乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

大理古城でペー族の民族音楽に聞き惚れる

2007-02-18 | 舞台・芝居

 

 大理古城の舞台

     ペー族の民族音楽

 

 

 大理古城は麗江の古城とはまた違った感じ。

 古城の景観そのものは私の場合は麗江のポイントが高いが、ここ大理古城ではあちらこちらで歌と演奏、或いは大人数の民族音楽の演奏が奏でられ、心地の良い観光地である。

 城壁の壮大さや形は美しい。

 レンガは10センチ×20センチもあるだろうか・・・普通より大きなレンガは薪で焼かれているので、石などを含んでもわれないといった特徴があるとのこと。歴史を感じさせる。

 

 大理古城を入ると両脇にはみやげ物店が軒を連ねている。

 中でも『大理風情特産 烤乳扇 雲南十八回怪』といった山羊の乳を平らにした湯葉のようなものを熱をかけて箸で巻き、蜂蜜?をかけたような食べ物が美味い。

 この菓子はかなり甘く、手はべたべたになるが、独特の香りが素晴らしく印象的な味。但し服を汚さないといった注意が必要。あらかじめ濡れティッシュをよういされたし。

 これだけ強烈に脳裏に焼きつく菓子が一本二元。

 これは買い得である。

 

 華やかな趣深い大理古城を進むと、幅の狭い川と橋。

 もう少し進むと少し狭い目の広場。

 広場の向こうにはまた未知が続く・・・

 

 この空間に人が十人ほど楽器を持って演奏できる舞台がある。

 日本の能舞台に比べると狭い。

 形は四角で、全方向から楽しむことができる。

 屋根は独特の形。柱や天井にも特徴的な文様と鮮やかな色彩が認められる。

 

 楽器はやはりペルシャから来たような楽器や中国らしい楽器。

 ペー族の歌の旋律はきわめて美しい。

 哀愁が漂い、内容は分からなくても、心に染み入る歌い方・・・

 ギャラリーは少なく、私たち二人だけだったが、それでも彼らは満足げに歌ってくれた。

 私たちは時間が許す限りの何曲かを楽しんで彼らの歌と別れた。

  できることなら、ずっとその場にいたかった・・・

 

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麗江金沙(大型民族服飾、民族風情舞踊計画)雲南省

2007-02-17 | 舞台・芝居

(写真は左からペー族、イー族、ミャオ族・・・ だと思います

 

 大型民族服飾、民族風情舞踊計画

                麗江金沙

 

 

 大理の三道茶を楽しんだ後、私たちは一路麗江へ。

 麗江での夕食は納西地方料理を食す。

 食後はオプションの『麗江金沙』を鑑賞。

 

 

 まずは楽器だけの民族音楽から始まる。

 少数民族の衣装をまとった演者が、色々な楽器を奏でる。

 

 舞台の前には水が池のようにはられ、少しばかりの造花の蓮が飾られている。

 水と蓮の桃色が中国らしくて楽しい。

 中国の舞台を観ているといったねっとりとしたこの感じは、心地が良い。

 

 中でも真ん中に座っていたナシ族の長(おさ)は格好がよかった。

 頭にかぶった帽子にはアロエのような飾り物。

 衣装は渋く、まるでカブキの荒事に出てくるような男らしさを感じさせる姿。

 美しい・・・

 

 

 サンタではないが、「ホホホー」の掛け声から始まるこの舞台は、象や孔雀といった吉祥文様を作品に取り入れている。

 ライトの色彩と文様、数多くの雲南省に住む少数民族の衣装を身にまとった舞台は、ドラマ性を含んだ中国風ファッションショーのようにさえ感じる。

 

 

 雲南省少数民族の日常のたわいない暮らしや農耕儀式。自然や太陽や月に対する感謝。そして男女間の精神的肉体的表現・・・

 自然の中で生かされているといった基本的な人間の姿から始まり、少数民族の風習などを描かれた、あらすじにおいては秀作といえよう。

 

 

 美しい衣装で歌舞彩雲南の舞台は展開する。

 一人の女性を巡ってリス族、ハニ族、ナシ族、イー族、プミ族などの男性が面白おかしく争っている。

 これは演出上の身であって、実際は複数の民族の男性が女を取り合うということは考えられないから、余計に楽しい。

 ひとりの男性を決めた後は美しい複数の女性がおどる。

 座った女は左右からスカートをたくし上げ、顔の前でスカートを上出合わせる。

 スカートは女の真前で貝のような形を細やかに振るわせる。

 本来ならばイヤラシイと感じるのであろうが、この演出は消して卑猥なものではなかった。

 カブキの『それ』に対する婉曲した演じ方とはまた違うストレートな表現だが、その割には底抜けに明るい。

 ライトや彼女たちの屈託の無い笑顔など、大陸のなせる技かもしれない。

 

 

 華やいだ進行の中で演じ手は前の池の水をしばしば楽しそうにかぶりつきの最前列の観客に、じゃれるようにかける。

 その様子はまるで戯れのようにも感じられる。

 最前列の客にはあらかじめ薄いピンクの傘が手渡されており、水を浴びせられる度に、大きなピンクの花(傘)が開く。

 このシーンは傘は使わないものの(透明簡易レインコート)、日本では去年の興行『こくーんカブキ』(カンザブロウ他)の『ヨツヤカイダン』やワハハ本舗などでもみられる。

 水をかけられると、観客はわく。

 基本的な観客参加型演出で舞台に変化をもたせるといった試み。

 つい笑ってしまう。

 

 

 舞台はモソ族の『通い婚』に触れる。

 舞台上に木で作った家三つ、女三人。

 男三人がやってきて求愛を踊りで表現。

 女たちは男を受け入れる。

 この通い婚は次の日にガイドが教えてくれたが、子どもができても三から五歳になるまでは誰のの子供化は分からないらしい。

 男は子どもを育てる義務は無く、子どもが大きくなって父親を必要とした時に初めて父親としての役目を果たすのだという。

 男も女も複数の異性と恋愛をするといったおおらかさには『あっぱれじゃぁ~』というより他に言葉は見つからないが、これもまた異文化。

 日本にも『夜這い』や『もてなし?』など、昔はこういった形態に近い風習もあったことを考えると、屋にもに中国だからといった言葉は慎みたいものである。

 通い婚は確かモソ族以外にペー族(又はイー族か?)ものような気がするが、何しろボワリンっと旅していたものだから、あまり覚えてはいない。

 

