月がのぼりはじめると、
海にてりかえした光が辺りいったいを散り染める。
ぼんやりと道がうかびあがり、
馬の荒い息が波音にかさなりあって、
ひずめの音にかきけされていく。
やがて、美穂の浜ちかく、
潮の香りがいっそう濃くなった。
と。
人家が立ち並ぶその奥。
浜に干された漁網が月光にうかびあがる。
美穂の社はもう、目と鼻のさきだった。
社近くになると
夜営を張る兵の焚き火がいくつも点在し
あがった炎が水面に朱をまたたかせた。
その様子で野営の陣が岸辺近くにいるとわからせた。
いまや、攻め入ってくるものも、なく
引き上げの号令を待つだけの兵は
大きな炎の照り返しをうけていた。
用心をも焚き火の薪にかえたようだった。
その兵達があわててたちあがると、
アマテラスの馬が通りすぎるまで
じっと立ち尽くしていた。
「ここだ」とアマテラスにしめされ、社の門をくぐるより先に
にぎはやひは少し悲しい声でアマテラスをたたえるしかなかった。
「ように、統率がとれておる」
兵のさまをいう。
いっせいにたちあがり、アマテラスへの敬意をあらわすとともに
アマテラスの無事をわが目で確かめる。
強要でもなく、畏怖からでもない、敬慕に近い情からの
自然な行動に見えた。
すくなくとも、兵には忠誠を誓えるアマテラスたりうるのだろう。
社ちかくまで馬をひきいれるとそこで馬をとめた。
すぐさまに兵がかけよってきて、厩に連れて行く様子だった。
「ようはしってくれたの」
馬からおりると、アマテラスは馬の鼻面をなで労をねぎらった。
ーこ・・これかー
馬にまで細やかな心配りをみせるアマテラスであらば
いわんや、人にはと思わされる。
スサノオを、おおなもちを惨殺した男とはおもえないうらはらが
意外すぎたが、
細やかな心配りゆえに、多くの人がアマテラスに魅了されたのかもしれないと思えた。
ー付け焼刃の君臨ではないということかー
このとき、にぎはやひははじめてアマテラスをおそろしいとおもった。
同時にこの男を敵にまわして勝ち目がないと悟った。
「ことしろ」
大きな声で社の中のものをよぶ。
あらわれたことしろぬしに
「なにか、くわせてくれぬか」
と、これまた、童のようにせがむ。
ーいったい、どうなっているのかー
ごく親しいものにあまえるかのようである。
なれなれしいといえばそれまでだが
この気安さこそがアマテラスの願いをかなえてやりたくなる衝動をうむ。
子供のように邪気なく人とせっするは
アマテラスの素の顔なのかもしれない。
不思議の面持ちでアマテラスをみやっていたにぎはやひだったが
ーあ?え?-
ことしろぬししか、現れなかったと気が付いた。
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