プロト
「遅かったのね」
先に床についていた私を起こしにきた夫の用事をしながらたずねてみる。
「ああ、部長、おいおい、なきだしてさあ」
「ああ・・・・。無理ないかもね。40年勤めてきたんだものね」
誕生日で定年退職になった部長の送別会を部長宅に招かれてのことだった。
「部長のとこにはよくご馳走になりにいったけどさ。
もう、これで最後だなあって、みんなもらい泣きさ」
「うん・・・で?」
「ああ、帰りに奥さんがな」
剥き終えた柿にフォークをそえて夫の前においたから
「で?」が、この柿はどうしたのとたずねられたと夫にはわかった。
軽い酔いに柿の甘さがちょうどいいのか夫の食べっぷりにあわてて次の柿をむきはじめた。
小さなため息をついて、夫は柿をまっていた。
「もう、あんな人はいないなあ」
公私にわたって部下を慮る。人情家というのだろう。
「俺なんか誰もついてこないぜ」
「もう、今の時代はそうなのよ。仕事をこなして出世して、稼いだ金で家庭を守るのが、精一杯」
「なんか、あじけないよなあ・・」
「でも、そうじゃない人にであってるだけ、・・・・・逆につらいかな?」
「部長みたいな人になれない自分って意味で?」
「ううん。今度、下を見るとき・・・」
「ああ・・・」
殺伐とした人間関係しかしらない若者。冷めた世代といわれる若者に期待をもつ寂しさといっていいだろう。
「せめても、仕事で人の感情を上手に掬い取っていくということがどういうことかみせていくしかないんだろうなあ」
「うん・・・」
うなづいて、剥いた柿を夫の前の皿に置くと私もひとつつまんでみた。
そして、柿の甘さが夫の言葉を反芻させ、
私の脳裏に私の感情を上手に掬い取ってくれたがんちゃんが浮かんでいた。
ちょうど、柿をたべたせいかもしれないと
あのときのがんちゃんのことを思い返していた。
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