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放課後になると、がんちゃんは掃除もそこそこに
教室を飛び出していった。
私たちはがんちゃんがかたづけていかなかった雑巾をあらい、
雑巾バケツも洗い、用具置きにいれなおして、塵箱のごみを焼却炉にすてにいってから
がんちゃんのあとをおった。
黒岩さんの家は大きな道を渡ったむこうにある。
いつもなら、大きな道に沿った土手の小道をあるいて帰る。
大きな道を横切るなんてことはない。
ましてや、進駐軍のジープが通るようになってから
土手からおりて大きな道にちかづくなんておおそろしいことでしかなかった。
進駐軍のジープがきはしないかとさっちゃんとのびあがって
道のむこうを確かめてからでも、おそるおそる足をふみだしていった。
「紘ちゃん、こわくなかった?」
さっちゃんは昨日の夕方のお使いのことをおもいだすらしい。
「夕方に通ることはないってきいてたけど、むこうから進駐軍がきたらどうしようって・・・」
学校から帰る時間あたりによく通る。
私ががんちゃんと進駐軍を目撃してから、けっこう続けざまに目撃していた。
なにをしにいってたかはわからないけど、やつらはこの先に駐屯基地があって
そこから、都市部にでかけていってはかえってきてたようだ。
大きな道を無事にわたりきってしまうと
小道がまっすぐ続いている。
黒岩さんの家はむこうの山ぎわに近い。
秋の陽が柔らかな西日をかざしてくれているけど
朝は逆に山の陰になってしまって陽がなかなかあたらない。
東の作物は霜にやられてしまってうまく育たないとおばあさんがいっていたのをおもいだす。
でも、今、見る限り、たわわに実った柿が秋の陽をつややかにてりかえしていて
とてものどかで芳醇な土地にみえていた。
てくてくと歩いていくと黒岩さんの家がみえてきた。
板塀の門がまえのよこに柊が植えてあった。
節分会(せつぶんえ)のときのためにどこのの家でも植えているありふれた樹木だった。
屋敷を覗き込むと母屋につづけて、洋風の書斎かアトリエがつくられていた。
黒岩さんの仕事部屋なのだろうか?
「ところで、黒岩さんって何している人なの?」
「かあちゃんがいってたのは、翻訳とか?なにか文章をかいてる・・・う~~ん小説家なのかなあ?」
ずっと、家にいるってことなんだろう。
じゃなきゃ、がんちゃんも英語をおそわりにいくことはできない。
書斎の窓からみとがめられないように、私たちはしゃがんで、窓の下にちかづいていった。
「あ?」
がんちゃんの声がきこえた。
「うん」
がんちゃんの声だとさっちゃんが合図地を打つ。
がんちゃんは、さっちゃんのいうとおり、、
英語らしい言葉をはなしていた。
ーサンクス・・ギビング・・え~と フォア ユー
アイ ハブ ジャパニーズ フルーツ
えっと・・チェンジ マイ フルーツ
ユア チョコレート・・・ベリー デリシャス フルーツ
ーカキー・・・・
ベリー デリシャス フルーツといってから
ちょっとまをあけるんやなあ?
イッツ?ア?ベリー・・・-
はっきり、意味はわからなかったけど、
がんちゃんの考えがみえた。
がんちゃんは柿とチョコレートを交換しようとしてるんだ。
窓の下のへっついに背中をくっつけてしゃがんでいたせいじゃない。
私の足はがんちゃんへの怒りでがくがくとふるえていた。
さっちゃんにもう、帰ろうといいながら
私の足はちっとも自由にならず、はいつくばって
黒岩家の門の外へでていった。
一刻もはやく、この場をたちされるように
足をのばしひざをまげてと、屈伸をくりかえし
やっと、私の足が自由になると
帰り道は憤怒の思いが口をついてきていた。
「なに、あれ、どういうことよ。
物乞いしなきゃいいってこと?
柿と交換するんだから
物乞いじゃないって?
ほしいあげく、考えた、いいわけ?
よっぽど、ねだってくれたほうがいいわよ。
小手先細工。
ずるがしこい。
みっともないったらありゃしない・・・」
怒りながら、歩いていたのに
涙がぼたぼたおちてきていた。
「なさけない・・・
あんなのがんちゃんじゃないよ。
うそだよう・・・。
あんながんちゃんうそだよ・・」
さっちゃんはずっとだまっていた。
さっちゃんが大嫌いな芋虫におおなきしたあと
がんちゃんは2度とさっちゃんに芋虫をおしつけなかった。
あくたれないたずらやいじわるばかりするけど
がんちゃんなりのけじめはもっていた。
いやがられたら、もう、おなじわるさはしない。
がんちゃんはああみえて、
いじわるしながら、いやがってるかいやがってないか
ちゃんとわかってたんだ。
私もそうだった。
毎日髪の毛をひっぱられても
がんちゃんのことにくめなかったし、
なにも、わるさしないと逆に心配になったりしたし・・。
人の気持ちをなんとなく毛取っているがんちゃんだって
こっちもなんとなくわかっていたから・・・
涙がのどにつまってくる。
だから、進駐軍の狂態をみたときの私の気持ちもわかってくれるとおもったんだ。
だのに、
物ほしいばかりで
なりふりかまわずどころか
えせないいわけにくるめて
ずるがしこい、見栄っ張りなだけじゃないか・・・・。
いつのまにか、さっちゃんとの別れ道にさしかかっていた。
怒りにまみれていつのまにか大きな道を渡りきっていたのにもきがついていなかった。
あとからあとから、おちてくる涙を袖でぬぐいとる私をみつめるさっちゃんの顔色が
心配一色になっていた。
それをみて、やっとわれに返った。
ーこんなに心配してくれるさっちゃんがいるのにー
がんちゃんが私の気持ちをわかっていないなんて、なげかなくていい。
こんなにすばらしい友達がいるんだもの。
誰よりも私のことをわかってくれて、誰よりも親身になってくれる。
さっちゃんの優しさが
私の憤りをほぐしてくれていた。
はからずも
がんちゃんへの失望が
さっちゃんの存在の大きさをおしえてくれたといえる。
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