教授はパソコンのパスワードをログインするために、私の前にたち、教授の書斎に案内してくれた。
8畳の書斎の壁際は、天井まである本棚達に占領され、出窓に向けておかれた机が本棚の城兵にとりかこまれ、ひっそりちじこまり、その上にパソコンが置かれていた。
パソコンがたちあがると、私は精神病を検索にかけた。私の知らないことが多すぎて、自身、整理がつかなかった。PSTD,境界異常、二重人格、幻覚、妄想、うつ病、アンダーチルドレン、双極性障害、解離性障害・・・・。
など、通り一遍の症状解説だけでは、瞳子の行動を理解できるものではなかった。それでも、2,3、私の中でひっかかるものがあった。
ひとつは逆説的症状であるが、レイプや虐待などにより、精神状態がゆがむと自分側からサービス行動を起こしたり、性的虐待など、長い間、繰り返されていると、その環境から救い出されたり、逃れることができたにかかわらず、自ら売春行為に走るなど・・・
自分の存在価値と意義と安定感が性行為でしか肯定、確認できなくなってしまう、と、いう異常をきたす。
これは、瞳子にもすこし、あてはまるのではないのだろうか?
瞳子は人格も尊厳もふみにじられ、「女」という「性」にいびつな付加価値を得ようとしている。
性を恐れているのも事実だが、なにもかも崩れ去ってしまった瞳子は、自分を崩れ落としてしまうほどの強大な性の威力に圧倒されてしまったのかもしれない。
もうひとつは精神科医に対してというべきだろうが、「人間」への信頼、自分の存在価値が希薄になった患者の心を開くことは難しいが、
逆に、一切を受け入れられなくなっている患者がいったん、心を開くと、患者は精神的依存を見せ始める。
これが、先にあげたように、「性行為」で自分の存在価値を見出そうとしている患者だったりした場合、
その依存が示す好意は「性行為」を求めるという形をとりかねない。
患者側は心を開き、依存するほど、医者を頼るのだから、その姿勢は一種、ひたむきな恋心ににているため、
精神医側も、その姿勢に惑わされ、簡単に言えば、誘惑に逆らえず、男女の一線を越えてしまうという事もありえる。
そのくらい、患者は、いったん、心を開くと極端にかたよった「頼りと依存」を見せ始める。
これも・・すこし、瞳子にあてはまる気がする。
ネットを検索すれば、いっそう、現実の瞳子の状態に合致しない解説や症状を、あてずっぽうに当てはめてみようとしているだけに過ぎなくなる。
やはり、心療内科などで、適切な対処をケースバイケースでたずねて見なければわからないと思った。
そういえば・・・。
「教授・・・精神化の治療は続けているのですか?」
当初、異性を恐れ、半狂乱だった瞳子のために女医に往診を頼んだといっていたくらいだから、それなりの処置は聴くまでもないことではあると思った。
だが、案に相違して教授は首を振った。
「瞳子を覚醒させたら・・責任が負えないといわれたんだ。簡単な安定剤のようなものは処方してくれて、それは、家内が上手に瞳子をなだめて飲ませてくれているよ。だけど、根本治療は・・・」
教授の言葉が止まった。
「どうなさったんですか?」
黙りこくる教授の顔が青ざめていた。
「根本治療は瞳子を正常にもどすためのものだが、それは、自分におきた事件を認識させるということでもあるんだ。
事件の忘却や人格の分裂は事件を認知しないための瞳子の防御なんだ。
それを・・無理に人格や記憶を統合させたら、瞳子は本当の狂人になりかねない。
そんな危険なことはできない。瞳子の恐怖を思ったら今のままのほうが幸せなのかもしれないんだ」
私は教授の説明をききながら、治療法の項目や病院の治療紹介などを検索してみた。
何らかの方法があるんじゃないか?薬物でおさえるだけじゃなくて、恐怖を与えない方法で人格を統合させていく方法・・
恐怖をこえていくための精神的訓練?とか、なにか、あるはずだと思っていた。
画面を見つめていた私の目に「女性だからこそわかる・・」というフレーズが飛び込んできた。
確かに、瞳子のように、男性をおそれ、半狂乱になる状態では、男性医者では、まともな診断どころかかえって、症状を悪化させてしまうだろう。
男性からのレイプなどによる、精神異常や欝やPSTDなどにいたるいきさつも、女性になら話しやすいというのはたしかにあるなとおもいながら、ホームページを開いた。
画面に映し出された女医の顔を見つめた教授が「その先生だよ」と、瞳子を診てくれた女医であると教えてくれた。
ホームページの見出しには、治療概念や精神病の症状や家族への留意点などいくつかの項目が掲げられていた。
見出しにカーソルをあてると文字が緑色に変わり、リンクされているとわかる。
私は強調された文字のひとつにひどくひきつけられていた。
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