第四部 Generalist in 古都編

Generalist大学教員.湘南、城東、マヒドン、出雲、Harvard、Michiganを経て現在古都で奮闘中

しまねからこんにちわ Vol.3

2019-03-05 16:53:07 | 診断エラー学

みなさま、こんにちわ。

春の空気が新鮮で、少しずつ自分もエネルギーが満ちてきております。色々大変なことはあるのですが、数年以内に道を開くと決意して。

さて、今月もDrマガジン記事をUPしておきます。よろしければ御失笑ください。

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あぁ、少しずつ心が躍りだす出雲の春が近づくとともに、「いとしさと、せつなさと、心強さと」が交差して複雑な気分になる3月ですね。この時期どの指導医にとっても一番辛いのは、せっかく仲良くなった研修医(一生懸命教えた?)が、それぞれの道に向かって旅立っていくことかもしれませんね。もちろん自分も幾度となくそうやって送り出してもらってきましたので文句は言えないのですが。自分が送り出された側といえば、一番記憶に残っているのは恩師 徳田安春先生から両国の土俵があるちゃんこ鍋屋さんでの激励会です。「私の様に臨床・教育・臨床研究の3本柱をバランスよく指導できる人材になって欲しい」と、新渡戸稲造先生の【武士道】の書を渡されながら言われたのを思い出します(しかし未熟な自分にはいまだに何故、イナゾウ先生の武士道であったのかは未だに感得できておりません)。自分の様になんの才能も特技もない人間は、確かに地方国立大で実験や基礎医学の研究で世界レベルを狙うよりは、あまり着目されてこなかったニッチな領域を得意分野として、バランス感覚で勝負する方が逆に希少価値が出るのかもしれないと考えて今に至るわけです。だって、本来大学医学部の使命の3本柱は、臨床・教育・研究であると言われていますもん(研究と臨床はいいとして、教育は・・・頑張れ日本!

)。そんなこんなの理由があって、あまり着目されてこなかったこの診断エラー学の研究を赴任と同時に始めました。第一回、第二回はウラ診断学の話をしましたが、今回のテーマは【認知バイアスを乗り越えろ!】です。前回、将来的には偽陽性などのOver diagnosisなども含まれる可能性もありながら、現段階での診断エラーの定義は(診断の遅れDelay、診断の誤りWrong、診断の見逃しMiss)1であり、知識の不足と言うよりはちょっとした思考過程の歪みを起こす認知バイアスこそが原因の主であるとされるのでした1)。診断学の認知バイアスは欧米を中心に非常に注目されて研究されており、既に100以上の認知バイアスが提唱されています。

ここで架空の症例で分析して見てみましょう。今日は研修医である自分の送別会があり絶対に早く仕事を終えたい状況です。いつもの怖い看護師さんが勤務に入っています。慢性膵炎で繰り返し救急搬送歴がある飲酒中ホームレスの50歳男性が、16時45分(申し送り時間15分前!!)に腹痛を主訴に搬送されてきました。異臭もあるし、ひどい酩酊です。どうせまたいつもの膵炎だと考えてやや放置気味にしていたところ結局は大動脈解離の診断でありました。

 

さて、この症例。申し送り時間前というだけで強烈なバイアスになりえますね!「事件は会議室ではなく,申し送り直前に起きてるんだっ!」と声を大にして叫びたいです。この様な疲れや時間に焦っている場合は肉体的・精神的に一番楽に処理できる思考に引っ張られやすくなるというHassle Biasの影響を受けやすいです。もしかしたらアルコールやホームレス、搬送歴などの要因からこの患者さんに陰性患者を持ってしまった為に判断が鈍った可能性もあります。この場合は本能的感情で判断が左右されるVisceral Biasと呼ばれるバイアスが当てはまります。また前回の診断名を容易に連想したことによるAvailability Bias(想起しやすいものを考えてします)や、他の鑑別疾患を考慮することをやめてしまったPremature Closureと言うバイアスがあったのかもしれません。この様に、一つの診断エラーのケースでも深く分析すればするほど様々な認知バイアスが複雑に交絡かつ重複していることがわかりますね。ある内科医の集団を対象としたある研究では一つの診断エラーに対して平均6つ以上の認知バイアスの影響が関与していると報告されているそうです*。私がやっている臨床医の最も記憶に残る診断エラー症例を解析した研究でも概ね同様の結果が出てきております(論文化乞うご期待!)。自分のあまりカッコ良くない部分を振り返るのにはとても勇気が必要な作業ですが、臨床医としての実力をあげるためには自分の弱点を知る作業が極めて重要です。おっと、書いていて気づきましたが、もしかしてあの時、恩師が稲造先生の「武士道」を餞別にくださった意味は、プロとして自分を内観して成長せよということなのかしら。

 

■参考文献

Graber ML, Franklin N, Gordon R. Diagnostic Error in Internal Medicine. Arch Intern Med. 2005;165(13):1493–1499. doi:10.1001/archinte.165.13.1493