こんにちは。
先月、母が天国へ行き今はなんだか 気が抜けてしまったような
寂しいような
でも、悲しんでばかりいると天国にいる父と一緒に暮らせなくなってしまうから
悲しまないようにしようとしたり
皆さんからたくさんの励ましの言葉を頂いて
何とか、仕事して、深呼吸して… 余計な事考えないようにして
そんな日々
今日のブログは、忘れてはいけないなって、
自分の備忘録のつもりで書きますので
長くていや~ね~って言う方は、また明日ゆっくり読んでくださいね
…
…
母は、病院から退院してきて、自宅で療養、リハビリをしていました
食事だって、好きな物をリクエストしてくれて
お菓子でもご飯でも果物でもなんでも 量は少しでしたが色々食べてくれました
リハビリだって、起き上がって、足動かさなくちゃ
トイレだって、車いすで移動こそすれ、自力で立って自分でできていましたし
おしゃべりだってなんだってしていた母
ただ、天国に行ってしまう2日位前から
眠っている時間が急に増えたような気がして
そして、前日
朝、何時ものように食事を摂らないんです
水分だけ。
お味噌汁の汁だけ、おかゆ一口 あとはお茶とみかんひと房くらい
お昼はオネエにお願いしていたので
オネエに
「ママ、今日は朝、ほとんど水分だけだった」
onee「わかった」
昼も結局、ほとんど固形物摂らず、夜も…
そして、すごい寝てる
なんだかとても心配になりました
いつもと 何かが違う
少し 認めたくないけど 「胸騒ぎ」 がしました
なので、
その夜は、オネエと交代で朝まで母ベッドの所で一緒にいましょうってことになって
姪にも、手伝ってもらう事にして、
とりあえず、私が一番に徹夜覚悟で待機しました
オネエと姪には、一旦戻って、シャワー浴びるなり、仮眠するなりして
夜中に戻ってきてと約束して
私一人、母の部屋に残ったのです
夜中、23時半頃 深夜担当のヘルパーさんが来てくださって
おトイレの補助です
何時もの母なら、車いすに乗ってトイレも自力で…なのですが
この日に限って、ヘルパーさんもびっくりするぐらい、くたびれてるみたいデスって
よろけるし、力が入らないから、また、朝に出もトイレ行きましょうって
今日は朝からご飯食べていないからかな?
そんな事思いながら、深夜0時ごろ
ヘルパーさんに 「お疲れ様」と言いながら、見送って
また、母の寝室に戻りました
戻って、母に
「また来るって」と話しかけて
「寒くない? お水飲まなくて大丈夫?」
って聞いた と思う …
そこから、記憶が全く無い
… 記憶喪失 …
…
…
ガラッ
母の部屋の襖があいて オネエがきたのです
うわ!
「私、寝てた?」
自分でも、変な事言ってるって思ったのですが、
寝たつもりがなかったので…
時刻を見ると、日付が変わって 夜中の1時半ごろです
え=== 寝てた? なんで? 記憶がない… 全く無い…
え~~~
オネエいわく、
襖を開けて 私がいると思ったのですが最初見えなくて
目の前に、真っ白な毛布の塊があったって
その中に私が気持ちよさそうに毛布にくるまって寝てた らしい
オネエもオネエで、
私と、夜中の交代しようと思って外に出たら、
誰かに頭をつかまれるような感じがして そのまま引っ張られるように
ここまで来た
私が起きてると思って襖を開けたのに、居ないように見えた
ら、 寝ていた って …
私、なんで寝ていたのか全く分からず
毛布になんでくるまっていたのカモわからず
自分で毛布を掛けた記憶も無い
「ママ、寝てるよ今は」
とかなんとかって、私も寝ぼけたことを言っているし
オネエと二人で母の顔を覗き込んでみても
母は寝ているようにしか見えないのです
オネエも、母の首に指当てて、
onee「脈あるみたいだけど… 寝てるんだよね」
