憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・32

2022-12-18 12:36:57 | お登勢

大森屋の奥に入れば、
腹が減ってるだろうと
徳冶がたずねるより先に
晋太への飯とおかずが給仕されてくる。
「いけたよな?」
と、酒を注文した後に
晋太を振り返る徳治の気配りも深い。
「お登勢ちゃんの分もたのんである。
折りにつめるようにいってあるから、
帰りにもらっていってやってくれ」
それでゆっくり喋れるという按配で
徳冶が用件を切り出し始めた。
「お登勢ちゃんからも、聞いていることと思うが・・」
と、徳冶が言い出した言葉に
晋太がかぶりをふった。
「いや、おおかたの察しはついているが、
お登勢からはまだ何も聞いていない」
ぐうと、徳冶の顎がひける。
「な?なんにも、きいてないのか?」
「ええ。これから、聞こうとおもってるんです」
晋太の返事にいささかのじれったさが見える。
それが、多少の切り口上を生んでいる。
お登勢から聞いてるだろうとあてこんで、
話をしようというまわりくどさが、
徳冶の用件を薄っぺらなものに感じさせているに違いない。
お登勢に聞いてなければ
話にならない話に付き合ってられない。
それくらいなら、さっさと、お登勢の元に帰って、
お登勢の話を聞いたほうが良い。
よほどそっちのほうが大事だと晋太の返事がいかってる。
「そうか・・・。
だったら、初めから話さなきゃならないとこだろうけど、
晋太。おまえ、何処までさっしてる?」
たずねられた言葉にまた、むっとした晋太がいる。
こっちがどう?お登勢がどう?
そんなことをたずねたいのが先か?
物事、話立ての順番が違う。
「若頭。俺は若頭が何を言いたいのか、
さっぱり、判らない。
その上に、若頭がたずねる事に
なんで、答えなきゃならないか判らない。
わざわざ、呼び出して
お登勢が話したか?
俺が何処までしってるか?
何の必要がある?」
ぐうと詰まりきった徳冶であるが、
晋太の言い分はわかる。
「そうだな。俺が妙に構えちまったんだ。
俺はお前がお登勢ちゃんの兄だと聞かされていたんだ。
ところが・・。
姉川でのことをきかされて、
お前がお登勢ちゃんと兄妹とじゃないとしったんだが・・・。」
「若頭・・・。ちょっと、落ち着いてはなしてくれませんか?
まず、第一に
なんで、俺とお登勢が兄妹だとか・・。
そうじゃないとか、
ましてや、姉川のこと・・・。まで、
なんで、若頭が突付き回るような真似をなさる?
確かに俺は井筒屋の奉公人だし、兄弟子で頭である、
徳冶さんが、何をどうしようと
文句を言える筋合いじゃないけど、
そこまで、人の事に踏み入るにはふみいるわけがあるでしょう?