 

 この舞台で一番感傷に浸った好きな場面。それはナシ族の『自由恋愛』の場面。

 恋人たち成人(13歳)になり自由に恋愛をするが、適齢期になると自分の思い通りには結婚することは不可能。

 思い余った恋人たちは心中をはかる。

 死んだ恋人たちは蓮の咲き誇る第三世界へと導かれ、二人は現世では成し遂げられなかった楽しい時間をともに過ごす。

 

 ここで私の琴線に触れる。

 あまりにも切ない風習・・・悲しい・・・

 これも次の日にガイドが教えてくれたことだが、実際には思いを遂げられぬ男女は、集団自殺をしたのだという。

 この『自由恋愛』の習慣はナシ族の他、リス族にも見られると説明を受ける。

 

 あくまでも想像の域を超えないが、これも貧しい過酷な地域に住む少数民族の食糧確保のための、口減らしの一方法なのだろうかとさえ、勘ぐってしまう。

 上においてはいい加減な話なので 今後調べてみようとは思っているが、悪意があって書いているのでは無いこと付け加えておきたい。

 これもまた異文化。

 わが国で昔与那国島にみられた口減らしの過去を考えると、あり得るかなとも感じる。

 

 

 舞台全体としては民族の装い、民族歌舞踊が見事に組み込まれ、少数民族の確信にも少しだけ触れることができ、満足のいく時間を過ごすことができた。

 最後も、この舞台は演じ手や表情を楽しむというものではなく、雲南省の少数民族をおおまかに舞台上で堪能するといった点において、楽しむものだということを記しておきたい。

 

 

 

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大理並星白族(ペー族)洞経古邪 (民族音楽)雲南省

2007-02-17 | 舞台・芝居

(  写真は食事前。 初めはベトナム人大集団客に向かって演奏していた彼ら。 食事後再び前に行き 音楽を楽しんでいると、今度はこちらに向かってにこやかに応対してくれた。 )

 

  雲南省白族(ペー族)民族音楽

     大理並星白族(ペー族)洞経古邪 

 

 

 中国雲南省、大理亜星大飯店の夕食でのこと・・・

 

 この日はたまたまベトナム人らしき団体客が多かった。

 制服とも考えられる彼らは結構知性的な顔立ちの集団で、日本人に対してもにこやか且つ堂々としていたのが印象的。

 彼らのかなり多い集団の後ろで、私たちは端っこの方に席を設けられていた。

 彼らの前向きな表情に対して、日本人は少し影が薄い印象を受けた。

 

 

 レストランの前では白族(ペー族)が民族音楽を奏でていた。

 後方上の赤い垂れ幕には『大理並星白族洞経古邪』と記されている。

 

 

 品の良い民族衣装に身をまとった美しい女性が、流れるような旋律の唄いを聞かせてくれる。

 変わった中国らしさを感じさせる民族楽器は謡うような調べで、私を堪能させてくれた。

  歌手3人、

  リコーダー1人、

  中国三味線?2人、

  中国木琴?1人、

  中国バイオリン?1人、

  中国バンジョー?1人

が哀愁の漂う調べを聞かせてくれる。

 私は料理がテーブルに配られるまでの間、前に行って聞き入っていた。

 素晴らしい・・・

 

 

 堂々と胸を張った紳士的なベトナム人の広リガ舞台に上がって、マイクを受け取ると、前に出すオペラのような声色で母国の歌を歌いだした。

 知的集団は笑いながら優雅に、拍手でエールをたたえていた。

 このあたりはヨーロッパの酒場などに類似。

 たまたまなのだろうか。ベトナム人の集団は食事を楽しんで話す声もおおらかだが、その実 品良く知的に感じる。

 それに比べて日本人の私。背中を丸めて、姑息な猫背で、あくまでも静かにテーブルの前に座っている。

 これが島国で育った民族性の違いかも知れないと卑屈感を隠し切れない。

 

 

 料理がそろった頃に席に戻る。

 【Menu】

  鯰煮込み

  豚のフリッパー

  豚の唐揚げ

  鳥の唐揚げ

  ひき肉、筍、ピーマン、人参、しょうがのピリ辛あん

  スープ(団子、湯葉、豆腐、白菜他)

  アスパラと塩ハムのさっと炒め

  ターサイの中華味

  中国風白パン

  オレンジ      以上

 

 料理は加もなし付加も無しといった印象の無い味。

 日本と同様、いわゆるホテルの大広間レストランの味付けであった。

 飲み物は大理ビール、1本20元。

 

 

 私はさほど興味の無い食事をそそくさと平らげて、腹六文目位で席を立つ。

 周りのことを考えると申し分けなさを感じるが、ここはひとまず

「お先に失礼いたしま~す。」

の言葉を後に、舞台近くの壁面のじゃまにならないところにに走る。

 

 

 彼らは楽器だけで歌うように演奏。

 美しい・・・

 楽しい場面や物悲しい場面を曲に乗せて表現する彼らの姿は美しかった。

 

 

 ウエイトレスやサービスがデザートを準備している後方の壁面にへばりついて音楽に聞き入っていると、知らない間に彼らはこちらを向いて演奏してくださった。

 申し訳なさと嬉しさで複雑な私。

 リコーダーの方は口を放されている間は何度もニッコリと微笑んでくださる。

 私は曲が終わるごとに拍手を送る。

 彼らはその度にこちらを向いてにこにこして下さった。

 

   

 彼らの持ち時間は終わったようだった。

 彼らは時計をみながら、みんなが集まって相談。

 話がついたようで、多くの楽団員たちがこちらをみてうなずいて下さった。

 私もにこりと笑う。

 彼らはこちらに向かってこの後2曲を演奏して下さった。

 素敵な音楽の後、こちらに向かって

「シェシェ。」の言葉とこぼれるような笑み。

 歌手の美しい女性はにこやかに手を振ってくださった。

 

 

 中国の流れるような曲の旋律と彼らの笑顔が私の心を癒してくれる。

 このような素晴らしい民族音楽に触れることができ、満足感もひとしお。とても楽しい時間を過ごすことができた。

 

 大理亜星大飯店の大理並星白族洞経古邪の楽団員の皆様、ありがとうございました。

 

