善嬉も、舟で行くだろうが、
むこうには、舟が一艘。
三井寺の船場に留めてある。
と、なると、
帰りの無駄を省くためにも
善嬉は、船頭を見つけるだろう。
そして、白銅が借りた舟で帰ってくる。
ー無駄を嫌うのは、良いのだが
時に、無駄を楽しむ気を持ってくれればよいのにー
と、澄明が思ってしまうのは
善嬉が、恋さえ、無駄と考えているように見えるからだが、
この前の妙に、気色ばんだ善嬉の様子を考えると
好いた女子でもできたか と、思わぬでもない。
気にかかるが、善嬉の問題でしかない。ゆえに、読むまい。
澄明は善嬉の元から帰ってくると
くどに、はいっていった。
竈に火を入れ、湯を沸かす。
白湯ひとつに、火をいれるのも大仰であるが
竈の神が現れるか、待ってみることにした。
白湯の湯のみをもって
白湯をすするころに、
やっと、竈の神が現れた。
「九十九善嬉のいうところは、八分がた、おうておる」
澄明を読み下すのに、時がかかったらしい。
「銀狼が、山の神の娘に懸想し、
娘、たつ子が沖の白石になりかわり
山の神が、銀狼を死ねぬ体にしてしまったわけですが
確かに、たつ子を永久、銀狼が思って居れば
次の犬神が現れない。
人間を苦しめない代わりに、
たつ子は、白石のまま
あなたは、その方が良かった、と、いうのですね?」
「人間の一生は、短い。
そして、代を継いでいくが、
何代にわたり、何人もの 人間が
犬神に翻弄される。
だが、たつ子なら、たった一人で
何百年・何千年も 永久に
銀狼を繋ぎとめて置けた」
確かに、竈の神の言うことは事実だ。
「それは、山の神も承知のことだったのですか?」
「娘かわいければ、人間の思いも察せよう?
同じ目に合うもの達を思うて、あえて、
銀狼を不死身にする呪詛をかけた。
山の神が、銀狼の不死身を望んだのは
たつ子もまた、そう思ったからでないか」
「あなたは、山の神が呪詛の願を
八代神に願い出たのを知っていたのですか?
見たのですか?」
「おまえ?」
と、驚いた声音をあげた。
「おまえ?八代神の差配のありようを知っているのか」
「千年前に、白峰大神が
私との婚を、八代神に願掛けました。
そして、千年前。
白峰と黒龍で、きのえを奪い合い
きのえの父 勝元が、
きのえの魂をふたつに分かち
一方を黒龍の差配
一方を白峰の差配
そうすることで、人の世に
双神のあふりの害がおよばぬようにと
八代神に願い出たのです」
「な・・・なんと?」
「ですから、私は言い換えれば
沖の白石になった、たつ子の様なものでした。
白峰がかけた千年の願の成就のときにこそ
その成就を打ち破ることが出来た。
けれど、あなたのいう解決では
たつ子は、一生、永遠に沖の白石のまま。
それは、本当の解決ではない」
竈の神によぎった疑念が口をついて出た。
「おまえ・・なぜ、白峰大神の婚を破った?
人間が神あがりするというのに
永遠の命を得るというのに・・なぜ?」
「おかしなことを。
あなたは、先に言った。
人間の一生は短い。
だから、たつ子が犠牲になっていればよかった。
そのように、人間をいとおしむ気持を持っていながら
神あがりを喜ばぬはおかしい、と、おっしゃる」
「確かに・・おかしなことをいうておる」
かんがえこみそうになる竈の神を制した。
「私にとって、神あがりは
ー犠牲ーで、しかない。
たつ子も、また、犠牲でしかない。
私が、人間で居たいと思ったのは、
父 正眼 の慈しみがあったからです。
たつ子もまた、父 夫 子供
色々な情愛を持っていたはずです。
私が人でいたかったように
正眼の娘でありたかったように
たつ子もまた
元の自分に戻りたかったはずです」
「それでは・・犬神が・・」
人間を苦しめる。
「ですから、元の犬神に戻した今。
犬神に「憑く」ことを
やめさせられないか
それを今
私たちが奔走しているのです」
「犬神に「憑く」ことを、やめさせられないか だと?
そんなことができるものなら
たつ子を白石にかえさせたりするものか」
「ですが、八代神は、きのえの魂をふたつに分けるという
勝元の願をうけた」
「同じだろう?山の神の願を受けた・・・」
「いいえ、千年後を量りにかけていましょう。
そして、転生の時に、あえて、
いづなを銀狼にしたてあげたのが八代神です。
いづな なら、雷神が救おうとするし
私が動く。
それをみこして、いづなを銀狼にしたてあげたのですから
元々のいづなにもどるのも、量りのうえ」
竈の神が思い当たった。
「それでは、八代神は、はじめから
犬神をなんとかしてやろうとしていた・・と、いうことか」
「よく目を繰り合わせたと思います。
私・・いえ、私たちでなければ
犬神を変えられない。
私たちという駒が揃うまで、八代神は、待ったのでは?」
得心したか、
竈の神の姿が竈の中に揺らぎ始めていた。
******参照****
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