ひのえは白銅をさがし居間に戻った。
祭壇の祭られた部屋の清めに行ったのか
白銅はいなかった。
それならばとひのえは榊をとりにいった。
「なんだ。もう、帰ったのか?」
縁から降り立った白銅が既に榊の側により枝をえらんでいた。
「はい。其れよりも妙な事をききました」
ひのえの顔色を見て取った白銅の顔が
ひきしまったものになった。
ひのえはおかみに聞かされた話を白銅に話した。
「すると・・娘さんはすでに・・」
どちらの柊二郎にかは判らぬことではあるが、
てをかけられていたということになる。
「三年も前から井戸の柊二郎との事があったというのを
今の柊二郎さんが知らぬと言うのもげせぬことでしょう?」
「たしかに・・」
「が、あの柊二郎が先に娘さんを手篭めにしていた?
これもげせない」
「確かに。後釜に納まる。つまり養子であろう。
が、あの人は養子の性分さながらに気の優しい人だ。
いくら、なさぬ仲と言えども、
娘さんにそのような事が出来る人にはみえない」
「私も同じ意見です」
考えていても埒が明かない。
「たずねてみよう。きになることもある」
「なにか?」
「いや、この前にお前と話した
「諦めねば」という物言いもそうではあるが、
井戸の話を聞いたとき柊二郎はひどく顔色をかえた」
「そうなのです」
同じ事を考えていたと見えてひのえも深く頷いた。
「まずは、きいてみよう。
よみ透かしは柊二郎が何も喋らぬ時の事にしよう」
やたらと読む透かしなぞを使うものではない。
ましてや目と鼻先におる人間である。
雁首をそろえて尋ねてきた二人を
迎え入れたのは比佐であった。
「おまちくだされや」
と、声は明るい。
はたはたと廊下の奥に走ると
「父さま?父さま?おきゃくさまですよ」
柊二郎をよぶ。
おかみに聞かされたような
手篭めにされた気の毒な比佐などという印象は
微塵も受けない。
「あ・・はい・・はい」
柊二郎は二人の前に現れると
「比佐。居間にお通しするから、何ぞもってきておくれ」
奥のほうに声をかけた。
「はあい」
少しかん高いかと思うが
其の分切れのいい通った声がかえってきた。
「こちらです」
南に開きを作られた居間は障子を通して
明るい日が差し込んでいる。
「明るいですね」
障子の向こうに池でもあるのであろう。
春の日差しが水面に照り返し、
障子に明るい光の群れを泳がせていた。
座卓を挟んだ向かい側に二人は座を薦められた。
「少し聞き及びたい事がありまして」
早速に話しに入る白銅である。
その押しの強さが頼もしく思えるのはひのえだけであろうか。
「なんでございましょう?」
柊二郎は窺う瞳になる。
「実は、娘さんを井戸の柊二郎から救えたとしても」
少し言いにくく白銅は言葉を止めた。
「おっしゃってください」
柊二郎の気弱そうな面立ちとは裏腹に、
何をいわれても受けて見せようと言う強い心構えが
みてとれた。
「うむ。井戸の柊二郎を調伏する事は
できぬ事ではありませんが、
例え井戸の柊二郎を調伏せしめても
娘さんが教え込まれた性を消し去る事はできない」
「やはり・・そうですか」
「が、今日私達がここに来たのは
今も貴方が察せられていた事を
わざわざ、つげるためにきたのではないのです」
柊二郎は首を傾げた。
「すると?」
「私達はこの事を貴方にどう告げようか、
考えあぐねていたのです。
ところが、娘さんが井戸の柊二郎に
あのような目に合わされるようになったのは
三年前のこと。・・・そうでしょう?」
「そのとおりです。
三年も前にそんな事になっていながら
何故それにきがつかなかったのか?
何故今頃どうしょうもないほど
娘を女に変えさせられてから、
のこのこあなた方を訪ねたか?
愚か者だというのでしょう?」
言おうとする事を先に言われると白銅もぐっと詰まった。
「それは、娘を犯していたのは
私であり私でなかったからです。
だから気が付いた時点で
私はどうにも身動きが取れなかったのです」
「どういうことですか?
何故?身動きが取れなかったのですか?」
双神を蹴散らしたばかりのひのえであれば、
尋ねながらふと思わされていた。
「誰かに其の身体をのっとられていた?」
「澄明さん。貴方はさといお方であらせられる。
私は三年前。妻が死んで間も成しに
この身体を井戸の柊二郎にのっとられていたのです」
「え?」
二人の驚いた声が重なった。
驚いた二人は静かに見つめたまま、柊二郎は話を続けた。
「井戸の柊二郎は久という娘に存念を残したまま、
死に切れずに井戸の中に住み続けたのです。
そして、今の世に同じ名の娘。
よし女の娘の比佐が現れた時
これを久だとおもいこんだのです。
ところが先にお話したように
自分を井戸に突き落とす由女もいる。
よし女のことを由女だと思い込み、
よし女が恐ろしくて井戸の柊二郎は
久を思いながらどうすることもできなかったのです」
ところがその恐ろしい由女が死んだ。
「もう恐ろしい者はいないと井戸の柊二郎は
私の身体を奪い取り、
代わりに私は暗い井戸の底に
魂をしずめることになったのです」
「なるほど」
それで一つ判った。
ここに来た時、井戸の中にいたのは、
目の前のこの柊二郎の存念だったのである。
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