ひざまづいていた足がまっすぐのばされるとアマテラスは馬からおりたったその場所にあゆみよっていった。
「にぎはやひ。せめても馳走なりもてなそう」せっかく、はせさんじてきたのだから、夕餉くらいたべていけ。たべたら、朝にはここをいでよ。
言下にしいた追放と見逃しに従うしかない。どのみち、もう、ここにいたとて、なんの役もない。
「わかった」むすりと答えたものの、あたりは漆黒の闇がますますふかまってい . . . 本文を読む
月がのぼりはじめると、海にてりかえした光が辺りいったいを散り染める。ぼんやりと道がうかびあがり、馬の荒い息が波音にかさなりあって、ひずめの音にかきけされていく。
やがて、美穂の浜ちかく、潮の香りがいっそう濃くなった。
と。
人家が立ち並ぶその奥。浜に干された漁網が月光にうかびあがる。美穂の社はもう、目と鼻のさきだった。
社近くになると夜営を張る兵の焚き火がいくつも点在しあがった炎が水面に朱 . . . 本文を読む
ただ、たんによばれなかったからでてこぬだけなのか。
ーいや、それはない。ー
虜囚とまではいかぬかもしれぬが、囚われの身にはまちがいない。で、あらば動き回る自由を与えたアマテラスにせめても礼儀があろう。きこえぬふりなどでやりすごすわけがない。父、おおなもちの死に、我をうしのうてしもうたか。
が、ことしろぬしがそこらを自由にうごきまわっているといってみほすすみにも自由をゆるされているとはかぎらな . . . 本文を読む
出立の浜はこの先の暗雲ひとつ、匂わすことなく青い海原が朝日にきらめいていた。
「いくがいい」客人を見送るがごとくに浜までやってきたアマテラスはにぎはやひに柔らかな笑みをみせていた。
にぎはやひの命をうばうこともなく、こちらのいいぶんをきいて墓所までつれていきいつ、なんどき、にぎはやひが刀をぬくかとおそれることもなく、たった一人で相対してみせ寝場所をあたえいまは、 . . . 本文を読む
海流にのった船が糸魚川にたどりつくのは易かった。が、それが、いっそう、にぎはやひを不安にさせていた。
船の中でなんども、アマテラスの船がおいついてきはしないか艫に立った。
アマテラスはすぐにでも、奴奈川にせめいってくることだろう。同じように海流にのれば、にぎはやひがぬながわひめの元にたどりつくまえに一戦、まじえることになるかもしれない。
敵は統率がとれているばかりでない、日の神を擁立している . . . 本文を読む
どう見ても兵ではない。
ぬながわひめを護ろうと決起した奴奈川の民である。
胸に携えた鏡を高く掲げ恭順の態をみせながら
にぎはやひの胸中は複雑なものになっていた。
すでに、おおなもちの訃報は伝えられている。
と、考えてよいだろう。
当然、アマテラスが奴奈川を掌握しにやってくる。
翡翠の霊力をあやつる巫女はいまや、
どれほどの兵力を結集できるか。
わずかながらも尽力しようと民・百姓ま . . . 本文を読む
もう一度、にぎはやひは言い直した。
「みほすすみから、伝言をことずけられている。
それをつたえねば、ひきかえすわけにはいかない」
ぬながわひめに直接つたえる話であると気取ると
頭をさげた男はなにか、じっと考え込んでいた。
「通すのか、通さぬのか?
通さぬとならば、お前たちはぬながわひめの臣下ではあるまい」
にぎはやひの言葉に男の肩がふるえた。
意を決したか、男はしゃべり始めた。
. . . 本文を読む
何も答えられぬ男の横をすりぬけて
にぎはやひは、やはり、ぬながわひめの元へ歩もうとする。
「にぎはやひさま!」
それでも、とめようとする男になにを言えばいいだろう。
「のう、後世につたえたい。姫のお徳をきざみたいという心もわからぬではないが
この先、アマテラスがどうなるかもわからぬ。
アマテラスのような男がまたもあらわれ、
スサノオやおおなもちを粛清したように
アマテラスの名前なぞ . . . 本文を読む
静かに深く頭をさげる、その頭の前に二つの手がある。
慇懃すぎる礼に、かける言葉をうしなう。
「ありがとうございます」
姫の声はいくぶんか、年をひろったか
かぼそく、はりもない。
ゆっくりと顔をあげる姫はにぎはやひに痛い。
「くうておるのか」
おもやつれしていっそう年老いてみえる。
「おおなもちが悲しもうに」
いわれずとも十分にわかっていることでしかない。
だが、身体をいとうてく . . . 本文を読む
口を結び、黙りこくり、
もう3里もあるいたか。
奴奈川の館をあとにして、
来た道を戻るにぎはやひは、一言も発そうとしない。
大和に戻る。
それだけを言ったのは、もう何刻前のことだろう。
・・・・・
あのときのやるせない思いが今もにぎはやひに去来する。
戻り道でアマテラスにでおうたら、
その首、かっさばいてやると思うていた。
それが、どういう戦法をとったか、
ア . . . 本文を読む