憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

井戸の柊次郎・壱 4 白蛇抄第8話

2022-08-28 17:35:30 | 井戸の柊次郎・壱  白蛇抄第8話

新居にて朝をむかえると
近所の口さがないおかみ連中が
入れ替わり立ち代りとやってくる。
手ぶらでは様子伺いがあからさますぎるので、
おかみ達は畑で作った野菜を手に持ってくる。
くちうらは同じで
「何かと物入りでありましょう。
うちの畑で取れた野菜ですがどうぞ」
と、朝から何度同じ言葉をきかされたことであろう。
くどはあっという間に野菜置き場になり
其れが小さな山を作っていた。
野菜なぞを持ってくるのはきっかけが欲しいだけで、
皆やってきた新造さんをみてみたいのである。
「えらく綺麗な人だよ」
先にひのえを見てきたおかみが噂をふりまいてゆけば、
物見高い女の性は臆する事なく
次々に野菜をはこびこむことになった。
そんな事が二、三日続いたが、後はぱたりと治まった。
「可笑しな事」
野菜の到来はありがたくはあるが、
ひっきりなしに人が来るのもかんがえものである。
「じゃまをしてはいかぬとおもうたのじゃろう」
と、白銅は笑った。
が、実の所は違う。
家から亭主が出てゆかぬと気が付いたおかみ連中が
さすがにうろうろ押しかけるのはまずいとおもったのである。
当然、
白銅の知らぬことであるが
おかみ連中にはいらぬ詮議をされている。
「何をやって、お飯をくっているんだい?」
家にずっといる男なぞ見た事がない。
そのうちに、この詮議を打ち破ったものがいる。
「ありゃあ・・陰陽師じゃないかえ?」
「え?」
榊を刈って家に持ち込んでいたし、護摩の匂いもした。
其れならと、訳知り顔の女子が口を開いた。
「ひょっとすると、澄明さんじゃないのかえ?」
「え?」
「女子じゃったというはなしではないか?」
「すると、亭主のほうも陰陽師か?」
「たぶん」
「なるほど」
それなら判ると、おかみたちの詮議は
一方的にかつ大胆に結論をむかえていたが、
こんな時には、おかみといえども女。
女の勘の鋭さにだけは、敬意をあらわすべきである。

とうの二人はやっと静かになったと、
居間にすわりこんでいた。
「ひのえ」
白銅が、呼ぶより先に手が伸びてきてひのえをひきよせる。
どういう心情になっているかなぞは、
ことさら尋ねる必要もない。
「白銅・・・朝から・・・」
引かれた手をおさえてはみたものの
それも無駄な事に過ぎない。
二人だけの生活になってから、
白銅は暇を惜しむかのようにひのえをだきよせてくる。
が、ここしばらくはその時を、
やってくるおかみ連に邪魔ばかりされていたのである。
「ながかった」
双神の事が片付くことがである。
いわれれば、ひのえの気になる事は
波陀羅が一樹に身を変えたことである。
「波陀羅はげんきであろうか・・・それに」
「なんとかなるものじゃわの」
白銅は笑った。
女が男の身体にすりかわるのである。
うまくやりのけてゆけるのであろうかと、
ひのえは気にかけているのである。
そうと察している白銅はしっかりとひのえに頷いてみせる。
「男もわるいものではないものじゃに」
「・・・・」
白銅がいう事の意味は、すぐにひのえにしらされる。
ひのえの中に入り込ませて物を蠢かせながら
「これは・・・これで、よいもの・・じゃに」
と、白銅が言った。
ひのえの返しは、確かな共感で頷かされる事になった。

荒い息が重なりあう。
頂上を知っている女にはぬけきれない、男からの術である。
「白銅・・・」
つい呼んでしまう名前は、なんのせいであるか。
男と女の交情は際限なく、果てしない恍惚を模索させる。
が。ふと、白銅が止まった。
「感じるか?ひのえ?」
野卑な意味ではない。
「あ・・・は・・い」
おどろしい感情が二人をねめつけるようにとりまいている。
「井戸の神・・だ・・の?」
白銅が確かめるように尋ねるのも無理はない。
七日ほど前に拾った存念と
うって変わって、おどろしさがありすぎる。
「愛憎のはてでしょうか?」
井戸の中に身を潜めたものが、
二人の情念のやり取りをうらやむように窺っている。
窺ったまま、やがておどろしい意識が
こぼれ落ちるほどに心を充たし始めていた。
嫉妬と言うか、ねたみと言うか、うらみというか。
白峰とよく似た情念が見え隠れする。
ゆえに井戸の中の意識を愛憎の果てかとひのえは思った。
「ああではなかったよの?」
「ええ」
確かにここに着たときには、
井戸の神は心弱すぎるほどの優しさで
屋敷の中の住人の情交をみつめていたはずである。
「なにがあったかの?」
井戸の神の意識を変える事がおきたのであろうか?
それとも、ひのえと白銅の存在がきにいらないだけなのか?
「たぐれませんね」
すでに読み透かしをしていたひのえであるが、
井戸の神のおどろしい意識が濃すぎて、
神の裏側がみえてこない。
「強い嫉妬と、情欲。そして、悲しい恨み・・・」
ひのえが呟く口はふさがれた。
白銅がひのえの口をふさぎながらゆすり上げる動きが、
ひのえの中で確かな快さに成り代わると
やっと白銅は口を離した。
「いずれ・・・見えてこよう」
精魂の理をうがったのである。
浄化は一町の方円を描いて緩やかにすすんでゆく。
その浄化に宛てられた時、
心の奥底に隠し持った毒気さえ、晒されてゆく。
身中に毒をもつことを浄化させられ始めると、
己の心がかほどに汚いかと思うほど毒気が湧いてくる。
つまり、今の井戸の神はそういうことなのであろう。
「だから・・・・今は・・・」
白銅の思いをうけとめればそれだけでいい。
ひのえの一心が白銅の一身にかさなり、
解けあってゆく時は確かに甘美であり、
うらやみを買うも致し方ないことではあった。

こんな調子が五、六日も続いたあとである。



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