わが身を奪われ、暗い井戸の底に住み続けながら
柊二郎は娘の身をあんじていたのである。
「私に成り代わった井戸の柊二郎は
早速存念をはらそうとばかりに・・・・」
まだいたいけない比佐を押さえつけ
陵辱をくりかえしてきたのである。
この三年の間に生身の大人の男が
少女を蹂躙しつくしたのである。
信じられない恐怖が比佐をつつんだ。
其の恐怖を与える男が父親であるばかりに
寄る辺を求めるしかなく
比佐は父親の要求にしたがってきた。
が、恐怖はいつしか均衡を崩した。
自分の体が
比佐が女である事を教え始め、
柊二郎を父親としてでなく、
男として迎え入れる女をつくりはじめていた。
「あれは、自分から・・あやつをもとめるように」
それでも柊二郎は比佐の変貌ぶりを
井戸の底から見詰ているしかなかった。
が、其れはある日突然終止となった。
「あなた方がこの地を浄化なされた。
お陰で私は井戸からはいあがれ、元の姿にもどれたのです。
そして、当然井戸の柊二郎も元通り
井戸に戻ったとおもっておったのです」
柊二郎の言う通り井戸の柊二郎は確かに井戸に戻った。
比佐を抱きつくせる柊二郎の体をうばいさられ、
そして、比佐は今までどおり柊二郎の体をもとめるだろう。
井戸の柊二郎が自分を井戸に引き戻させた陰陽師を
憎みうらむのは当然の事である。
比佐を奪いつくすだろう柊二郎への嫉妬もある。
白銅とひのえがあとで気が付いた
おどろしい思いを発する井戸の住人は、
井戸に引き戻された先祖の柊二郎。
もともとの井戸の柊二郎ということになる。
「元の姿に戻り、
井戸の柊二郎も井戸に戻ったと喜んだのも束の間。
娘のあの声に・・・あの様子。
私は、もう一度あなた方の力を当て込んでみようと
おもったのです」
「なるほどのう」
そして、比佐をなぶる者はやはり井戸の柊二郎であった。
が、何故、井戸に戻されたはずの井戸の柊二郎が
あのような姿でもう一度比佐のもとに現れたのであろうか?
「私達には井戸の柊二郎は
青い藻をまといつけた餓鬼の姿にみえました」
「餓鬼・・・ですか?」
「己の執心一つで人は餓鬼に身をおとせるものですが」
白銅は付け加えた。
「魂しかなかったはずの井戸の柊二郎が
餓鬼に身を落とせるという事は考えられません。
確かに執心は凄まじい物があるのですが、
私達の浄化により、柊二郎が元に魂だけに戻ったのですから、
柊二郎はおそらく・・・」
白銅はひのえに頷くと変わりに先を続けた。
「おそらく、自分を入れる何らかの器を
さがしたのではないでしょうか?」
「器?」
「井戸の中で手に入れられる器なぞ
限られているでしょう?」
柊二郎はじっと考えていた。
何も入れぬはずの井戸であるが、おもいあたることがある。
「私が井戸から抜け出た時に、
井戸の塞ぎ板はこわれてしまいました」
「たぶん。そこから水を求めた青蛙が井戸におりた」
柊二郎は其れがどういうことであるのかを考え込んでいた。
「井戸の柊二郎はせめてもと、
蛙の身体に己をもぐりこませてみたでしょう」
柊二郎の模索する顔が白銅の解明をまっている。
「が、蛙の体でどうする事もできない。
其の上柊二郎の娘さんへの執心は一層深くなっている」
柊二郎の身体をのっとり、
ならなかった執心を叶え比佐を手中に収めた。
一度、通じた男の性は比佐をさらに求め狂わせた。
そして、比佐は柊二郎の蹂躙に応える女に仕上がっていた。
男と女の全盛期。
其の真っ只中であった。
そこを井戸にもどされたのである。
柊二郎のほたえは飢えを覚え、
昨日まで柊二郎を充たした比佐を求める。
比佐は比佐で一度覚えた肉への欲を身体に染み付かせている。
比佐には変わらず柊二郎が目の前にいるのではあるが、
元に戻った柊二郎はよもや、娘に手をかける気などはない。
が、比佐は体の中のほむらを沈めたまま寝入る。
柊二郎への欲求は
いぜんとして比佐の中にとどこおっており、
眠りが意識を忘我のかなたに追いやる。
一触でさめかえる肉欲を眠りの衣に包み比佐は寝ている。
井戸の柊二郎がどんなにか渇望しはてるか。
そして、逢魔が刻に乗じて
柊二郎は存念を具象化させたのである。
「その情念が柊二郎を蛙の姿から
餓鬼にかえさせたのではないかとおもいます」
井戸の柊二郎が比佐と通じてなければ、
また比佐がほむらを覚える女になっておらねば、
ここまで柊二郎を変化させなかったのであろうし、
柊二郎と井戸の柊二郎の交代で幕はひかれていたであろう。
「女子の業・・も罪深いものだ」
白銅が呟くと、柊二郎は
「それで、どうすれば」
尋ねられた二人は、深い溜息を付いた。
「調伏は無理です。払いもむだです。
井戸の柊二郎が生きているのは執心からだけです。
この執心をあきらめるさせる方法は・・・」
その為には
今、目の前の柊二郎に
比佐を抱くしかないのだといえばよいのだろうか?
「なんです?どうすればよいのです?」
柊二郎がじれったそうに尋ねるがひのえは首を振った。
男の情愛の果ての結びであるのなら、その法もよい。
が、井戸の柊二郎の諦念のために
比佐を抱けといえばいいのか?いえるわけがない。
白銅も同じように考えあぐねていた。
諦念を託えない柊二郎は哀れに成仏できないのである。
井戸の柊二郎は救われないまま、井戸に潜むことになる。
その法をえらぶしかないのである。
さにわによる消滅を与えるしかないと思った双神を救い、
雷神をも救ったひのえのことである。
今一番不幸である井戸の柊二郎を救わずにおいて
本当の解決は、なしえない。そう考えているに違いない。
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