バスの本数はあるけど、それはそれで、たいへんだと思うと、今まで、疑問に思わなかったことが急に気になった。
「教授、そういえば、瞳子は車の免許、とってませんよね」
「うん。車の運転は怖いって、免許をとろうとしないから、無理じいはしなかったんだ。
必要になれば、嫌でもとるだろうと思ったし、君との結納の後にも、免許はあったほうが良いとすすめたんだよ。
でも、うんといわなかった。
まあ、バス路線もしっかりしてるし、今頃は大きなスーパーもあちこちにあって、どこに、住んでも、はずれはないだろう?
車がなくても、困りはしないよ・・」
教授の説明を聞きながら、私は運転が怖いという・・その「怖い」に、なにかしら引っかかっていた。
お父様が怖い・・・。
それと同質にかんじるのは、私が神経過敏になっているせいなのかと思った。
だが、此処にも、瞳子がおびえる「怖い」が、潜んでいた。
それが、解かるのも、催眠療法によってだった。
「確かにそうですね。一つの町内におよそのものがそろってますよね」
「うん。昔は大変だったよ。バス亭だって、あんなに近くにはなかったんだ。本数もなかった。家もずいぶん立って、中学校もできたしねえ」
「ええ・・」
会話が途切れる頃にはもう、大学に着く。
私は所定の場所に車をとめ、エンジンを切った。
エンジン音が静まった車内で、私の携帯の受信音が響いた。
「先に行くよ」
と、教授はドアをあけ、降りていった。
電話に出てみるまでもない。藤原クリニックの文字が見える。
あわてて、携帯にでると、女医の声だった。
「事前にもうすこし話しておきたいことがあります。都合の良い日に・・来院なさってください」
教授に不審をいだかせないようにしようと思ったら、都合の良い日など、あって、無いようなものだ。
同じ職場で同じ家に帰る。
教授の目の届かない時間帯、講義の時間も、うっかりすれば、助手として、付いていくときもあれば、資料を忘れた、スライドがいると私に連絡が入る。
この前と同じように、こっそり抜け出すなら、午後の講義のときのほうが良い。
2講座続く・・。
私は姑息になってる自分に気がついた。
教授が何故、また、いかなきゃならないんだ?と、尋ねてくることを想定して、構えすぎている。
妙に萎縮する自分をふりかえりながら、私はここでも、瞳子の気持ちを考えていた。
なにかしら、断りにくい、本心を伝えにくい状態を作り上げる。
催眠療法だといったら、聞き入れない。はねつける。原因はそこだが、教授の性格の中に
かばってやらねばならない「気弱さ」を、感じる。
はねつけている催眠療法をすると、はっきりつげただけで、もろく、くずれてしまいそうに見える教授が居る。
瞳子が・・父親をはねつけられなかった心理が此処にあるような気がして、
私は、教授をかばい立てするような行動をわずかながらでも、控えていこうと思った。
結局、これも、夫人が見せた音叉現象とおなじことじゃないかと思えたからだ。
私は女医にすぐ行きますと告げると、電話を切り、まだ、構口にいる教授のそばまで、走っていった。
「教授、クリニックに行ってきます」
「ああ?今の電話?」
「ええ、そうです」
「う・・ん」
さして、いぶかしがらず、教授はむしろ、心配そうに尋ねた。
「どうしたんだろうね?」
「解かりません。催眠療法とは、違う、別の方法でもあったんでしょうか?」
すっとぼけて答えておいて、教授の様子を伺う。
私の言葉で催眠療法が行われないと確信できたのか、幾分、ほっとしたようにも見える。
その半面で矛盾するかのような、不安が浮かび上がる。
「初子にも連絡したほうがよいかな?」
「ああ・・」
私はおもいついたいい抜けで、教授の不安を押さえ込んだ。
「わかりました。きっと、夫人に先に連絡が行ったんですよ。
きっと、定期健診をかねて様子見てもらいたいって夫人がつたえて、
それで、私なら連れて行けるってことになって、で・・私に連絡がはいったんじゃないですか?」
すこし考え込んだ教授だったが、そうかもしれないと思ったのだろう。
信頼する夫人の名前をだすことが、かくも教授を安心させるのかと、私は、思った。
逆をいえば、不安定になったからこそ、(初子に連絡)と考えるのだろう。
「そうだな。とにかく、いってみてくれないか」
教授の押しがでると、私は置きっぱなしになっている自分の車に急ぎ、即座に夫人に連絡を入れた。
電話口にでた夫人に口裏をあわせてくれるように頼むと、同時に「あ、キャッチだわ」と夫人が教えてくれた。
やはり、教授が夫人に確認をとろうとしているにちがいない。
「大丈夫よ。任せて」
夫人の声が聞こえると私との電話が切れた。
教授のことは夫人にまかせるしかない。
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