そこをはっきりさせないで、
上っ面の話をしようっていうなら、
申し訳ないけど、俺帰りますよ。埒があかなさすぎる」
十年以上、側にいて、寝食共にした晋太とは、
預かり知らぬ晋太を見た。
お登勢という存在が一つ、入っただけで、
今までなら、黙って見過ごした徳治のあるいは驕慢に
見える態度さえ曖昧に流さない晋太が居た。
いつもの徳冶なら
此処で晋太を怒鳴りつけている。
だが、徳治の底のお登勢への思いが徳治を堪えさせていた。
晋太はお登勢を守り抜く気でいる。
徳冶がお登勢の事情を知っているという事で
徳冶のお登勢への感情がいかなるものであるかは
晋太だって判っている。
だからこそ、
曖昧でいい加減な態度でお登勢に対してゆくなら、
許さないという晋太なのだ。
俺の気持ちがわかるだろうから、
一歩踏み込んだ話をしても通じるだろう。
と、いう徳冶の馴れ合いを許さない晋太なのだ。
徳冶の気持ちをはっきり晋太に見せもしない徳治の話を応々と聞く事は
お登勢に対しての気持ちを曖昧にしか表さない徳冶を許す事につながる。
それは、また、お登勢という人間を簡単に考えることでもある。
そんな風にお登勢に誠を尽くして行けない男の話は
もとより、聞く気がない。
それも、又、晋太の護り方であり、
お登勢に本物を渡してやりたいという情愛である。
だからこそ、
まず晋太の認めを得なければ、
肝心のお登勢も徳冶を認めないだろうと思えた。
ところが、その晋太が一筋縄でゆかない。
「すまなかった。
まず、俺の気持ちからはなすべきだった」
素直にわびる徳冶に晋太の固い表情が緩んだ。
およそ、人に
ましてや、奉公人に。
ましてや、年下に。
頭を下げることなどなかった井筒屋の総領が
頭を下げるほどに
お登勢を真剣に思いつめている。
「俺は今日、お登勢ちゃんを嫁に貰うために
木蔦屋に仲人を立てて、話にいってもらったんだ」
「なるほど」
晋太がうなづくと
「それで、お登勢がでていったとわかった。
そして、お登勢の姉川でのこともきいた。
そういうことですね。
若頭のお登勢への気持ちはわかりました。
で・・・。
私にどうしろというのですか?」
まさか、嫁をもらおうかという年齢の男が
晋太を頼って
お登勢を承諾させてくれということではあるまい?
「もちろん、お登勢ちゃんには俺から話を持ってゆきたいと思っている。
だが、木蔦屋を飛び出したお登勢ちゃんの心中を思うと
うかつにお登勢ちゃんに会いに行くことも出来まい」
「確かに・・・。
おっしゃる通りでしょう。
お登勢は木蔦屋夫婦のことを考えて
飛び出してきたんだと察しをつけていますが、
飛び出してきたお登勢が、木蔦屋と縁を切ったからと
そ知らぬ顔で若頭との縁を結ぼうとは考えないでしょう」
晋太にいわれてみれば、
なお、いっそう、この先のお登勢が見えてくる。
「だから・・・。
お前に縁をとりもってもらいたいと・・・」
軽くうつむいた顔を上げなおすと、
晋太は首を振った。
「若頭には、もうしわけありませんが、
若頭は自分の幸せしか考えておられません。
そんな若頭にお登勢との縁をとりもつことは、
私にはできません」
絶句。
徳冶はそれだけである。
なんで?
自分の幸せしか考えてないといえる?
どこが、そういう事になる?
この先、お登勢が徳冶と縁を結ぶことが出来れば、
お登勢だって幸せになれる。
黙りこくった徳冶に晋太がいさめる。
「お登勢は、いつも、自分のことは後回し。
いつも、人様に
人様に・・・それが先になる、そういう娘ですから・・・
今とて、逃げ出してきたことで、
家の中から一歩も外に出れない状態でいます。
これさえ、解決できないお登勢では、
お登勢に幸せは来ません。
若頭はお登勢を嫁に貰えば、
それで、万事が解決すると考えてらっしゃるのでしょうが、
それは形だけのことで、
お登勢の中身は不幸なままです。
それにきがつかない、
若頭だから、自分の幸せしか考えてないといいます」
徳治が考えてみたとて
考えつきもしない別の見方が晋太にはある。
「ど、どういうことだろう?」
どこまでも、お登勢のさいわいを考える晋太にしか、
見えないお登勢がある。
己という人物の器量、度量のなさに
へこみそうになる気持ちを押さえ、徳治は
もう一度、
晋太に頭を下げるしかなかった。
「どういうことだろう・・・。
俺にわかるようにおしえてもらえまいか・・」
徳冶の真剣なまなざしを見つめた後、
晋太はおもむろに話し始めた。
「まず、お登勢が来たことで
出てゆくしかないお登勢の事情があると考えます。
明け方にこっそり、抜け出してくるしかない事情。
お登勢の部屋に忍び込んだ男が
誰であるか、誰にも言えない。
仮にそれが奉公人の誰かであれば、
お登勢はこっそり、女将に相談するでしょ?