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三道茶と白族(ペー族)舞踊 (雲南省)

2007-02-16 | 舞台・芝居

 

( 写真は白族(ペー族)舞踊。各席では観客が三道茶をすすっている)

 

   三道茶と白族(ペー族)舞踊

 

 

 

  【雲南省の旅・・・まず初めに】

 

 『中国雲南岩絵のなぞ』という本に出会い、雲南省に興味を持った私。家族にお願いをして、先日行ってまいりました。

 日が限られていたので駆け足の旅でしたが、色々な思いでも多い。

 少数民族の方たちが演じたり奏でたりの舞台や音楽にもたくさん出会う。

 雲南省の文化や美術にも触れることができた充実した旅。

 少数民族の方たちにも親切にしていただきました。

 そしてこの旅を楽しませてくれた家族に、心から感謝。

 ありがとう。

 

 

 

  【三道茶を頂き、白族(ペー族)舞踊を楽しむ】

 

 雲南省大理の石塔・崇聖寺三塔と大理古城観光後、三道茶を頂く。

 余談だが、崇聖寺三塔と三道茶か・・・変なところに引っかかりほくそ笑む私。崇聖寺三塔と三道茶はややこしい話だ、が無関係なことをここに付け加えておきたい。

 

 三道茶とは白族(ペー族)が大切な客人をもてなすためのお茶。

 このお茶は三杯三種。(一苦・ニ甜・三回味=人生を表すお茶)

 

 一杯目は雲南沱茶という渋茶。

  人生のつらさと厳しさの苦いお茶。

 さっぱりしていて、結構美味い。 

 

 二杯目は甜茶。ほのかに甘い。

  人生の喜びが表されているという。

 茶の中には バター・くるみ・さとうきび・黒砂糖。

 舌触りが美味い。 

 

  三杯目は回味茶。

 人生の辛さ・楽しさを思い出す茶。

 蜂蜜の甘さとシナモンの香りが美味い。

 旅の疲れを癒してくれる。

  

 この三道茶。それは少数民族の白族(ペー族)或いは人間個々のがの苦難の歴史と人生の哀切を表現。

『茶といえども奥深い茶だな・・・』と内心茶々を入れる阿呆な私・・・

 

 

 

 【白族(ペー族)舞踊を】

 私たちは三道茶を頂きながら、白族(ペー族)舞踊を楽しむ。

 

 艶やかな薄っぺらいサテンで仕立てた舞台用の少数民族衣装を身にまとったの男女の若者が、自分たちの日常生活や男女の恋愛などをポップな民族音楽に載せておどり演じてくれる。

 それは完成された舞台というにはあまりにも素朴で、白族(ペー族)の紹介のような30分ばかりの寸劇。

 彼らは始終にこやかで、楽しそうに動き回っていた。

 

 電光掲示板には英語・日本語の字幕。

 しかし彼ら少数民族の豊かな表情と息吹が感じられ、解説は読まずに彼らに見入っていた。

 プロとはいいがたい舞台だが、とりあえず楽しい。

 

 白族(ペー族)に限らず雲南省には美人と男前が多い。

 きれいな民族が可愛らしい民族衣装の帽子をかぶると、顔は一層引き立つ。

 若くてにこやかな美人と男前が華やかな民族衣装を着て動き回っているだけでも心は躍る。

 

 観客も壇上で踊れとすすめられる。

 せっかくのチャンスだったが観客は誰も舞台に上がらない。逸る心をおさえ、思いとどまる。

 雲南省でのまず最初の舞台、残念なことをしたと後悔の念でいっぱいである。

 

 

 

『中国雲南岩絵のなぞ』↓読書記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/e/033a597090db453a5774ea9e65efc5f4

 

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三国志演技  井波律子

2007-02-16 | 読書全般(古典など以外の一般書)

(写真は中国・桂林博物館前で毛皮を売っていた男性。私の推測ではこの型はどこかの少数民族。出稼ぎで行商しているのだと思うが、売れ行きが悪く、ほとほと困った様子が窺える。この写真は2006年12月のものだが、2月18日の旧正月を前に、焦りやら何やらで、この男性の困惑と物悲しさが伝わってくる。中国の貧富の差は大きい。)

 

 記録だけ 2007年 22冊目

 

        三国志演技

 

 著者 井波律子

 岩波新書 (新赤版)348

 1994年8月22日第1版発行

 227ページ 620円+税

 

 芝居を少しは楽しんでいる私にとっては、とても面白い解釈が書かれていた。

 これはなんとしても岩波の『三国志演技』を読みたいところだが、何しろ長編なのでしりがすくむ。

 それにしてもこの井波律子さんたる人物、ただものではないぞ。

 こどもの頃の京都のお宮で感じられた鋭い感性の豊かさは、全体において本の深みを増している。

 素晴らしいなぁ、この著者は…

 

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酒池肉林 中国の贅沢三昧 井波律子

2007-02-07 | 読書全般(古典など以外の一般書)

  記録だけ  2007年  NO.21

 

       酒池肉林 中国の贅沢三昧

 

 著者 井波律子(1944年生まれ)

 1993年3月20日第1版発行

      6月21日第3版発行

 講談社現代新書  1139

 222ページ 600円+税

 

 初めての井波律子さんの本、とても面白くて一気に読みました。

 楽しくて満足感ありって感じのおすすめの一冊です。

 興味深い内容がさらりと書かれたこの『酒池肉林』。まるで美味い酒、つまみとであった感じ。

 この本は面白いからもう一度、期間をあけて読むだろうな・・・

 適度なユーモアもふまえていて男前の女って感じな方なのにお顔は美しい。

 この人の講義を受けてみたかったな・・・

 

 

 

 

 

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春夏秋冬そして春

2007-02-07 | 映画

(写真は広州の美容院の看板ですが…

 中国でも韓流ブームなのか、韓流ヘアスタイル専門美容院がありました。) 

 

     春夏秋冬そして春

 

 

 2003年 韓国 106分

 監督 キム・ギドク(壮年僧=冬 )

 撮影場所 慶尚北道 青松郡 周王山国定公園 チュサン(注山)池

 

 満足度 ★★★★★

 感動度 ★★★★☆

 話の展開 ★★★★★

 影像美 ★★★★☆

 色彩美 ★★★★★

 構図 ★★★☆☆

 動物の効果的な使い方 ★★★★☆

 

