(写真は上海でみた『評弾』)
記録・感想だけ
あらすじなし
『王妃の紋章』
原題 『満城尽帯黄金甲』
原作 『雷雨』 中国の劇作家・曹愚の舞台劇
展開 ★★★★★ ★★★☆☆
構成力 ★★★★★ ★★★★☆
色彩 ★★★★★ ★★★★☆
or ★★★☆☆ ☆☆☆☆☆
中国的グロテスク・リアリズム表現
★★★★★ ★★★★☆
満足度 ★★★★★ ★★★★★
影の使い方 ★★★★★ ★★★☆☆
廷内に流れる一定の速度(時間的感覚)
★★★★★ ★★★★☆
お勧め度 ★★★★★ ★☆☆☆☆
2007年 中国
監督 張芸謀(チャン・イーモウ)
キャスト
周潤發(チョウ・ユンファ)
鞏俐(コン・リー)
周杰倫(ジェイ・チョウ)
劉(リウ・イエ)
一昨年の12月二中国の広州の繁華街にある映画館で、『王妃の紋章』は上映されていた。http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/e/44fe81384b821c63dc2de439f0a3fb97
かなり遅くまで上映の人気映画だったらしい。
家族の反対にあい、コン・リー出演にもかかわらず、私と子供はこの映画を広州で観ることをあきらめたといった 思い入れのある映画だった。
王家に渦巻く愛と陰謀を主題に描かれた『王妃の紋章』は、あまりにも悲しく、私は涙をのみながら観た。
一見ロシア風で豪華絢爛な金ぴか衣装には たじろいだ。しかし、話が進むにつれ、この衣装や舞台設定なくしては描けない内容に納得。
金が神々しく、中国的表現としてはある意味において、的確。
一部、黒沢作品を感じたし、一部は シュールレアリスムの絵画(油)を思い浮かべた。ロシアオペラ映画を思わせる一面もあり、興味深い。
ワイヤー・アクションを逆手にとった、チャン・イーモウのおしゃれな遊び心はみもの。忍者のような御兵たちが。鎌に綱のついた武器を自由に使いこなし、空中から見え見えの綱(ワイヤー)を、堂々と画面に映す。チャン・イーモウの見事なブラック・ユーモアの瞬間を楽しんだ。
王妃には戦略的な思惑はあったものの、中国伝統の両面刺繍を刺す 彼女の切ない一面も目の当たりにすることとなる。
王制を守り抜くために繰り広げられた中国的グロテスク・リアリズム表現には、さぞや 井波律子女史も満足ではないだろうか。
色彩で構成や衣装、あら筋に至るまで、練り上げられている。
知らずして、第一王子と真の妹との恋。
それを知らされた時の、女。
この展開は、中国の代表的な拷問の一種を思い出す。
女は狂気の顔は悲しいまでに、迫力があった。
この妹役の衣装と化粧と顔や仕草は、中国のイラストや版画に描かれた美しい女性のイメージと重なる。
薬を持ったしなやかな仕草と作法は、美人画にふさわしい物だといえる。
透き通るほどの、美しさ。
王についての残虐性を語るならば、王制、そして愛した女性の子『血』を守りぬくために、王妃には毒薬。
毒薬と知りつつ、飲まねばならぬ複雑で恐怖感の伴った表情。
毒にあえぎ画面右の王妃の顔が引きつりあがり、苦痛に耐えるつらさをコン・リーは、見事に演じた。
アイメーク中心に工夫された化粧と髪の引きつり、コン・リーの細やかな演技が見事に実った一瞬。
第二王子には厳しい修行。
王と王妃との間にできた一番目の第一子だというのに、他で生ませた王の一子を 次の王位に就かせようと心に決める王。
王妃と第二王子の、複雑な心境を考えると、忍びない。
第三王子には、無惨残虐に死に絶えるまで、我を忘れるほどの残酷なるむち打ちを続ける。
第三王子においては 王と王妃のふたりにとって 常に眼中になく 薄い存在。
彼もまた、精神的に傷つけられた存在だった。
愛した女性とその一族には、無実の罪をなするつけ、自らの利益のみを考慮。
血のつながりを持つ息子は母の手から奪い、その女の顔には烙印さえ押しつける始末。一族には、王権を確実な物にするために裏切る。
一方、30年という年月の間、その女の肖像画を王室に掲げていたにも関わらず、
「おまえたちは知りすぎたのだ・・・。」