私も私で、母の足をいつものように、少し揉んでみたら
温かい… し
「足、温かいよ…」
onee「寝てる … よね」
…
…
そのあと、しばらく、オネエと雑談です
オネエが頭引っ張られてここまで来たとか
私が毛布かけて寝た記憶がないとか
そんな雑談すること20分くらい
夜中の1時50分頃です
もう一度母の顔を覗き込んだら
…
…
「ねえ、オネエ、なんかさあ、ママ、さっきと同じ格好してるみたいなんだけど」
onee「え~ あああ、そうかなあ。でも… ? 」
「なんか、少し冷たい感じがするんだけど」
onee「え~ あ、ホントだ」
「どうしよう」
onee「とりあえず、かかりつけの先生に電話しよう
あ、○○ちゃん(姪の名前)にも連絡しなくちゃ 」
…
…
onee「ああ、○○ちゃん」
「なんで起こすんだよ= いま、おばあちゃんと喋っている夢見てたんだから!!!」
onee「ああ、ごめん、でもそのおばあちゃんの事なんだけど、なんだか、
息してないみたいで先生呼んだから、あなたも、こっち来てよ」
…
…
姪が到着したのは2時過ぎていました
かかりつけの先生の到着が3時半頃
死亡確認 3時33分
…
…
生物の命が尽きる時、最期に大きな呼吸を1回するんです
深呼吸のすごいヤツ
私は過去に一度、
きな子というワンコでその大きな大きなため息のような呼吸を聴きました
きっと母は
私にその呼吸を聴かせたくなかったのかなと思います
何故なら、私が最期の呼吸を知っているから、
自分の最期を知ったら 私が とてつもなく悲しむから きっと
子供は寝る時間よ
って、 私に毛布をかけて(実際には自分でかけているのでしょうが…)
私をとても気持ちの良い状態で寝かせてくれた
私はまんまと母の作戦に乗せられて
ゆりかごの中にいるようにすっかり眠ってしまったのです
オネエには、シャインちゃんが一人だと心細いから
早く来なさいって 頭をつかんで引っ張ってきた
そして、姪の夢に出て、最期のお別れを告げて行った
母らしい最期だなって
オネエも私も、悲しいけれど、一本取られたねって
その日の夜に、先週も書きましたが
私は母の夢を見ました
mama「パパと待ち合わせしてるのよ」
バス停みたいな東屋みたいなところで、すごく若々しくてきれいな母が
嬉しそうに父が来るのを待ってるって
母は本当に幸せに父の所に行ったのだって信じています
というか、嬉しそうに母を迎えに父が来た… のかな?
さて、今日のところはおしまいにします。
多分、母が本当に息を引き取った時間は私が生まれた時間と同じくらいの
夜中の1時50分前後だと思います
そして、ついでにお話しておくと
父が本当に息を引き取った時間はオネエが生まれた 夕方の4時30分頃だったと
私達の両親は、なんとも、粋な事するねって
追伸: そういえば、 母が天国に行った日は、先代のワンコ「パセリ」の命日と同じなんです
もしかすると、パセリも母の事心配で、お迎えに来てくれたのかなって思いました
ありがとう、パセリ
皆さん 本当にありがとうございました!!!
2020年は 働く年!? でも健康第一で ♬
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横浜市立野毛山動物園とスヌーピーを応援しています!
東日本大震災2011年3月11日は決して忘れない。
あの時頑張った事を教訓に!
NIPPON ! がんばれ! 大和魂全開だ☆
東日本大地震の爪痕はまだまだ残ってる…これが現実なのです
だから 自分ができることを探し、自分ができる事を続けます
心と気持ち、物の大切さを伝え続けます!
がんばれニッポン つながる! 日本
愛媛は一年中みかんの季節だよ!
愛媛県は宇和島から産直してます!
