私のなぞなぞに瞳子はぼんやりと考え込んでいる様子だったが、残酷なことを告げるときのように唐突に切り出した。
「あなたの蟲を退治しなきゃならないのよ」
やはり・・・。
そして、私は今もう、瞳子にとって「YOSHIHARU」でなくなっていることにも気がついた。
「瞳子さん。私の名前を覚えていますか?」
瞳子の人格がわずかの間に入れ替わっているに違いない。
私は狂った瞳子に後戻りした瞳子を確認する。
「あなたは・・もちろん、知っているわ。あなたは・・・あなたは・・・えっと・・」
瞳子はやはり、私の名前を思い出せない。
だが、私が「義治」であることを理解している。
それは、夫人が「義治さんは明日お仕事なのよ」と、なだめたときに
瞳子がすんなり認識していたことで解かる。
だが、どうして、記憶が固定されないのだろう?
瞳子のなかのなにかが、記憶すまいと邪魔をしているように思う。
教授に対してもそうだ。
おそらく、父親だと深層意識では理解している。
だが、表面上の意識のどこかにフィルターがあり、
奥底から沸いてくるはずの記憶をカットしている。
そのフィルターはやはり、白い蟲を吐き出す人間に対して動作される類のものなのだろうか?
あるいは、白い蟲、性、レイプにかかわるものを除外するのだろうか?
そう考えれば夫人を、教授を、私を、はっきり認識しない理由として成り立つ。
無論、瞳子はコンピューターなんかじゃない。
だが、一時的覚醒も、コンピューター現象を考えればつじつまが合う。
白い蟲を削除するフィルターがあるのにかかわらず、
白い蟲を退治しなければならないと命令が実行される。
相反する行動が1台のコンピューターの中で起きたとき、
コンピューターはバグを起こす。
バグを引き起こしたコンピューターはどちらを優先するか?
おそらく、命令が先に来る。
そして、その命令を実行するための多くの情報を引き出すために
ハードとソフトの中を検索していく。
そこに「YOSHIHARU」が検知されたのだろう。
いいかえれば、瞳子のなかに私の存在がくっきりあるということになる。
だが、私の質問で瞳子はもう一度フィルターを修復させ始めた。
瞳子の精神内部で静かに起きた検索と葛藤は、瞳子の精神を困憊させているに違いない。
私はこれ以上、瞳子を疲労させまいと瞳子を制した。
「瞳子さん、私の名前は義治ですよ」
今度は間違いなく瞳子に私の名前を打ち込んだ。
瞳子がその記録を許容し、記憶領域にいれこむか、どうかは、瞳子のフィルターと瞳子の感情の戦いの結果によるだろう。
だが、強制せず、瞳子の内部にこれ以上波風をたてないために、私はもう一言付け加えた。
「瞳子さんのよびやすい呼び方で呼んでくれればいいんですよ」
私の提案に瞳子はほっとしたのだろう。
「そうね・・」
安堵がはりつめた精神に小さな隙間を作る。
小さな隙間に押し込められた疲労が流れ込み、瞳子は眠たげな眼を閉じた。
私の花嫁は新郎の名前さえわからない。
悲しいため息と、今の瞳子の心に私がうけとめられた喜びとが折り重なった
まだらな感情が私の中に出来上がっていた。
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