そうすれば、主人に内密にするから、心入れ替えて
お商売に励んでくれ。
そういえるんじゃないですか?
ところが、それが言えない相手。
釘を刺しておくことも出来ない相手。
木蔦屋の身上を好き勝手に出来る人間だからこそ、
お登勢の身の上も追い詰められる。
男は木蔦屋の旦那に違いないと思えました。
その上、お登勢は黙って飛び出してきているんでしょう
じゃなきゃ、
俺のところから、通いにすればいいんだから・・。
そういう段取りをつけてくるだろうに、
それも出来ない。
こうなったら、
女将に事実を話せるかというと、
話せない。
女将が事実に気が付いているなら、
お登勢に亭主を寝取られまいと、
さっさと、お登勢を追い出すだろうから、
明け方なんかの刻限にお登勢がでて来るのもおかしい。
俺なりに色々、考えると
お登勢にわるさを仕掛けようとしていた男は
木蔦屋の旦那って事になる。
そして、
そのことがある限り、
たとえ、お登勢が若頭と所帯を持ったとしても
いつも、心の中で
木蔦屋夫婦のことを考え、
ため息をつくだけになる。
お登勢の事だから、
女将に本当のことを知らせまい。
自分さえいなければ
それで事が収まると思って出てきてもいるんだろうけど、
そりゃあ、そうはいかない。
なぜならば、木蔦屋夫婦の間には
既に何らかの溝があって、
その溝をお登勢で埋めようとしたのが元だと思う。
お登勢がいなくなっても
夫婦の間に溝がある以上、
それを解決させずにお登勢は逃げ出すしかなかった。
その痛みがお登勢について回る。
もっと、いってしまえば、
お登勢の事を諦めたとしても
木蔦屋の旦那は他の女に手を付けるだろう。
それが、発覚したとき
お登勢は何も言わずに木蔦屋を出て行った自分を悔やむ。
喋れるようになったって
心はおしのままだ・・。
夫婦が夫婦の按配良い場所に座っていない不安をだきかかえたまま、
お登勢は幸せだといえるだろうか・・・」
「晋太・・。お前のいう事は良く判る。
だけど、お登勢ちゃんが、木蔦屋夫婦に
意見なぞ、出来る立場じゃないじゃないか?
たとえ、事実を女将に話したって、
亭主に裏切らせる切欠を作ったお登勢ちゃんとしか、
思いやしないだろう?
お登勢ちゃんに
自分の亭主の紐をしっかり握ってなさいと
いわれてるみたいなもんだから、
女将にすれば、盗人たけだけしいという思いになるだけじゃないか・・・」
「いっそ、そのほうがよかったんじゃないんですか?
綺麗に表面をつくろって、溝のある不幸な夫婦でいるより、
どんなに、お登勢が憎まれても
夫婦がしっくり、いくようになれば、
お登勢にはその方が本望と考えるべきでしょう。
お登勢は・・・。
姉川の事件から・・・。
自分を出してゆくことが出来なくなっている。
人に憎まれることが恐ろしくて、
自分を殺して、
人さまの気持ちを波立たさなければ、
万事、うまくいく。そして、今まではそれで巧くいってた。
だけど、本当の本当。
人様のために自分が憎まれても、いいくらいに、
お登勢は自分を出して、
本当の自分の底を幸せにする勇気がなくなっている。
そんな、お登勢だから、
若頭がお登勢を望んでゆけば、
若頭の気持ちにこたえようとするだろう。
でも、それは、お登勢が自分から、望むものじゃない。
お登勢の気持ちを本当にほしいなら、
木蔦屋夫婦のことから、
自分を出してゆくお登勢に変えてゆかなきゃ、
お登勢は自分の気持ちから自分の幸せを掴むってことが
身に付かない。
若頭は
そんな・・・からくり人形のようなお登勢でいいですか?
そして、
何よりも、このままじゃ、
お登勢が幸せになれない」
「じゃあ・・」
どうすればいいと、いうんだ?と、
晋太にたずねる口を徳治はとざした。
晋太には、何か、考えがある。
そう思ったからだ。



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