詳しくはヨロズヤフォーシーズンへご連絡下さいませ
先月、母が天国へ行き今はなんだか 気が抜けてしまったような
寂しいような
でも、悲しんでばかりいると天国にいる父と一緒に暮らせなくなってしまうから
悲しまないようにしようとしたり
皆さんからたくさんの励ましの言葉を頂いて
何とか、仕事して、深呼吸して… 余計な事考えないようにして
そんな日々
今日のブログは、忘れてはいけないなって、
自分の備忘録のつもりで書きますので
長くていや~ね~って言う方は、また明日ゆっくり読んでくださいね
…
…
母は、病院から退院してきて、自宅で療養、リハビリをしていました
食事だって、好きな物をリクエストしてくれて
お菓子でもご飯でも果物でもなんでも 量は少しでしたが色々食べてくれました
リハビリだって、起き上がって、足動かさなくちゃ
トイレだって、車いすで移動こそすれ、自力で立って自分でできていましたし
おしゃべりだってなんだってしていた母
ただ、天国に行ってしまう2日位前から
眠っている時間が急に増えたような気がして
そして、前日
朝、何時ものように食事を摂らないんです
水分だけ。
お味噌汁の汁だけ、おかゆ一口 あとはお茶とみかんひと房くらい
お昼はオネエにお願いしていたので
オネエに
「ママ、今日は朝、ほとんど水分だけだった」
onee「わかった」
昼も結局、ほとんど固形物摂らず、夜も…
そして、すごい寝てる
なんだかとても心配になりました
いつもと 何かが違う
少し 認めたくないけど 「胸騒ぎ」 がしました
なので、
その夜は、オネエと交代で朝まで母ベッドの所で一緒にいましょうってことになって
姪にも、手伝ってもらう事にして、
とりあえず、私が一番に徹夜覚悟で待機しました
オネエと姪には、一旦戻って、シャワー浴びるなり、仮眠するなりして
夜中に戻ってきてと約束して
私一人、母の部屋に残ったのです
夜中、23時半頃 深夜担当のヘルパーさんが来てくださって
おトイレの補助です
何時もの母なら、車いすに乗ってトイレも自力で…なのですが
この日に限って、ヘルパーさんもびっくりするぐらい、くたびれてるみたいデスって
よろけるし、力が入らないから、また、朝に出もトイレ行きましょうって
今日は朝からご飯食べていないからかな?
そんな事思いながら、深夜0時ごろ
ヘルパーさんに 「お疲れ様」と言いながら、見送って
また、母の寝室に戻りました
戻って、母に
「また来るって」と話しかけて
「寒くない? お水飲まなくて大丈夫?」
って聞いた と思う …
そこから、記憶が全く無い
… 記憶喪失 …
…
…
ガラッ
母の部屋の襖があいて オネエがきたのです
うわ!
「私、寝てた?」
自分でも、変な事言ってるって思ったのですが、
寝たつもりがなかったので…
時刻を見ると、日付が変わって 夜中の1時半ごろです
え=== 寝てた? なんで? 記憶がない… 全く無い…
え~~~
オネエいわく、
襖を開けて 私がいると思ったのですが最初見えなくて
目の前に、真っ白な毛布の塊があったって
その中に私が気持ちよさそうに毛布にくるまって寝てた らしい
オネエもオネエで、
私と、夜中の交代しようと思って外に出たら、
誰かに頭をつかまれるような感じがして そのまま引っ張られるように
ここまで来た
私が起きてると思って襖を開けたのに、居ないように見えた
ら、 寝ていた って …
私、なんで寝ていたのか全く分からず
毛布になんでくるまっていたのカモわからず
自分で毛布を掛けた記憶も無い
「ママ、寝てるよ今は」
とかなんとかって、私も寝ぼけたことを言っているし
オネエと二人で母の顔を覗き込んでみても
母は寝ているようにしか見えないのです
オネエも、母の首に指当てて、
onee「脈あるみたいだけど… 寝てるんだよね」
私も私で、母の足をいつものように、少し揉んでみたら
温かい… し
「足、温かいよ…」
onee「寝てる … よね」
…
…
そのあと、しばらく、オネエと雑談です
オネエが頭引っ張られてここまで来たとか
私が毛布かけて寝た記憶がないとか
そんな雑談すること20分くらい
夜中の1時50分頃です
もう一度母の顔を覗き込んだら
…
…
「ねえ、オネエ、なんかさあ、ママ、さっきと同じ格好してるみたいなんだけど」
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「なんか、少し冷たい感じがするんだけど」
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「どうしよう」
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あ、○○ちゃん(姪の名前)にも連絡しなくちゃ 」
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「なんで起こすんだよ= いま、おばあちゃんと喋っている夢見てたんだから!!!」
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息してないみたいで先生呼んだから、あなたも、こっち来てよ」
…
…
姪が到着したのは2時過ぎていました
かかりつけの先生の到着が3時半頃
死亡確認 3時33分
…
…
生物の命が尽きる時、最期に大きな呼吸を1回するんです
深呼吸のすごいヤツ
私は過去に一度、
きな子というワンコでその大きな大きなため息のような呼吸を聴きました
きっと母は
私にその呼吸を聴かせたくなかったのかなと思います
何故なら、私が最期の呼吸を知っているから、
自分の最期を知ったら 私が とてつもなく悲しむから きっと
子供は寝る時間よ
って、 私に毛布をかけて(実際には自分でかけているのでしょうが…)
私をとても気持ちの良い状態で寝かせてくれた
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ゆりかごの中にいるようにすっかり眠ってしまったのです
オネエには、シャインちゃんが一人だと心細いから
早く来なさいって 頭をつかんで引っ張ってきた
そして、姪の夢に出て、最期のお別れを告げて行った
母らしい最期だなって
オネエも私も、悲しいけれど、一本取られたねって
その日の夜に、先週も書きましたが
私は母の夢を見ました
mama「パパと待ち合わせしてるのよ」
バス停みたいな東屋みたいなところで、すごく若々しくてきれいな母が
嬉しそうに父が来るのを待ってるって
母は本当に幸せに父の所に行ったのだって信じています
というか、嬉しそうに母を迎えに父が来た… のかな?
