「柊二郎が水を汲むのを見計らって
由女は井戸に柊二郎をつきおとしたのです」
と、今の柊二郎は井戸にまつわる話を終えた。
「柊二郎の存念が祟っているということか」
白銅の推察にひのえは頷いた。
「久という娘さんへの情念を果たしきれずに死んだ」
「だとすると、男と言う者は
しまつにおけぬ困ったものよな」
白銅が言うのは白峰の事でもあり、また自分のことでもある。
「とにかく。夜半にまいりましょう」
柊二郎に送り出されると
ひのえと白銅は井戸の思念に照準をあわせはじめていた。
「おりますね」
「気配をころしておるようだがの」
井戸の中は静かであったが、確かに何かがいる。
「その娘への執着心だけのようであるな?」
「ええ。でも」
ひのえはどうにも、腑に落ちぬ事を考えなおしていた。
「なんじゃ?」
「いえ。なぜ、あのように優しい存念であったのに
このように、さまをかえたかとおもうて」
「ふむ」
柊二郎の話を聞く以上、
井戸の中の物は先祖の柊二郎である。
ならば、久を重ねての、娘への執着心は判らぬでもない。
が、何故、ひのえや白銅に恐ろしげな恨み感情を
よせてくるのであろうか?
「まあ。よいわ。見えてこよう」
「とにかくはこよいのことです」
「うむ。どうするかはそれからだ」
白銅はやっと正座を崩した。
ひのえはお茶にしましょうとくどにたっていった。
夜もすっかり更けた頃、二人は柊二郎の屋敷の門を叩いた。
「どうぞ」
柊二郎は二人を一室にあないした。
「娘は隣の部屋でもう・・ねいっております」
「奥方には?」
柊二郎一人、隠密で行動している様にみえたので、
奥方には何も言ってはないのですなと
白銅は念を押すだけのつもりであった。
「いえ・・家内は三とせまえに」
亡くなっているという事が柊二郎の顔つきでわかった。
「すまぬことをきいたの」
「いえ」
じっと座り込む二人である。
柊二郎も所在無さ気に傍らに座った。
「ご亭主は、とりあえずはおやすみになっていられればよい」
「そうですか?」
「どういうものか判らぬうちは、手立てがみえぬ。それに」
精魂の理を敷き詰めた中心から
目の鼻の先で浄化されないで、
情念を沸かして生きた人間に手をかけれるほどのものである。と、すれば、簡単に調伏できるものでないきがする。
それに陰陽師の清めた部屋にまで
おどろしい恨みをよせてくるのである。
根深い因縁がまだまだからんでいるきがするのである。
「わかりました」
娘の身の上を案じながらも
頼る者がこの二人しかなくなった柊二郎である。
白銅に言われるままに、部屋をしりぞいた。
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