憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

白い朝に・・36

2022-09-09 20:09:09 | 白い朝に・・・(執筆中)

私は車を発進させると、クリニックに急いだ。

クリニックの駐車場に車をすべりこませた私の目に、女医の姿が移りこんできた。

開院まえの清掃や準備などで、診察室に看護士がたちいるためだろうとも、思えた。

車を止めると、女医は運転席側に歩み寄ってきて、窓ガラスが開かないうちから、喋り出した。

「おはようございます。昨日の資料はもう、よんでくださいましたか」

いきなりの切り口上だった。私も瞳子の回復に必死になっている。

それは、女医もよくわかってることであるのに、そんな、私が資料だって、読むに決まっている。

聞くまでも無い事をわざわざ、確認する女医が、妙で、一瞬、むっとした思いはすぐに消え去っていった。

「それでは・・・場所を確保できないので、貴方の車をおかりしていいかしら?」

「どうぞ」

私の返事より先に、女医は助手席側に回り込み、ドアをあけ、助手席に座った。

「催眠療法のことですけど・・」

女医の沈黙がはじまる。女医が話しておきたいことに、話しにくい内容を含んでいるせいだと感づくと女医を促した。

「大丈夫ですよ・・話してください」

私のあとおしに、女医はかすかに笑った。

「貴方はすぐ、感づいてしまう」

女医は俯く。瞳だけ上向きで、何かを考えているように見えた。

しばらく、一点を擬視していた瞳が私に向き直った。

「前に催眠療法の結果を貴方につたえるか、どうかを私に一任してくれともうしあげましたよね?

そのことです。

貴方でなければ瞳子さんを支えきれないだろうという事も、瞳子さんにとってもあなたでなければならない事もよく判りました。

ですから、催眠療法に同席してほしいと考えたのですが・・・」

女医は再び黙りこくった。

どういう風にいえばよいか、言葉に窮している。それは、おそらく、またも、私にとって衝撃的なことなのだろう。

「かまいませんよ。話してください」

うすい苦笑いは「あなたはすぐ感づく」と、いう反対側にある「すぐ感づかれてしまう自分」へのものだろう。

ほう、と、息を吐くと、言葉を選ばず、話す事を決めたらしい。

「催眠療法で、瞳子さんから「基の傷」をじかにきいたとき、どんなことが飛び出すか分からないのです。

その事で貴方がもっと、傷つき、苦しむことも考えられます。

もちろん、「基の傷」を知ることで、瞳子さんへの対処が見つけられる。

同時に、傷を癒す方法も見つけられるかもしれません。

ですが、一人の人間を狂わせてしまうほどの「基の傷」は聞かされるものの心までえぐる。

貴方がそれを聞いて、おかしくなってしまったら、瞳子さんを救える人間がいなくなるんだってことを、心に念じて欲しいのです。

私はさっき、基の傷を知っておけば、瞳子さんへの対処ができるといいましたよね。

治療じゃないんですよ。治療じゃなくて、対処なんです。

「基の傷」を、知った上で、それをどうするか、なのです。

それを知っておかないと、もし、うっかり、「基の傷」に触れてしまったら、瞳子さんが、どうなるか、分からないのです。

ですから、どんな辛い事を聞かされても、あなたはソレを受け止めて、瞳子さんへの、対処をまず覚えるのです。

そのために貴方に同席してほしいとかんがえたのです」

女医の言いたい事が判る。いわば、今の瞳子は怪我をした透明人間なのだ。

まわりの人間は怪我でまともにあるけない「透明人間」を支えてやろうと手を伸ばす。

それが、かえって、患部にあたったりして、怪我を悪化させる。

催眠療法はその「何処にあるか見えない怪我」の位置を知る方法ということであり、

目に映るようになった、「怪我」は、間違いなく私を苦しめる。

「こんな酷い怪我をおわせて」と、私の心が引きむしられる。

だが、催眠療法の目的は「怪我の位置の特定」であり、それにより、私が瞳子の怪我にふれることなく、瞳子を支えることができるようになる。

それが、その怪我のむごさに打ちのめされたり、感情を振り乱されたりしてしまうなら、

同席はできない。

それは、治療法を見つける可能性をもなくす。

「私は、どんな事を聞いても、知っても、けして、負けません。私がくじけたり、おかしくなったら、瞳子をすくいだせなくなる」

女医は私の言葉に表情をかえなかった。

それは、私が事前に覚悟しても追いつかないほどの「怪我の有り様」だと、女医が分かっているからかもしれない。

怪我の有様になんらか予想がついている女医には、「予想だにつかぬものの覚悟」に安心はできなかったのだろう。

たが、「それでも、この人は、受け止め、乗り越える」という希望と信頼をもってもいた。

少しでも、覚悟と構えをもっていれば、ショックは些少でも和らぐ。

女医は私の精神バランスをとりながら、大きな賭けを行おうともしている。

その賭けの勝算率をあげ、私を勝利にみちびこうとする女医は、また、一歩間違えれな、ともだおれになることも承知していた。

承知しているからこそ、敗因になる要素をつぶす。

そんな女医への感謝は、自分の結果で示すしかない。

けして、負けはしない。

瞳子を瞳子として取り返すんだ。けして、負けはしない。

私は自分を支える信念を心と脳みそに刻み続けた。

女医はその後、催眠療法の日程を提示した。




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