憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

井戸の柊次郎・壱 3 白蛇抄第8話

2022-08-28 17:35:47 | 井戸の柊次郎・壱  白蛇抄第8話

明けて三月。雛の日をむかえ
白烏帽子のひのえを迎え入れる新居に膳は運び込まれ、
白銅は落ち着きなくうろうろと歩き回っている。
産土神社では、
やがて、やってくる花嫁と花婿の儀式のためのしたくを
神主は調え終えていた。
なれたことである。
白銅の落ち着かぬに比べ
神主はゆくりと腰を落とすと
出された梅の花茶をすすっている。
とうとう待ちくたびれたのか
白銅は産土神社の前で花嫁を待ち始めていた。
「ひとりかの?」
白銅の後ろに立った気配に声をかけられた。
ゆっくりと振り向いた白銅が見定めた相手は
「ああ」
祝い事のひとつでものべてみせるつもりであったのだろう。
白峰であった。
が、白銅の推量とは違い、
白峰もさすがにこの日は男の見栄も何もあったものでない。
ひどく、悲しげな顔をしていた。
それはしかたがないことであろう。
産土神の差配を受ければ
もう、どんな事があってもひのえは白銅のものである。
「憎いわ」
言うつもりのない恨み言をつい、口走ってしまう白峰である。
「すまぬの」
どこかに余裕をうかがわせながら
白銅は子供じみた態度の白峰を怒りもせず、
宥めるように言った。
うなだれたまま白峰は
「判っておるがの。判っておるのだ。自分でも情けない。
なれど、この身を引き裂かれるように苦しい」
この間まではこの思いが白銅の思いだった。
唯一、お互いにその思いがわかるのが
白峰であり、白銅である。
奇妙な共通感情はいまでこそ立場が逆転しているのであるが、白銅にしか、わかりえぬ思いである事を伝に
白峰は本音を吐き出していた。
「なれど、わしをゆるせるか?」
ひのえを一時は手中に収めた男である。
其の事が白銅により、
ひのえを苦しませはせぬかと思う白峰でしかない。
くすりと白銅はわらうと
「おまえがわしをゆるすようにな」
その白峰からひのえを取り上げた白銅なのである。
「ひのえには勝てぬ。あれがお前が良いと言うのじゃから、しかたあるまい」
白銅もまた、同じような思いで
諦めざるをえないかもしれぬところをわたってきている。
「強情な女子じゃからの」
あれほど白峰によわされながら、
心を渡してこなかったひのえである。
千年の昔に黒龍と争い、人々を脅かし
あふりを撒き散らす事さえ気に止められぬほど
惚れ抜いたきのえ。
そのきのえの分かち身への千年の情念をくりかえしてきた。
であるのに、成就はたやすくこんな男に砕け散らされ、
いとしいひのえは今日天地清明。白銅のものになる。
《こやつのせいではない。
ひのえが強情な女子じゃったから・・・》
だが、こんな男に強情をはらねばならぬというか?
白銅の肩をやにわにつかむ白峰を白銅は見ていた。
《つかめぬものを掴むか?なれど。
お前の恨みをどうしてもやれぬわ》
「いっそ。おまえをころしてしまいたいわ」
ぞっとするような殺気が伝わってくる。
が、白銅をなきものにしても、
ひのえが白峰の元にはかえってきはしない。
それどころか、ひのえの恨みを買うだけである。
「いっそ・・・いっそ・・・」
慟哭に崩れ落ちてゆく白峰の瞳から
雫が乾いた地面にぽとりとおちた。
神と呼ばれる男のあまりにも未練がましい所作である。
これ以上そんな白峰をみていたくはない。
「白峰。祝いの日じゃ。この地を、我らを汚すな」
ひのえの軍門に下った白峰である。
白銅の一喝はまたひのえからの言葉でもある。
「う」
ぐっとつまる声を喉の奥で殺して、白峰は立ちあがった。
「寿ぎの唄・・がきこえてきたの」
花嫁の行列が寿ぎを謡いながら歩んでくるのである。
そうとわかると、白峰はふと姿を燻らせた。
そして、白銅の耳に微かに聞こえた白峰の声が残った。
《寿ぎの祝い唄か》
白銅、ひのえをお前に託すと、既にいえぬ白峰である。
笑止であろう。
既にひのえに必要とされなかった白峰が
言う言葉でなくなっている。
が、ひのえに其の姿を見咎められる事を畏れた白峰である。
ひのえとの惜別の時さえ、
既に遠い過去のものになりはて、
言えぬ思いのたけを白銅に吐き出すのも
これが最後と、白峰は去った。
とにかくは、あれでも、それでも、
祝いに来たつもりの白峰なのである。

白峰の千年の情念を破ったひのえは
今、まさに白銅のものになるために、
祝いの地に歩を進めている。
白銅の瞳はしずかに歩んでくる花嫁を見ていた。

「馬鹿者。早くこぬか」
雅の怒声が響いた。
雅に引かれる様にして、白銅は花嫁の側に歩み寄った。
烏帽子の中のひのえの顔は見えない。
花嫁の同道したものが引き下がり、
ひのえを付き従えるようにして白銅は歩みだした。
白銅のうしろをゆっくりと花嫁は歩みだし
産土神社の神宮はふたりを迎え入れた。



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