と、その女性家族もろとも殺す計画。
王ばかりではない。
王妃は王と王が30年間愛し続ける女性との間の子と知りつつ、本気で第一王子を愛してしまう。
それを知ってながら、平然な顔を保つ王の複雑なジェラシー。これもまた、王妃の残酷さといえよう。
中国はこの残酷さの描き方が、諸国に比べて、上等。
毒薬と知りつつ飲む王妃。
三十年の間、他の女性の陰を見続ける王の姿を見ている王妃の切なさ。
廷内の人間模様を考えるだけでも、それぞれがそれぞれの切なきドラマを抱えていた・・・・・・。
第二王子を中心とした戦士の攻撃。
びくともしない王の護衛団。
驚くばかりの両側の戦士たちは、互いにひとかたまりの色彩構成をなし、黄色(菊)の上を赤に染めあげる。
兵士も、菊も、王子も、王妃も、総てが王にとっては駒の一つとして、とらえられていた。
それを色の構成で表現。
王にとっての 死者や血、壊れた壺や踏まれた菊などの不要品は、即座に歌舞伎の『芋洗い勧進帳』のように掃き整えられ、300万本の菊の鉢で、廷内一面を埋め尽くす。
王妃と第二王子にとって、王権を奪う戦略は失敗に終わった。
王中心に、何事もなかったように祭のテーブルを三人は囲む。
そして いつものように、薬の時間。
トリカブト入りと知る王妃と第二王子の悔しくも逆らえぬ立場と心理。
王妃は薬をはねとばした。
その液体は、まるで将来を暗示したような色合いで空中を舞う。
「助かりたければ、ソナタが毒薬を王妃に飲ませる事じゃ。」
と、第二王子に言い放つ、王の冷ややかさ。
王子は、
「母上、私の力不足をお許し下さい・・・。」
と、自らの命を絶つ。
王妃の嘆き・・・。
彼女も また、燃えたぎった王権という魔物によって、心身ともに焼き尽くされたといえよう。
マザーグースにも煮たような話があるが・・・
王はこの上ない立派な王制を守りぬ事はできた。
しかし・・・誰も残らなかった。
そう、王以外は、誰も残らなかった。
そして、王制も権力も守り抜いた反面、王子三人を、王自らが命を絶たせた。
王の政権は、自分の代で途絶える。
後に残ったのは、水をかけ磨き上げられた金ぴかの柱や館と、まっさらの立派な、1キロものシルク絨毯。
王は何のなかったかのように、後ろ向きに歩き始めた。
しかし・・・彼の苦笑とも挑発ともとれる顔が画面に浮かぶあがってくるようだ。
彼もまた寂しい人物なのかも知れないと、私は感じた。
これらを総合的に考えると、『王妃の紋章』は、大がかりな展開を試みた、質の良い寓話とも云える。
この映画を観てから、いくつかの映画の感想を読ませていただいた。http://www.cinemaonline.jp/?s=%E7%8E%8B%E5%A6%83%E3%81%AE%E7%B4%8B%E7%AB%A0 (映画ジャッジ)
ある人はこの映画は陳腐だと言い、ある人はくだらない、金色使いに品が欠けるといった意見も持っておられる方々がいらっしゃった。
やはり違う意見の方の感想を読ませていただくのは、私にとってとても良い刺激になる。
みんながいろいろな感性で作品を捉え、自分とは全く違った感想に出会うと、幸せな感覚に陥る。
そういった点において、この映画は好きな人と嫌いな人に二分され、各個人が自分の意見をはっきりと持てるという意味合いで考えても、或意味 成功ではないかと感じる。
ただ、これだけお金をかけ、監督や俳優たちにも恵まれ他作品の中で・・・・・・
私はみてしまった。
第一王子が死んで王妃が嘆き悲しむ迫真の演技の最中のこと。悲しきかな、死に絶えた王子の右目が二度、かすかに瞬きをしてしまった事を・・・。
緊張のさなか、私は少し、笑ってしまった・・・。
チャン・イーモーは知ってか知らないのか。色彩的構図で作り上げた映画のたった一つの失点が、龍の目のように心に残る。惜しかった・・・。
『王妃の紋章』は全体として、気持ちよく心に響き、高得点で満足した。
映画の後は 世界の生牡蠣やいろいろな牡蠣料理、ほどよい白葡萄酒を味わう。すこぶる気持ちもよく、適度に酔いもまわり、楽しい時間を過ごすことができた。