくなった。
これだけ一緒にいるのに、それでも肝心のその時にその場にいられないとしたら、
それはきっと、う~に~がそうしたかったんだと思うようになった。
最期は好きなように自分で決めていいよ、無理しなくていいよ、と思えるようになった。
苦しまずに済むなら、いっそ眠ったまま旅立つのが一番いいとさえ思った。
でもこれは辞めたから言えることで、もしも働き続けていて、そばにいられなかったら、
きっとその後のペットロス度合いも、今より重症だったのではないかと思う。
知人の話に戻る。
彼は先代のゴルを6歳8ヶ月で亡くしている。
その時は、最期は病院だった。
本当は仕事を一週間くらい休みたい気持ちだけど、そうもいかないし・・・
と言っていたのを、はっきりと憶えている。
今回は理由は別にあったとしても、10日の休みがあって、ゆっくりお別れできた。
家で最期を看取ることもできた。
奥さんの手術後の外出許可が出るまで、毎日大量のドライアイスを買って、
身体をきれいに保ち、2人でお葬式に行けた。
親孝行な子やな~。
きっと先代の時に、一週間休みたいって言ってたの、聞いてたんだな。
実際に会ったことはないのだけど、
この子です。
おつかれさま。よくがんばったね。
今日のう~にゃん
2009年の今日。夜桜う~に~