我が郷は足日木の垂水のほとり

文化芸術から政治経済まで、貧しくなった日本人の紐帯を再構築したいものです

秋刀魚の歌

2009年09月09日 | ことばの説明

秋刀魚の歌


あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食<ひて
思ひにふける と。

さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
汝こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証かせよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。

あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。

さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。

> ・

「我が一九二二年」(大正12)所収

語釈
【女】【人に捨てられんとする人妻】 谷崎潤一郎夫人、千代子を指す。作者は大正6年頃から谷崎と交遊があったが、潤一郎の心が千代子から離れていくのを見て夫人に同情し、やがてそれが恋にかわる。
【妻にそむかれたる男】 作者自身を指す。作者は大正9年に米谷香代子と離婚している。
【愛うすき父を持ちし女の児】 谷崎夫妻の子を指す。
【世のつねならぬかの団欒】 世間普通ではないあの親しいつどい。「人に捨てられんとする人妻」と「妻にそむかれたる男」と「愛うすき父を持ちし女の児」の団欒を指す。
【夫を失はざりし妻と/父を失はざりし幼児】 千代子がその後、夫に捨てられなかったことを指す。

 

 

 秋刀魚の歌---佐藤春夫 
   この記事はすべて<http://uraaozora.jpn.org/posato3.html>の引用。


 

 

2009 09 19 秋刀魚の秋です【別冊付録】

 

 

 

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