入院した病院は、ホテルかと思うような、病院らしくない病院でした
日ごろ「分相応」「身の丈にあった」ということをモットーに生活している私には、
「こんなセレブっぽい病院に入院していいのか」という迷いが、入院直前までありました。
しかし個室にしたのは、正解だったと思います。
術後は身体が自由に動かせなくて辛いし、ヘンな時間に目が覚めて眠れなかったりしましたから。
それに点滴したままトイレに行くのも、けっこう難儀でした。
術後3日も経って、自分でかなり動けるようになると、メキメキと元気になりました。
そうなると、「こんなに元気なのだから、もう大部屋に移るべきでは」と貧乏性の私は
考えてしまいがちですが。
そんなふうに思い悩む必要もありませんでした。
だってこの病院、オール個室だったから。
私の部屋より安い病室、ないから。
悩む余地がないため、それならいっそ残りの入院生活を満喫してやろうと思えて、
かえってよかったと思います。
病室には、ブルーレイ内蔵テレビがありました。
そこで私は、入院1週間前に買ったミスチルのベストアルバムに、特典で付いていた
DVDを持参。
術後は毎日のように観ていました(この日ために、家では観ずにいたのさ)。
う~に~とお別れした頃、ミスチルの「HANABI」を聴いては号泣していた私。
さよならが迎えに来ることを
最初からわかっていたとしたって
もう一回 もう一回
もう一回 もう一回
何度でも君に逢いたい
めぐり逢えたことでこんなに
世界が美しく見えるなんて
想像さえもしていない 単純だって笑うかい?
君に心から ありがとうを言うよ
逢いたくなったときの分まで
寂しくなったときの分まで
もう一回 もう一回
もう一回 もう一回
君を強く焼き付けたい
この歌詞のところで、必ず泣くんだよね。
う~に~を亡くしたばかりの私の気持ちに、ぴったりとハマッていたのです。
入院中は、号泣して腹筋使うと傷が痛むので(笑)
あまり集中せずにBGMとして聞き流すようにしていました。
それでもジーンとしてしまった曲がありました。
「しるし」です。
この曲、桜井さんが愛犬を亡くした時に作ったという説(一説にはリスザル?)が
あるらしいと、某歌番組のテロップで見たことがあります。
真偽はわかりません。
が、歌詞を読むと、なるほどたしかにそうかもね、と頷けてしまう部分があるんですね~。
最初からこうなることが決まっていたみたいに
違うテンポで刻む鼓動を互いが聞いてる
(そうそう。どうして一緒のスピードで年をとれないのか、切なかったな)
ダーリンダーリン いろんな角度から君を見てきた
そのどれもが素晴らしくて 僕は愛を思い知るんだ
(うんうん、いつもう~にゃんを見てた。う~に~と過ごす時間は、本当に素晴らしかった)
面倒臭いって思うくらいに真面目に向き合っていた
軽はずみだった自分をうらやましくなるほどに
(私もう~に~に対しては、これまでの自分の人生にはないほど、真剣にに向き合ってきたよ)
ダーリンダーリン いろんな顔を持つ君を知ってるよ
(う~にゃんのいろんな顔、しぐさ、何だって知ってるよ)
何をして過ごしていたって 思い出して苦しくなるんだ
カレンダーに記入したいくつもの記念日より
小刻みに 鮮明に 僕の記憶を埋めつくす
(そのとおり!今もいろんな日が来るたびに思い出して、幸せだけど胸が苦しくなる)
泣いたり笑ったり 不安定な想いだけど
それが君と僕のしるし
(はい、今も不安定です。相変わらず思い出しては泣いたり笑ったりしてます)
ダーリンダーリン いろんな角度から君を見てきた
ともに生きれない日が来たって どうせ愛してしまうと思うんだ
(その日はもう来てしまった。だけど愛してる!ずっとずっと、愛してるよ~)
と歌詞にいちいち、心の中で反応しながら聴いていました。
この曲は、入院の思い出とともに、忘れられない一曲となりそうです。
他にはキヨシローさまでノリノリになったり。
たまっていたデアゴスティーニの「鬼平犯科帳」を一気に鑑賞したりしました。
なかなか快適な入院生活でした
2009年5月。お台場でのう~にゃん。
この時のう~にゃんの姿も、今も鮮明に思い出せる。
もう一度だけでも、一緒にお台場行きたいな~