俺。
こんな昼間に
それも、こんな繁華な場所に存在しているのが、
ふさわしくない浮浪者。
駅前のロータリーを利用して作られたこの公園は
駅の両肩をつなぐ、近道だから、
けっこう、通り抜ける人間が多い。
その公園のベンチに俺は寝転がってる。
傍らを通り抜ける人間は
浮浪者の俺から、出来るだけ離れて、
通り過ぎてゆく。
鬱陶しい存在だろう。
うろんな存在だろう。
見るも汚い。
見なかったことにしようと
足早に遠ざかる人達。
向かい側のベンチは
俺の存在のせいで、
誰にも座られずに、
秋の陽だまりの中で
ぬくもっているだろう。
本当ならそこに腰掛けて
ハンバーガーをぱくつくだろう人間も
眼の中の風景に余計者がいるだけで、
其の場所をさけてゆく。
だけど、
足早に通り過ぎる人間が
一同に
俺の寝転がるベンチの下を凝視してゆく。
そして、俺をはすかいに見ると、通り過ぎてゆく
かかわりたくない。
そんなふうにいそいでゆく。
ベンチの下に、何かある。
その何かと浮浪者の取り合わせが
異質なんだろう?
子猫でもすてられているか?
子犬でもねそべっているか?
浮浪者の持ち物にふさわしくない
余りに可愛いペット。
ありえない取り合わせ。
どうせ、そんなとこだろうと、
俺は頓着なしに陽だまりのベンチで、
仮眠をむさぼっていた。
俺の胸の中の陽だまり・・・・2
日差しがななめになりすぎると、
駅の建築物が影をつくりだし、
俺はちょっと、肌寒さをおぼえて、
やっと、うすめをあけた。
うすめをあけて、大きな伸びをひとつすると、
ベンチに座りなおした俺にあいかわらず
眉をひそめて、とおりすぎて行く人たち。
なのに、これも、あいかわらず、
ベンチの下をかすめみて、
俺をみつめなおしている。
まだ、いぬっころがいるのかと、
俺はベンチの下を覗き込んだ。
そこに、犬ころなんかいなかった。
かわりに、あったのは、
厚ぼったく膨れ上がった
紳士物の黒い財布だった。
なるほどな。
どうりで、通行人は俺と財布をみくらべるわけだ。
それにしても、
分厚い財布。
其の中が1万円ばかりだったら、
裕に30~40万ははいっているだろう。
1万や2万の金なら、
俺もまよいもせず、ポケットにおしこむだろう。
だけど、
こりゃあ、落とした人間もこまってるんじゃないか?
何かに使う金じゃなかったのか?
くすねるには、多すぎる金がはいってるだろう財布を
みつめ、
俺は考える。
警察にとどけてやろうか・・・・。
だが、
警察はやっかいだ。
金の事はおいといて、俺の身元をといあわせてくるだろう。
問い合わせには適当にこたえたとしても、
ポリ公は俺の顔を、
家出人捜索願と照合しだすだろう。
家出人捜索ファイルと検証されたら、
俺はまずいんだ。
そうでなくとも、
その財布をどうした、こうしたと、うるさくきつもんされ
あげく、
良く届ける気になったなと、
ほめるべき所に嘲笑をあびせられる。
「ふっ」
馬鹿な連想に俺は一人笑いをうかべていた。
だいいち、警察にとどけることすらできもしない。
今、此処で俺が財布に手をのばしたら、
あんなに遠巻きに俺をさけていた通行人が
最初にねじこんでくるんだ。
「あなた、それ、どうするき?」
「君、財布をひろって、どうする気だい?」
どいつもこいつも、
俺が財布をひろっただけで、めくじらをたて、つめよってくるんだろう。
俺がどうする気か?
其の答えを聞く気なんかあるわけがない。
盗むに決まってるときめつけられるだけさ。
浮浪者は財布を拾うことすら
罪になるんだぜ。
ぬれぎぬをきせられ、
俺はこそ泥にしたてあげられる。
そんな風な脅威をかくしもちながら、
分厚すぎる財布は
突然、
俺の中で大きく存在を主張しはじめていた。
俺の胸の中の陽だまり・・・・3
俺はたった一つの財布に翻弄されている。
俺がこの場所からたちされば、
俺の存在のお陰で此処にあった財布は
「誰か」のてにひろわれるだろう。
その誰かが誰になるだろう?
