見出し画像

乱鳥の書きなぐり

『雛』  三月、京都桂の茶屋 中村軒の雛、麦代餅を思う




          雛



 ほんの一時期、京都の桂に住んだことがある。

 桂川沿いには昔から続く茶屋があった。

 名は、 中村軒という。

 わたしはサイクリングがてら、子を連れて度々この店を訪れた。



 この店のお菓子では『麦代餅』が有名で、時にはこれを買うために列ができることもあった。

 麦代餅はつきたての餅の中に程よい甘さの柔らかめの粒あんが挟まっている。

 かたちは大きめのどら焼きの片方だけをおったような感じ。

 どことなく正月に食べる『花びら餅』を思わせる。

 店頭の棚に並べる直前にきな粉をふるいながら餅にかける。

 きな粉の香りがどことなく懐かしく感じる瞬間であった。



 それにしても『麦代餅』とは不思議な名だ。

 餅でつくったこの歌詞を麦の代わりの餅とは、餅が貴重なのか麦が貴重なのかと戸惑ってしまう。



 そもそもこの餅は百姓は野良の合間に腹の足しにと食べたという。

 片手で食べることのできる麦代餅は農繁期にはさぞ重宝されたことであろう。

 それを考えると、もとは麦でつくられたおにぎりのような形状であってもおかしくはない。


 
 勝手な想像をしたあとに 中村軒のホームページをみてみると、次のように説明されていた。




麦代餅は昔から、麦刈りや田植えどきの間食として供せられ、また、多忙な農家などでは日頃もこれが重宝がられました。

かつては、この一回分の間食が麦代餅二個でしたが、これを農作業の各田畑まで直接お届けし、農繁期も終わった半夏生の頃、その代金としてあらためて麦を頂戴しにあがったのです。(麦代餅二個につき約五合の割)いわゆる物々交換の名残でございます。

このように、麦と交換いたしましたので、「麦代餅」の名が生まれました。当店は昔も今も最高の原料を使用し、同じ製法を守り、販売いたしております。 どうぞご賞味下さい。




 わたしの予想は明らかに外れていたことになる。

 麦代餅二個につき約五合の割で物々交換したというこのお菓子を思うと愛おしい。

 本来の京菓子に比べて麦代餅の餡の甘さがかなり控えめでしっとりしている理由もわかり気がする。



 中村軒には麦代餅の他にもいろいろな種類のお菓子があった。

 不思議なお菓子のひとつとして、『紫蘇の葉を撒いたおまんじゅう』というのがあった。

 名前は思い出せない。

 このお菓子の塩加減のインパクトは強く、農家と密着した茶屋のお菓子だと感じたことを覚えている。



 中村軒には麦代餅と肩を並べてうまいのは『ぜんざい』。

 焼きたての餅の香りがよく、ぜんざいをいただきながらこの店が昔茶屋であったことを想像し、満喫していた。



 ぜんざいをいただくために少々暗い目の店を入る。

 間口の決して広いとはいえない店を入ると、光の差し込まない何とも情緒豊かな素敵な部屋。

 底にはところ狭しとおかれた古い威厳のある雛人形の数々。

 雛は一月から四月頃に限らず、この店では一年中おかれていた。

 古めかしい時代を思わせる雛はこの店の守り神のように感じたものである。



 三月。

 ひな祭を思い浮かべ、ふとそんなことを思い出した。



 

 
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「お出かけ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事