さて、今日のところはおしまいにします。
多分、母が本当に息を引き取った時間は私が生まれた時間と同じくらいの
夜中の1時50分前後だと思います
そして、ついでにお話しておくと
父が本当に息を引き取った時間はオネエが生まれた 夕方の4時30分頃だったと
私達の両親は、なんとも、粋な事するねって
追伸: そういえば、 母が天国に行った日は、先代のワンコ「パセリ」の命日と同じなんです
もしかすると、パセリも母の事心配で、お迎えに来てくれたのかなって思いました
ありがとう、パセリ
皆さん 本当にありがとうございました!!!
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横浜市立野毛山動物園とスヌーピーを応援しています!
東日本大震災2011年3月11日は決して忘れない。
あの時頑張った事を教訓に!
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東日本大地震の爪痕はまだまだ残ってる…これが現実なのです
だから 自分ができることを探し、自分ができる事を続けます
心と気持ち、物の大切さを伝え続けます!
がんばれニッポン つながる! 日本
がんばれ!日本列島!!頑張れ!!! 私も頑張る!
愛媛は一年中みかんの季節だよ!
愛媛県は宇和島から産直してます!
詳しくはヨロズヤフォーシーズンへご連絡下さいませ
それは本当のようですね
人は死んで初めて その人の価値が解りますが
ママは優しくて とても良い人だったんですね、
「子供は寝る時間よ^ ^」って、本当に言ってた気がします(^。^)
シャインさんやお姉さん、姪っ子さんに囲まれて、お母様はきっと幸せだったと思います。
お父様やワンコ達と一緒に仲良くシャインさん達のこと見ていらっしゃるかもしれませんね。
お母様は、とっても幸せでしたね。
シャインさんもお姉さんも姪御さんも
よく頑張ったから
うまく言えないけど
お母様はシャインさんたちに
きちんとお礼ができたんだと思います。
うまく言えない。。
(;ω;*)ゴ・ゴメンナサイ
そして母として、とても素敵な人でした
って、娘が言うのも変ですね…
でも、そういう母の様な人になりたいって
子供の時から思ってました
とても大きな呼吸するんです
ホントに
きな子のようなワンコが人間の
大きな深呼吸のような呼吸したのを聴いたんです。
不思議な不思議な呼吸でした
いつまでも、忘れないように
そう思って書いたブログにお付き合いいただきまして本当にありがとうございます!
毎日、これからずっと一緒にいられるのかなって
そう思えば、良いのかな。
きくちゃんママもそうだもんね
モモと一緒にニコニコ見てる
天国は、結構にぎわっているのカモ!ね
だよね、きっと、母は楽しく父の元へ
行ったよね
ありがとう! とうふちゃん、ホントに
優しい子…
嬉しいですそういっていただけると、ホントに
お母様は最後の最後まではシャインさんたちを見守って逝かれたのでしょう。
私の職場にも不思議な話がありまして、その方のお父様が元旦に突然亡くなり、一日おいて3日の日にお母様が相次いで亡くなった事がありました。
たぶんお父様がお母様を連れていかれたのだろう、と言っていましたが。
不思議なものですね。夫婦とか親子って見えない絆で繋がっているのでしょうか。
すっかり、気持ちよく寝ていたんです
毛布は…とにかく不思議…
そのご夫婦はとっても仲良しだったんでしょうね…
見えない絆…あります!絶対ある!!
それだけご家族の絆が強く、深いからなのでしょうね
muminn町の片隅から心よりご冥福をお祈り申し上げます。