ゲームセンターに遊びに行きたい若者か?
良識あるだろう、サラリーマンか?
誰の手に渡るかわからないなら、
いっそ、俺が拾ったほうが早いってとこだが、
そうも行かない。
俺がひろえば、なにか、いいわけが必要になる。
盗むんじゃない。
警察に届けるんだ。
こんないいわけをしながら、ひろいあげて、
俺はどうする?
俺は警察なんかにいくのは、非常にまずいんだ。
だったら、
迷いながら、俺は財布をてにして・・・。
どうししようもなくなって、
結局、我が物にするしかないだろう。
だったら・・・。
はじめから、さっさと
我が物にすれば、話が早いってことだが、
そこが、
俺は浮浪者だ。
かんたんには、自分の懐にしまいこめはしない。
だいいち。
俺はこんな、欲得づくがいやで、
家をとびだし、
会社をやめて、
金なんて、ものにしばられないだろう生活を選んだんだ。
最低限度。
生きてゆく糧があればいい。
だから、この財布の中から、
もし金をぬきとるなら、
1,2万円でいい。
あとはよぶんだが・・。
俺の心はベンチの下の財布に支配されてゆく。
「それでも4,50万あれば、俺は新しい服をかって、
豪華なものを食べ、
豪華なホテルにとまれる、
バカンスをあじわうこともできる」
どの道、拾った金だ。
おもいきり、散財するのもよかろうか?
財布一つが俺の日常を乱し始める。
ほしくもある。
困った顔の財布の落し主もうかびあがる。
俺の心は千路にみだれてゆく。
(なさけねえよな。欲得ひとつに、自分をみうしなう。
貴方、盗むきでしょう?
と、つめよってくる、人間と俺。
どこもかわらねえじゃないか?)
だけど、どうせ、浮浪者。
どうおもわれたって、
どうおちたって、
かまわしない・・・。
俺の胸の中の陽だまり・・・・おわり
俺はベンチにすわったまま、
あしもとの財布に手をのばそうと、した。
途端に人波がとまる。
俺に向けられる注視。
「ふっ」
笑えてくる。
俺がいるから、この財布は
誰も手を伸ばさず
ここにあるんじゃないか?
其の俺が財布を拾いかけたら、
これかよ?
浮浪者が、財布を盗む。
浮浪者は盗人で、
盗人は浮浪者か?
ばからしい。
俺は、偏見をうちやぶることもできず、
かといって、
財布をすておいて、ここをたちさることもできない?
俺が、いちばん、ばかばかしい。
くだらないきめつけの目にうちのめされ、
財布一つに翻弄され、
俺は本当の泥棒になりかけていた。
財布なんぞ、どうとでもなれ。
俺の心が、財布ひとつに、盗まれてる事のほうが
重大問題だ。
やっと、憑かれた思いをふるきると、
俺はその場を立ち去ろうと決めた。
ここにいるかぎり、
俺は盗人になる浮浪者としか、みられないんだ。
なにも、そんなところに、自分をいじましくおいといて、
あげく、
まるで、自分のもののように、
財布をどうやって、ひろいあげるかなんて、考え出す。
俺はおもいきって、
その場を立ち上がった。
そして、わずかにベンチから、はなれ、ねぐらにかえろうと、
足をふみだそうとした、其のときだった。
なおも、俺をみつめる人の波も俺の動きにあわせて、動き出す。
自分たちだって財布なんかいらないんだ。
貴方が罪を犯さないか、心配だったんだ。
と、いわんばかりにさ。
その時だったんだ。
母親に手を引かれた5,6歳の女の子だった。
俺の傍にかけより、
財布をひろいあげると、
「おじちゃん。財布をおとしたよ」
俺に女の子はにゅっと財布をつきだしたんだ。
無垢なひとみは、
俺がそんなぶあつい財布をもつことのできる人間かどうかなぞ、量ることを知らない。
だけど、
逆に
俺が不審な浮浪者だという偏見も持ってない。
「ううん。これな、おじちゃんのものじゃないんだよ。
よかったら、おじちゃんのかわりに