 各季節最後の『赤』の効果 ★★★★★ +おまけ★★★

 

   春      =①蛇の血(死

                  〔この蛇の赤(血)は人間の罪悪と重なり、この作品の最後まで引きずることとなる。〕

                   見事な描き方だ。

         =①女をあきらめきれず、仏像と鶏を持って追いかける 

              仏像のほのかな赤と鶏のとさかの強烈な赤

   秋      =①ナイフの薄い血

            ②老僧が叱り打つ、青年僧 の体の傷の赤

            ③般若心経を彫る手とナイフの赤

            ④老僧の舟での炎上に強烈な赤

         =①凍てつく舟から広い老僧の骨を包む赤の紙

            ②氷となった滝に老僧の姿を彫り、額に赤の紙(骨)をつめる

            ③捨て子の母親が死んだと知り、これも因果と体に重石、手に如来菩薩

             厳寒のさ中、上半身裸で山に向かう時の胸部の赤色

   そして春  =①門に描かれた緑青色の仁王の姿が、ここで初めて朱色に変わる

 

 

 

キャスト

 オ・ヨンス=老僧    

 キム・ギドク=壮年僧    

 キム・ヨンミン=青年僧    

 ソ・ジェギョン=少年僧    

 ハ・ヨジン=少女    

 キム・ジョンホ=童子僧   他 

 

 

 

 今年になってお初のTV映画。

 一本目はこの間からメモボードに貼り付けて、絶対みるぞモードだった『春夏秋冬そして春』。

 

 この映画も淡々とした時間の流れの中で、強烈なドラマが展開。

 数十年にも及ぶ時を通して、孤立した湖上の庵(寺)の僧の生き様をシャープに内面から、描く。

 春夏秋冬春といった季節のつなぎ合わせの中での童子僧の成長の段階をうまくとらえる感覚は見事。

 老僧は絶えず幼い時、そして青年期、中年期を通して温かく見守る。

 そして何よりも隔離されたような湖上の寺のの周りの景色は、淡々と美しく、優しくそして時には厳しく彼を見守り、彼を叱る。

 

 老僧の二つの言葉、

『欲望は執着し、執着は殺意を生む』 

『他人をしに追いやっても、自分は死してはならない』

は心に響く。

 

 この作品は全体を通じて緑、そして青緑、湖上のもや(ガス)や凍りつく色合いのホワイトグレーも美しい。

 感心したことに春夏秋冬の話の終わりにはいつも効果的な赤が使用。

 この少しだが強烈な印象を受ける赤の使い方は、分量も色合いも素晴らしい。

 非常に作品をシャープな仕上がりに感じさせ、洒落ている。

 この計算されつくした表現や手法はこの作品の場合は好きだ。

 

 『そして春』の場面では赤は最後に使われず、初めに使用される。

 一般世界から湖上の寺に入る門を開ける。

 門の両側には構図と勢いのよい仁王が、湖上の寺を守るべく描かれている。

 この仁王、初めの春夏秋冬の場合は『緑青色』だが、そして春には『朱色』に変わる。

 

 門を開くと、壮年僧 の頃顔を隠せた母親に捨てられた赤子(男の子)が彼の童子僧の姿と重なって映る。

 幼子はかって自分の童子のように生き物(亀)に悪戯をしている。

 壮年僧から初老に変わりゆく弟子を蛇(炎上の死を遂げた老僧の化身)は座布団の見守っていた。

 

 歴史は静かに、まるで何事も無かったように、繰り返す。

 時はこれからも一刻、一日。そして春夏秋冬を刻みゆくのであろう・・・

 

 

   

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たわいない日常  ダイソー(百均)編

2007-02-06 | 乱鳥徒然 Rancho's room.

  (写真は桂林の芦笛岩。フラッシュをたくと上のように写りました…)

 

       たわいない日常  ダイソー(百均)編

 

 

 久しぶりに、ダイソー(百均)に行く。

 消費税を含めれば、百と五円。

 中には二百十円、三百十五円。千五十と大きく出たものまでそろっている。

『百均は百均二あって百均になし、か・・・』 

と内心ぶつくさいいながら、店内を物色し始めた。

 

 食器を含めた台所用品は数多くあった。

 日本凧がある。ひょっとこの面もある・・・

 東南アジアか日本のものか意味不明な置物や貯金箱。

 手品やゲーム、ビーズや人形。ダーツに剣玉。おもちゃ類をあげだしたらきりがない。

 ワンちゃんのレインコートや猫ちゃんの首輪。

 レターセットやラッピング、お風呂用品にガーデニング。

 ちょっとした家などの修理道具までなんでもこいである。

 このように書きつらねるとまるでダイソーのまわし者ように勘違いされるかもしれないが、生憎私はこことは無関係なことを、付け加えておきたい。

 

 楽しんでいるだけでは何となく申し訳ないと弱腰の私。

 商品棚卸の店員の『いらっしゃいませ』の八文字が胸に突き刺さる。

 仕方なく必要も無いのに、小さな南京錠やメモ帳、お玉などをかごに入れる。

 この無駄使いのぅん百円は、百均ランドの入場料とあきらめる・・・

 

 何気に歩いていると、ミニ本コーナーがあった。

 頭の体操や数独、塗り絵にマナー。料理や辞典シリーズや文庫本(古orパルプ本か・・・)まである。

 辞書類の中味を見ると、手軽で中途半端でお茶の間感覚。片手で楽しめる割には結構充実していて面白い。

 これは買わないわけには行かないぞ!とひとり決めこんで、結局三冊の本を選んだ。

   鳴呼!分かっちゃいるけど読めない漢字

   四字熟語辞典

   日中英辞典

 

 さてさて無駄使いに終わるか、少しはおりこうさんになるかは定かではない・・・

 

 

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Oskar Kokoschka

2007-02-05 | 乱鳥徒然 Rancho's room.

 (写真は桂林の象鼻山公園です)

 

  Oskar Kokoschka  オスカー・ココシュカ

 

                    ウイーン  レポルト美術館

 

 

 

 洗濯や雑用が終わり、一息つこうとTVをつける。

 おっと、ココシュカの絵じゃありませんか・・・

 今日は何かいいことあるぞ!

