第四部 Generalist in 古都編

Generalist大学教員.湘南、城東、マヒドン、出雲、Harvard、Michiganを経て現在古都で奮闘中

風邪のみかた講義 試験問題とその解答

2020-09-05 21:45:51 | 総合診療

皆様こんにちわ。

新型コロナウィルスの猛威は今度は世界の至るところに拡散し、日本ではニュースになっていない国で惨劇です。ボストンも毎日500人レベルで新規感染者が出ているようで非常に今後どうなるか見えない状況です。

さて、医学部で授業をすることは楽しく、若い学生さんの勉強したいというエキスを吸って色々と人生楽しんでおります。例えば今年の、感染症チュートリアルでの感染症診断学と風邪のみかたの授業の回答を見て素晴らしかったので、シェアしたいと思います。

一般の方には、意外かもしれませんが、医師は臓器別に得意な領域を作って研鑽していくことが多いために、風邪のみかたを学生のうちに学ぶことはありませんでした。

(少なくとも僕らの時代は)

この風邪のみかたの講義は、毎年毎年、工夫して進化してきたのですが、今年の試験問題は、下記のように風邪の病態を考え、原因を考えて、鑑別診断を考えて、患者さんに丁寧に説明できる

というレベルまで期待して試験を作ってみました。しかしこの出来が素晴らしく、色々と一人一人チェックして(余力時間を使って3日もかかりました)学生さんの答えを引用させていただきました。

*注意:下記の答えは医学生さんが書いたものです。人間力が素敵ですね。このような実際の現場感覚を来年以降も試験に出し続けたいと思います。

 

記述問題

あなたは卒後2年目の初期研修医です。

特に既往がない62歳女性が37.8℃の発熱を主訴に夜間の救急外来に受診しました。症状は咽頭痛から始まり、軽度の鼻水、軽度の頭痛、膿性痰を伴わない軽い咳があります。あなたは咽頭の診察で特に問題となる所見が無く、下顎のリンパ節の圧痛が無いことを確認しました。

 

しかし、この患者は2週間前に孫が「溶連菌」であると近医で診断されたとのことで、自分も感染しているのでは無いかと心配し、抗菌薬処方を強く希望しています。

 

あなたは医師として(1)風邪とは病態的にどのようなものか、(2) Centor 基準、(3) 抗菌薬投与の必要性の有無とその理由について、実際の患者に説明するように論理的に説明してください

 

(1)

風邪とは、鼻水、咳、喉の痛みや熱、頭痛、関節痛などが出る、ウイルスによる感染症です。ウイルスといってもたくさんの種類があって、例えばインフルエンザもウイルス感染症の一種ですが、もっと症状が軽くて放っておいても治るようなものをまとめて風邪と呼んでいます。今回のように全身色々なところに症状が出ている場合、風邪である可能性は高いと言えます。

(2)

 お孫さんが溶連菌感染と診断されたということで、自分もそうなのではとご不安なのはとてもよく分かります。そこで、溶連菌の感染がないかを簡単に調べさせていただきます。喉の痛みを調べる際にはよくCentorスコアという基準が使われています。Centorスコアには次のような項目があります。

  • 38℃以上の発熱があること
  • 咳がないこと
  • 喉のリンパが腫れていて痛いこと
  • 扁桃腺が腫れて膿が出ていること
  • 年齢が低いこと

これらの項目は、溶連菌による感染症で起こる症状と溶連菌に感染しやすい年齢を考えて決められています。これらの項目に2個以上当てはまっている場合、溶連菌に感染している可能性が高いのではないかと考えられます。今回の場合、この診断基準に当てはまっている項目はないので、溶連菌に感染している可能性は比較的低いと思われます。

(3)

 とはいえ、ご心配に思われて「抗菌薬を」と言われるのも無理はないことかと思います。しかしお伝えしておきたいのは、仮に今回の症状が溶連菌ではなくウイルスによる風邪の可能性が低く、抗菌薬は全く効かないどころかむしろ体に悪い影響がでる可能性があります。

 溶連菌のような細菌とウイルスは全く別の存在です。抗菌薬というのは細菌の体の特殊な構造を利用した薬なので、ウイルスを倒すことは基本的にはできません。また一方で抗菌薬は体の中の善玉菌も殺してしまうので、下痢などお腹が悪くなるような副作用が出ることがあります。他にも皮膚や腎臓、血液などに副作用が出ることもあります。

 これが、風邪には抗菌薬が効かず、むしろ体を悪くする可能性があることが理由です。それゆえ、細菌に感染している可能性が低い場合は、むやみに抗菌薬を使うのをひかえる方が良いでしょう。今回は、Centorスコアの結果などから、溶連菌のような細菌の感染ではなくウイルスの感染が疑われるので、抗菌薬ではなく風邪に対する対処療法のお薬を使った治療から始めさせていただこうと思います。もし数日の経過で、症状が良くならなかったり、むしろ悪くなったりするようでしたら、再度診察・検査をさせて頂きます。ご連絡下さい。私はまだ研修医の身ですので、より詳しい先生に診ていただいて説明をしてほしいなどありましたら、何なりとおっしゃってください。