警察にとどけてくれないかな?」
女の子はすこし、首をかしげた。
俺はすぐにつけくわえた。
「おじちゃんは、用事があって、すぐ、かえらなきゃなんないんだ」
おじちゃんの用事をことづかっていいか?と、
たずねるように、女の子は母親をふりかえった。
俺は
「おねがいします」
と、母親に頭をさげた。
一瞬戸惑った母親が、
「あなたが、とどければ・・・」
と、俺にいいだしてくれるのを、聞き終えると、
俺はそのまま
歩き始めた。
ねぐらの鉄橋の下のダンボールハウスは、
いつものように寒いだろう。
だけど、俺の胸の中で、
女の子のくれた、ぬくもりが、
俺をまちがいなくあたためてくれるだろう。
「おじちゃん。とどけるからね」
女の子の声を背中にうけて、
俺の足取りはなんだか、
とてもはずんだものになっていた。
日差しがななめになりすぎると、
駅の建築物が影をつくりだし、
俺はちょっと、肌寒さをおぼえて、
やっと、うすめをあけた。
うすめをあけて、大きな伸びをひとつすると、
ベンチに座りなおした俺にあいかわらず
眉をひそめて、とおりすぎて行く人たち。
なのに、これも、あいかわらず、
ベンチの下をかすめみて、
俺をみつめなおしている。
まだ、いぬっころがいるのかと、
俺はベンチの下を覗き込んだ。
そこに、犬ころなんかいなかった。
かわりに、あったのは、
厚ぼったく膨れ上がった
紳士物の黒い財布だった。
なるほどな。
どうりで、通行人は俺と財布をみくらべるわけだ。
それにしても、
分厚い財布。
其の中が1万円ばかりだったら、
裕に30~40万ははいっているだろう。
1万や2万の金なら、
俺もまよいもせず、ポケットにおしこむだろう。
だけど、
こりゃあ、落とした人間もこまってるんじゃないか?
何かに使う金じゃなかったのか?
くすねるには、多すぎる金がはいってるだろう財布を
みつめ、
俺は考える。
警察にとどけてやろうか・・・・。
だが、
警察はやっかいだ。
金の事はおいといて、俺の身元をといあわせてくるだろう。
問い合わせには適当にこたえたとしても、
ポリ公は俺の顔を、
家出人捜索願と照合しだすだろう。
家出人捜索ファイルと検証されたら、
俺はまずいんだ。
そうでなくとも、
その財布をどうした、こうしたと、うるさくきつもんされ
あげく、
良く届ける気になったなと、
ほめるべき所に嘲笑をあびせられる。
「ふっ」
馬鹿な連想に俺は一人笑いをうかべていた。
だいいち、警察にとどけることすらできもしない。
今、此処で俺が財布に手をのばしたら、
あんなに遠巻きに俺をさけていた通行人が
最初にねじこんでくるんだ。
「あなた、それ、どうするき?」
「君、財布をひろって、どうする気だい?」
どいつもこいつも、
俺が財布をひろっただけで、めくじらをたて、つめよってくるんだろう。
俺がどうする気か?
其の答えを聞く気なんかあるわけがない。
盗むに決まってるときめつけられるだけさ。
浮浪者は財布を拾うことすら
罪になるんだぜ。
ぬれぎぬをきせられ、
俺はこそ泥にしたてあげられる。
そんな風な脅威をかくしもちながら、
分厚すぎる財布は
突然、
俺の中で大きく存在を主張しはじめていた。
俺の胸の中の陽だまり・・・・3
俺はたった一つの財布に翻弄されている。
俺がこの場所からたちされば、
俺の存在のお陰で此処にあった財布は
「誰か」のてにひろわれるだろう。
その誰かが誰になるだろう?
ゲームセンターに遊びに行きたい若者か?
良識あるだろう、サラリーマンか?
誰の手に渡るかわからないなら、
いっそ、俺が拾ったほうが早いってとこだが、
そうも行かない。
俺がひろえば、なにか、いいわけが必要になる。
盗むんじゃない。
警察に届けるんだ。
こんないいわけをしながら、ひろいあげて、
俺はどうする?