 

 ココシュカの絵は一瞬で、後はレポルト美術館所蔵のシーレの話が多い。

 ウイーンに最近できた割合に新しい美術館だが、ココシュカやシーレの他クリムトなどの作品もあるらしい。

 

 

 ココシュカはオーストリア生まれで、表現主義。肖像画などの作品は有名。

 初めて京都で100号以上のバイタリティあふれる彼の作品を見たときは驚いた。

 確か20年位前になるだろうか・・・あれ以来彼の作品も、私の中では『好き』分類。

 

 

 行きたいなぁ・・・

 ねぇ、今月下旬からドイツなどに一人旅しようとしている知人の(◎v◎)さん、チャンスですよ・・・

 

 

 番組(迷宮美術館)が終わると 間合いのお知らせ(未来人=医療従事関連番組)で、デビッド・ボウイの曲が流れていた。

 さあ、家事の続きをしょうっと・・・

 

 

 ココシュカ・シーレ・クリムトなどの絵をUPされた素敵なページです↓

  http://www.diegoro.net/contents/05.html

 レポルト美術館HP↓

 http://www.leopoldmuseum.org/

 

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旅を振り返って

2007-02-03 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

       旅を振り返って

 

 

 12月後半に行った中国の旅の記録完成が、今になってしまいました。

 思えば色々な思い出があるのですが失敗も多くありました。

 

 中国のトイレはドアが無かったところが多いことは覚悟していたのですが、ホテルやレストランの水洗トイレでさえ安心はできません。

 お聞き苦しい内容で申し訳ないのですが・・・トイレットペーパーが度々 つまるのです。

 ある大学で第二外国語でチャイ語を選択すると、一年目に次のようなフレーズを学びます。

『我 房間 的 厠所 坏 了』(白水社)

 これは(ホテルの)部屋のトイレが壊れた時、フロントに修理を頼むといった設定です。

 子どもは『何故こんな言葉が出てくるのだろう』と不思議に思っていたそうですが、今回の旅を通して納得したそうです。

 部屋のトイレを詰まらせた時に、子どもがフロントに電話をしてくれました。。

 このときばかりは、子どもが頼りがいのある大人に感じました。

 

 

 写真は中国でであった素敵な人々の中のご夫婦です。

 確か賀州~桂林間の行き返りで知り合ったお菓子、ジュース屋さんのおじさんとおばさんです。

 ここはトイレ休憩で立ち寄った場所なのですが、気のよいおじさんは道標を教えてくれました。

 石でできた立派な道標には次のように記されていました。

 

 『   广東

      3

    国条院

   二九万七(年?) 』

 

 

 この叔父さんの店には中国のお菓子が置かれていました。

    緑豆あんの入った月餅のような菓子

    木の実の入ったカステラ

    ピーナツをつないで揚げた油の多い菓子

    ピーナツを飴で固めた、平たいイ○ンのキャンディのような菓子

 これらの菓子は全て2個で1元。

 

 ピーナツをつないで揚げた油の多い菓子以外はとても美味しく、帰り道にも少し購入。

 帰りのときはおばさんはおられなかったのですが、しっかりと覚えてくれていました。

 おじさんと私は手に手をとって、別れを惜しみました。

 懐かしい思い出の一つです。

 

 

 【旅の日程記録】

 

 1日目  日本→佛山

 2日目  佛山~賀州

 3日目  賀州~桂林

 4日目  桂林

 5日目  桂林~賀州

 6日目  賀州~広州

 7日目  広州→帰国

 

 

 【旅のブログ記録】

 

 中国雑感  25記録

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 色いろいろ 4記録

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 美術・芸術 20記録

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 舞台記録  1記録

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 舞台雑感  2記録

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 ポスター   1記録

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 穏やかな鳥 1記録

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 中国写真  56記録 (記録文ほとんど無し)

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/3c0956e3a83dc47734f12f2235f554ed

 

 ご訪問いただいた多くの皆様に感謝申し上げます。

 ありがとうございました。

 暫くは中国の記録は離れますが、また別の記録を書こうと思っています。

 次回は雲南省に行く予定です。

 またその折はよろしくお願いいたします。

 

 

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広州の『中華一番』

2007-02-03 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

               広州の『中華一番』

 

 

 最終日の昼食は、広州の大型みやげ物店と同じビルの中にある広州中央海航酒店。

 飲茶料理とあってシュウマイや饅頭、ごま団子やスープや野菜やいためた米粉麺などが出てきた。

 シュウマイも何種類かあったが、黄色い卵の皮のようなもので包んだ広東シュウマイは美味かった。

 味は濃くて、たれやからしはいらない。

 中は豚肉の食感の残されたミンチとつなぎで、満足感は深い。

 

 

 饅頭のあんはひき肉、野菜と干し果物の擂ったもの(杏だろうか・・・いやもう少し黒い)が混じった少し甘めのもの。

 なんだか複雑な味だがこの味は賀州や桂林でも何度かでてきた。

 賀州の朝の散歩中に買った、屋台の飲茶の中にもあったものだ。

 

 

 この店でも黄色いテリーヌ型の食べ物が出てきた。

 色といい、形といい、見事に美味そうなその食べ物は、さぞかしダシが効いていて美味かろうとタカをくくっていた。ところが・・・

 その黄色いテリーヌ型の食べ物は、微妙に甘かった。

 

 サフランのような色で透明色。モチモチした中途半端な甘さの食べ物の中には、やわらかくした木の実が入っていて、不思議な食べ物。

 私は初めこの名前も知らない食べ物は木の実ではなかったが、せっかく中国に来たのだからと、でてくるたびに一枚づつ食べていた。

 回を重ねるごとに、その黄色の透明色は私の心に侵略してくる。

 もう一度食べてみたい。あわよくば、名前も知りたい・・・

 

 

 さて、一通りの食事も終わって、私と子どもは最後の中国を楽しむべくそそくさと席を立った。

 トイレの右横前には中が見えるガラス張りの厨房がある。

 私たちは急いだ。

 

 観光客はここには立ち止まってはいなかった。

 私たちが中をのぞくとちょうど強力粉を練っている途中。

 生地は高く放り投げ手はキャッチの動作を何度か繰り返していた。

 二人が手をたたいて喜んでいると、コックはにこやかに笑みを浮かべ、高さは増していった。

 

 コックは生地を二つに分けた。

 そのうちに二一つはピザのように広げたかと思うと左右にくるくると伸ばし、折りたたんでは伸ばし折りたたんでは伸ばし始めた。

 私たちが喜んでいると、一層くるくるはアップテンポ。

「すごい!中華一番(漫画)だ・・・」

 私は子どもとともに、目を輝かしていた。

 

 くるくるを終えると、麺はにゅう麺を少し太くしたような太さの面になった。

 その麺を違うコックが、じょうじ煮えたぎっている大きな鍋でゆで始めた。

 

 麺はすぐに火が通り、椀に入れられた。

 ダシがはられ、上にはチャーシューとゆでた中国野菜(アブラナ科)を載せて出来上がりといったシンプルなものだった。

 ダシの香りが漂ううらやましい一品だった。

 

 さてもう一方の生地はいくつか二切られて、棒を使ってあっという間に餃子の皮のように成形されていく。

 厨房の中央から鉢を出して、スプーンでつめ、上の摘むんだシュウマイ型に整えられた。

 シューマイは蒸さずに鍋の中に放り込まれ、すぐに掬われて皿に盛られた。

 

 このベテラン芸のように調理された男性は、二十代の男性。 

 若いのに、恐ろしいほどの実力の持ち主だったが、中国では当たり前なのだろうか・・・

 

 

 料理は次から次に作られた。

 実力の主が次に調理したのは、刀削麺。

 

 少し硬そうな生地の塊を片手に持ち、包丁で次々と削っていく。

 削った面は八十センチほども離れた煮えたぎった湯の中に、きれいなカーブを描いて入っていった。

 私は、『好(ハォ↑)!中華一番!』と心で大向こうをはっていた。

 

 見事な刀削麺の技を見た。

 コックとその仲間は私たちに向かって、にっこりと笑ってくれた。

 

 

乱鳥の見た、雲南省の中華一番 ↓

 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/f1/92e2641341c7c4ef3d1b24ef126f3057.jpg

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広州の大型みやげ物店

2007-02-03 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

      広州の大型みやげ物店

 

 陳氏書院を訪れた後、広州中央海航酒店一楼商場による。

 この店は綿に強いらしく、入り口を入ってすぐ左に 綿をつるした空間があり、その真下で綿を四方に伸ばして 布団の綿を重ねていく。

 その手さばきは見事なものだが、工場はまた別のところに設けられているのだろう・・・

 あくまでも観光客ようのセールス及びサービスといったところか・・・

 

 この入り口の反対側には 興味深い色彩の中国の衣装が、ガラスケースの中に展示されている。

 衣装の間には綿と書かれた袋が一つづつ、等間隔に並べられている。

 まるで京劇の衣装のような色彩と模様のもの、ドレス、上下に分かれたもの、高貴な感じのするものまで置かれていた。

 

 二、三室目は布やスカーフ。

 中語の色彩は日本の好みや伝統とは違って、それはそれでまた楽しめる。

 赤やピンクや水色・・・刺繍やレースを施したものも多い。

 

 次の部屋二室くらいはブラウスやパジャマなどが多い。

 中国のネグリジェ(或いはパジャマ)は、すとんとしていて、水墨画に出てくる中国の洋服?のようにも見える。

 私が立ち止まると、店員はすかさず、

「シルクね。これシルクね・・・」

と連発する。

 

 岩波新書では中国の綿工業は下火と記されていた本もあったが、この店を見ていると、かっての日本の丹○縮緬のように、中国ではシルクは付加価値があるのではないかと思ってしまう。

 思いっきり中国らしい色彩と柄のスカーフでも買おうかとも思ったが、暫く壁に掛けて 後は押入れといったコースが目に見えてるので、思いとどまった。

 

 次の二部屋は色々なものが売られていた。

 食品、茶、器、掛け軸、扇子他・・・・・・

 過っては最後の二部屋も綿製品のみやげ物でいっぱいだったのだろうか・・・

 それともこういった雑多な経営だったのだろうか・・・

 いずれにしても輸出に力をおいているのかも。この店はアンテナショップ的な要素も含んでいるのかもしれないなと勝手に、余計な考えをめぐらせていた・・・大きなお世話というものだ。

 

 

 

 最後に・・・

 この店で気に行ったコーナーがあった。

 職人(或いは画家というべきか・・・)が手の平の小指の付け根だけで水墨画を描いている。

 これには参った。

 筆を使ってもなかなか思うように行かないのに、手の平を使いこなすとは・・・

 机の上には住みの他に水と布切れが重要な位置に置かれていた。

 これらを使って、ぼかしは見事な形となって表されるのだな・・・

 帰国後、是非この手法を試みようと思いつつ、ついつい今日まで忘れていた。

 思い出してしまったか・・・また忙しくなるな・・・

 

 中国ではきような描き方をされる芸術を他にも観た。

 ビンや水晶の球の中に絵を描く。

 水墨画や淡彩画、時には泥絵の具のような色彩の絵をも描かれた商品も陳列されていた・・・

 これも見事な職人芸であった。

 筆は面相筆くらいの太さで短い。

 筆の先で曲がっているので、ビンの中から絵を描くのに都合のよい作りだった。

 この職人(或いは画家)は気のよい人で、私がとても興味を持っているのに気づいて、筆を貸してくださった。

 手に描くと、筆は縛られた感じで、先はきわめて固い。

 つかの間とはいえ、先の曲がった筆を始めて手にした喜びはひとしおだった。

 

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陳氏書院  広州

2007-02-03 | 美術・文様・展示物

 


        陳氏書院


 


 


 いよいよ最終日の7日目。


 この日は午前中に陳氏書院 を訪れた。


 


 陳氏書院とは陳性の方々が資金繰りをして建てたという邸宅。


 皆で金を出し合ったこの大邸宅は、豪華絢爛。


 屋根には物語を考えたくなるような彫刻が施され、造形、色彩ともぬあでやかで美しい。


 物語なのか、陳の集う歴史なのかは定かではないが、派手な色彩なのにどこかしっくりと感じるには、何故だろうか・・・本当に贅をつくしたつくりだからか、それとも他に理由があるのだろうか・・・


 


 


 この屋根や館を見ると、陳という氏族が豪家の筋であったことを物語る。


 このような館で陳性の人々が集い、語らい、学び、飲み明かしたにかと思うと、若干うらやましくも感じる。


 そして時として孤独になりたい時には中庭のこもれびに光の下で、書物を愛したのかと思うと、嫉妬心さえ駆り立てられる・・・


 この歴史流がるるロマンのなかで、人々は学問に勤しんだのであろうか・・・


 