俺は警察なんかにいくのは、非常にまずいんだ。
だったら、
迷いながら、俺は財布をてにして・・・。
どうししようもなくなって、
結局、我が物にするしかないだろう。
だったら・・・。
はじめから、さっさと
我が物にすれば、話が早いってことだが、
そこが、
俺は浮浪者だ。
かんたんには、自分の懐にしまいこめはしない。
だいいち。
俺はこんな、欲得づくがいやで、
家をとびだし、
会社をやめて、
金なんて、ものにしばられないだろう生活を選んだんだ。
最低限度。
生きてゆく糧があればいい。
だから、この財布の中から、
もし金をぬきとるなら、
1,2万円でいい。
あとはよぶんだが・・。
俺の心はベンチの下の財布に支配されてゆく。
「それでも4,50万あれば、俺は新しい服をかって、
豪華なものを食べ、
豪華なホテルにとまれる、
バカンスをあじわうこともできる」
どの道、拾った金だ。
おもいきり、散財するのもよかろうか?
財布一つが俺の日常を乱し始める。
ほしくもある。
困った顔の財布の落し主もうかびあがる。
俺の心は千路にみだれてゆく。
(なさけねえよな。欲得ひとつに、自分をみうしなう。
貴方、盗むきでしょう?
と、つめよってくる、人間と俺。
どこもかわらねえじゃないか?)
だけど、どうせ、浮浪者。
どうおもわれたって、
どうおちたって、
かまわしない・・・。
俺の胸の中の陽だまり・・・・おわり
俺はベンチにすわったまま、
あしもとの財布に手をのばそうと、した。
途端に人波がとまる。
俺に向けられる注視。
「ふっ」
笑えてくる。
俺がいるから、この財布は
誰も手を伸ばさず
ここにあるんじゃないか?
其の俺が財布を拾いかけたら、
これかよ?
浮浪者が、財布を盗む。
浮浪者は盗人で、
盗人は浮浪者か?
ばからしい。
俺は、偏見をうちやぶることもできず、
かといって、
財布をすておいて、ここをたちさることもできない?
俺が、いちばん、ばかばかしい。
くだらないきめつけの目にうちのめされ、
財布一つに翻弄され、
俺は本当の泥棒になりかけていた。
財布なんぞ、どうとでもなれ。
俺の心が、財布ひとつに、盗まれてる事のほうが
重大問題だ。
やっと、憑かれた思いをふるきると、
俺はその場を立ち去ろうと決めた。
ここにいるかぎり、
俺は盗人になる浮浪者としか、みられないんだ。
なにも、そんなところに、自分をいじましくおいといて、
あげく、
まるで、自分のもののように、
財布をどうやって、ひろいあげるかなんて、考え出す。
俺はおもいきって、
その場を立ち上がった。
そして、わずかにベンチから、はなれ、ねぐらにかえろうと、
足をふみだそうとした、其のときだった。
なおも、俺をみつめる人の波も俺の動きにあわせて、動き出す。
自分たちだって財布なんかいらないんだ。
貴方が罪を犯さないか、心配だったんだ。
と、いわんばかりにさ。
その時だったんだ。
母親に手を引かれた5,6歳の女の子だった。
俺の傍にかけより、
財布をひろいあげると、
「おじちゃん。財布をおとしたよ」
俺に女の子はにゅっと財布をつきだしたんだ。
無垢なひとみは、
俺がそんなぶあつい財布をもつことのできる人間かどうかなぞ、量ることを知らない。
だけど、
逆に
俺が不審な浮浪者だという偏見も持ってない。
「ううん。これな、おじちゃんのものじゃないんだよ。
よかったら、おじちゃんのかわりに
警察にとどけてくれないかな?」
女の子はすこし、首をかしげた。
俺はすぐにつけくわえた。
「おじちゃんは、用事があって、すぐ、かえらなきゃなんないんだ」
おじちゃんの用事をことづかっていいか?と、
たずねるように、女の子は母親をふりかえった。
俺は
「おねがいします」
と、母親に頭をさげた。
一瞬戸惑った母親が、
「あなたが、とどければ・・・」
と、俺にいいだしてくれるのを、聞き終えると、
俺はそのまま
歩き始めた。
ねぐらの鉄橋の下のダンボールハウスは、
いつものように寒いだろう。
だけど、俺の胸の中で、
女の子のくれた、ぬくもりが、
俺をまちがいなくあたためてくれるだろう。
「おじちゃん。とどけるからね」
女の子の声を背中にうけて、
俺の足取りはなんだか、
とてもはずんだものになっていた。
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