 


 室内は美しく残されていた。


 外の庭に比べ、シックで落ち着いた雰囲気。


 廊下からの適当な光の差込は、勉学に都合がよかろう。


 


 


 大きな硯や複雑すぎる象牙の彫刻など例を上げればきりが無いくらいに見事な学用(研究)品や調度品が置かれている。


 この大きな人の背丈ほどもある見事な硯で、陳氏はどのような詩を表したのであろうか・・・


 詩・・・か・・・或いは書道。水墨画といったものかもしれない・・・


 時の流れになじんだ艶のよい柱は、静かに陳をみまもっていたのだろう・・・


 


 この静かで穏やかな時の流れをまむるべく、口に玉の入った阿吽(狛犬)や 門の仁王のような大きな二体(一対というべきか)の絵や 屋根の上の色々な生き物たちは、上からじっと睨んで陳たちをも守っていたに違いない。


 


 階段では狛犬と蛙の組み合わせを見た。


 狛犬は守り、縁起物としての蛙は栄光を願い、日々学問する彼らを下からも守っていたのだろう・・・


 そのような妄想に囚われた私は、この陳氏書院が豪華で派手ではあるが、何となくしっくりとなじめるのであった。


 


 


 今は十元で観光客に開放されている陳氏書院。


 中庭で子どもが中国じゃんけんをしていた。


 今も違った形ではあるが、人々の集う陳氏書院の館が好きだ。


 


 

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広州の 夜の北京路

2007-02-02 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

        広州の 夜の北京路

 

 ガイド嬢に夜の広州の穴場を訪ねる。

 ガイド嬢は『北京路』と書いたメモを手渡してくれた。

 このガイド嬢はとても美人で優しい。

「タクシーで30元もあればお釣がありますよ。時間は30分位です。もし時間が余れば・・・」

といった具合に親切な方だった。

『広州だが北京路か・・・』とたわいないことにこだわってみるが、日本とて同じような感覚で名付けた土地も多いことを思い出す。

 

 さて北京路に到着して暫く歩くと、なにやら人が40人ほど集まっている。

 人だかりの奥には、救急車が止まっていた。

 何となく2,3分間立ち尽くしていると、タンカーが運ばれてきた。

 どうも男性が(酒か何かの事情で)倒れたらしい。

 40人程の人だかりのみんなの微妙な笑顔に驚いた。

 

 北京路の繁華街は華々しく、人も多い。

 赤い提灯がいっぱい吊り下げられて、中国らしくて楽しい。

 

 北京路の若者はお洒落だった。

 男も女もとてもファッショナブルなスタイルだ。

 男前と美人も多い。

 男の子も髪を立てたりして、ヘヤースタイルも決まっている。

 重ね着が現代的だった。

 

 服屋と食べ物屋は入り口から多かった。

 ユニクロのような服屋が建ち並ぶ。

 中国のブランドらしい服やかばん屋も点在。 

 入り口にアンディ・ラウの大きな看板のかかったブランド店もあった。

 こうなると、テンションがあがる。

 私はアンディ・ラウの歌を口ずさみながら、先へと進む。

 

 映画館があった。

 ちょうど行った時はコン・リー主演、チャン・イーモー監督の映画もあったが、題名は忘れた。

 映画館は確か最終夜の1時頃上演まであったと思うが、定かではない。

 広州の北京路の夜は長いようだ。

 但し服屋や鞄店は9時で閉まる店も多いので、注意が必要。

 

 この北京路には『北京路千年古道遺跡』(南漢以来五調11層の路面と宋代の拱北楼基跡)が残されていた。

 中が見えるように、部厚いガラス張りにされている。

 もちろんガラスの上は歩くことはできない。

 ライトアップされた遺跡をみて、この華やかな北京路の中で、歴史に誇りを持つ中国人の息吹を感じた。

 2002年7月、北京路改修工事の際に発見されたとのこと。

 繁華街の道のど真ん中に大切に保存された遺跡か・・・中国は素晴らしい国だなぁと改めて感じた。

 

 私たち家族は、

    大型本屋

    漢方薬局店

    服屋

    鞄屋

    CD

    1つ2元の時計屋

    果物屋

などを回って歩いた。

 

 鞄店に行って家族の適当な鞄を見つけたので、早速値引きの交渉をはじめたが、店員に、

「ここはそういった店じゃない」

とあきれ返られた。

 この鞄店は中国では知られている、かわいい名前のついたブランドだったようだ。

 

 子どもは洒落のつもりで2元の時計を購入。

 その時計は2週間ばかりで、ねじの部分が外れてしまったという。

 楽しい記念品だ。

 

 メインストリーから外れてわき道に反れると、かなり暗い。

 繁華街とは全く違ったイメージで、生活臭が漂ってくる。

 閉店した店の前には、練炭の灰がほかされていた。

 

 小さな地元の人間が入るのであろうラーメン屋や果物屋があった。

 果物を買っている中国人は他にも2人ほどいた。

 私たちはこの果物屋で金柑をわずか購入し、タクシーでホテルに戻った。

 

 

 

 

 

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広東料理(豚の丸焼き撮影会)

2007-02-02 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

      広東料理(豚の丸焼き撮影会)

 

 広州の夕食は広東名物料理。

 食は広東にありという言葉もありますし、豚に丸焼きが出てくるということで、期待に期待を掛けていたのですが、完全に日本人の味覚にあわせた味でした。

 

 豚は尻の尾以外は完全に姿焼き。

 毛は見事に抜かれ、手足はきれいに掃除されていた。

 目玉は抜かれ、飾りのミニトマトがなんとも情けない。

 周りに野菜でできた飾りの花が飾られているのが、かえって豚が哀れな気がする。

『こんなに人間に言いなりの豚が、中国では猪と呼ばれるとは、豚の立つ瀬も無い。』

 

「豚が来たら、記念さつえいしてくださ~~い。」

とガイド嬢とレストラン従業員は、名手た声色でテープのように話した。

 

 豚が来るまでの数分間、

『そんな残酷なものは苦手だわ~~』

『ぁたくしも~苦手なの~ぉほほほ~。』

とおっしゃっていたご婦人方も、皿を見るなり立ち上がって、豚とともに記念撮影されていた。

 にこやかにペアと肩を組んでいらっしゃる前で、飴茶色の豚は静かに横たわっていた。

 

 一通りに撮影が終わると、

「これから切り分けてきます。」

レストラン従業員が皿を持ち去っていった。

 

 暫くして、パッチワークのように表面を切り分けられた飴茶色の豚が登場。

 飴茶色は枯れ田畑のようで、前にもまして痛々しい・・・

 

 殿方がまず豚を取る。

 みんなは一口食べて、箸をとめてしまう。

 ひとりの殿方が、

「まずい、あかんわ・・・豚というものはもっと皮をカリカリに焼かにゃぁ、あかん。」

といつもの講釈が始まる。

 確かに正論だとは感じたが、食事中に『まずい』の言葉は禁句である。

 殿方はご婦人以上に 特にご注意いただきたいというのが、私の持論である。

 もしどうしてまずいと言いたいのであれば、

「私は結構ですので、どうぞ召し上がってくださいね。」 

といった言葉に置き換えるほうが紳士的だと感じるのは、私だけであろうか。

 

 豚は確かにロースト時間が短く、脂臭かった。

 皮の下の脂質部分が真っ白で、油がこちの中でべたつく。

 桂林や佛山、賀州で食べた鴨や鳩などの鳥のローストのように、表面にカリカリ感が無い。

 豚の皮はおれんじジャムを混ぜたような甘いたれが塗りたくられて、てかてかとして色合いは美しかった。

 少し甘すぎて、しまりの無い味だ。

 

 ところが・・・まずけりゃまずいなりに この味を覚えておこうと行った家族たち。勇み足の家族がなんだか頼もしい・・・

 ほとんど残された豚の皮を一枚一枚剥いでは食べていく。

 最後は顔の頬一枚。

 家族は豚と真正面から格闘し、見事に最後の一枚まで平らげてしまう。

 哀れな豚も、これで少しは精神的に救われたかも知れない。

 最も、端から豚はローストされ、食事する側のことなどは気にもとめてはいないのだが・・・

 

『無理しちゃって・・・』

と笑いながらも、

『こういう家族でよかった・・・』

と改めて家族の見事な豚との格闘の一連を見て、彼を見直した瞬間であった。

 

 但しこの行動が災いして、せっかくタクシーに乗って夜の広州『北京路』まで出かけたというのに、何も食べられずにホテルに戻ることになろうとは・・・がっくり。

 物事は程々が一番である。

 

 このレストランででてきた覚えているメニューは次の通り。

    アルミで包み込んだ甘辛あんかけの魚

    黄色い芋と茄子の豚肉幕の甘あんかけ

    冬瓜丸ごとのなかに野菜を入れて蒸したようなスープ

    野菜のさっと炒め

    茄子半分縦長に切ったマーボーナス

           (実はこれが一番美味かった)

    中華味の濃い目のサフランピラフ

    ミニトマトなど

    他・・・

といった料理が出てきた。

 

 印象深いのは『黄色い芋と茄子の豚肉幕の甘あんかけ』 

向かいのご婦人に、中は何かとたずねられたので、

「さつまいもです。」

と答えた。暫くすると豚の講釈の殿方が、従業員に意味ありげに薄笑いを浮かべて、中は何かを尋ねておられた。

従業員は片言の日本語で茄子と答える。するとその男性はまるで天下を取ったような大きな声で、

「ほうれ!これは茄子や。茄子でんがな!!な、茄子・・・」

とこちらに妙は笑みを向けてくる。

 確かに一回目に子どもと私と隣のご婦人が食べた部分は芋だったが、次に食べたところは茄子だった。

 ちなみに夫が食べた部分は茄子だったらしい。

 部分部分によって芋と茄子が交互に置かれていたらしく、豚をまかれ 色の濃い醤油の甘あんが掛けられていたので、中までは見えない状態だった。

 私は自分たち家族の時間を楽しむべく、黙ってお食事を続けた。

 

 この『黄色い芋と茄子の豚肉幕の甘あんかけ』はすごくおいしいというわけではなかったが、家庭料理といった感じがして 嬉しい一品だった。

 多分豚の分量を少なくし、ボリューム感を出す知恵として、芋や茄子に豚の薄切りを巻いたのだろうと察しがつく。

 そういうと肉がなかなか口にできない人のために、豆乳や果ては抜くの食感に似た腐竹まで考え出す中国である。

 なかなかあたたかくてよい料理だと思う。

 私はこの料理と茄子半分縦長に切ったマーボーナスも日本に帰って再現してみたが、

「こんな感じだった。」

といって、結構家族が喜んでくれた。

 

 写真は『冬瓜丸ごとのなかに野菜を入れて蒸したようなスープ』

 冬瓜の種をくりぬき、野菜スープを入れて蒸したこの料理は、サービスの方が お玉で冬瓜部分を救って入れてくださった。

「冬瓜って海老で炊いたのしか食べたことが無いわ~」

「冬瓜って味がないからキライ~~」

とおっしゃっていた方もいらっしゃったが、わが家では冬瓜やかぶらは好物で、ポピュラーな食べ物の一つ。京のお晩菜でも普通に使われるお野菜の一つだ。

 海老としょうがで煮るのは有名だが、海老を豚に変えて煮たり・・・豚や牛肉で炒めても、味がなじんでとても美味しい。一旦味付けして湯で、皮下の材料と濃厚なゼリーで固めて冷やしても美味しい。ほんのりホンダシと昆布で浅漬けして、シーチキンとマヨネーズ和えのサラダも美味い。この中でかなりのお勧めに一品は冬瓜と牛肉炒め。但し冬瓜と海老としょうが以外は全部オリジナルなので、まずくとも 責任は取りかねます。

 たまたま入ったこのレストランの全体の味付けは甘め醤油味やあんかけの料理も多く、ダシが薄く、コクは無かった。

 みると私たちの入った席は日本人の団体の観光客が多く、大きな店がゆえに日本人にあわせてくださった味付けだったに違いない。

 せっかく広州の食事だったのに、こんなことなら外食すればよかったと後悔の念でいっぱいだった。

 次に行くならば、広州の場合は個人旅行のほうが楽しめるなとも思うが、いつになることやら・・・・・・

 佛山と賀州、桂林の一部で美味いものに遭遇しただけでもよしとするか・・・

 

 

 

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