憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

チサトの恋・11

2022-12-20 12:54:18 | チサトの恋

そのまま、あたしの久しぶりの休日はなにごともなく、平穏無事におわる筈だった。

ソファーテーブルの端においた、携帯のコールにでなければ。
「もし?」
もちろん、着信音でその相手が編集長だってわかってる。
着信の音楽はご丁寧に「天国と地獄」にしている。
携帯にまで、かかってくる用件は、往々にして地獄沙汰であるため、
精一杯の皮肉ではあるが、まかり間違っても当の編集長がすぐ傍に居る時に携帯にかけてくるなんてことはないので、編集長にこの皮肉をつきつけることはない。

「おお、チサト・・あのな」
やだね。こんな時間におまけに、もったいぶった言い方。
「あのさ・・。まあ、俺も考えに考えたんだけど、このさい、やむをえないし、まあ、おまえも少林寺の腕は確かだし、急ぎだし、あの・・」
つまり、女であるあたしを行かせるには、ためらう場所であり、
慎吾をいかせるのが良いのだけど、両親の病気・余命危うしという事情が事情だけに、呼び戻すわけにも行かない。
「はい。はい。で、どこに、なにを撮りにいけと?」

「う・・・うん・・。それがな・・」

「言い渋らなきゃならない場所ですか?怪しいお仕事の現場写真とかあ?」
「いや、それなら・・俺がいってもいい・・」
はい?
「冗談だよ」
判ってますけど・・。こっちも冗談だし・・・。
「あのな・・国境無き医師団って、しってるよな?」
もちろんではある。
「つまり、それですか?」
「うん。なにか、協力できることがあるのなら、協力しようという気持ちになるような写真をとってほしいという、実に曖昧なテーマなんだ。寄付金を募集とか、スタッフを募集とか、命題がはっきりしているのならいいんだけど、写真をみた人に自分のできることをかんがえさせる。って、いう、心的アクションをもよおさせる・・・」
「考えるだけでもいいってことですか?」
「つづめて、いってしまえば、そうなる」
「ふ~~~ん」
自発的協力ってことになるか。
心理的底上げおよび危機意識を引き出すことを目的とする・・か。

「で、場所、あの難民キャンプの・・」
はい?

「おまえの体術でも、避けられないものがあるとおもう」

「地雷ですか?」

「う・・・」

「無理はしてほしくないが、できれば、その写真をものにしてほしい、というわけですね?」

「そうなる・・」

慎吾と同じ立場になるとはおもっていなかったが、
あたしの意地がうごめきだしていた。
慎吾のやってることは、なにもかも自分で、命題さえも自分でみつけなきゃならない。
あたしがその慎吾に対して思うことは、
「それは、アマチュアの延長でしかない」ってことだ。

プロである以上、金を貰う。
クライアントは金を払う。
一般大衆や自分が納得する以前に、クライアントが、
大枚をはたく価値を見出すものをとる。
そこが、プロとアマの違いだ。

いやな言い方だが、金は大きな価値尺度である。

自己満足の世界でいくら、手足を広げても、限度がある。

あたしの底に、奇妙な慎吾への怒り。
慎吾の生き方への批判が生じても居た。

「わかりました」

重大な決定をあっというまに、それも、携帯付くでおわらせてしまうと、あとは、細かな決定と打ち合わせだけになる。

「ところで、お前、ワクチン・・」
「うってます。こういうこともあろうかというのは、想定内です」
「・・・プロの待ちうけ態勢か・・チサトらしいな・・」
え?
「じゃあ、明日、デスクで・・」
携帯が切れたけど、あたしの耳には、編集長の一言が残った。

ープロ・・チサトらしい・・-
少なくとも編集長はあたしをプロとしてみている。

それは、ひょっとすると、慎吾を天才とみていながら、
プロとはみていないということになるのかもしれない・・。

朝出社すれば、編集長の鼻にぬけるため息。

「なんですかあ!!出鼻をくじくような、そのため息!!」
朝の挨拶より、先に文句のひとつもいいたくなる。

「まあな。俺はね、個人的にいえば、慎吾にやらせたかったわけだ」

なんだ?  昨夜の科白はこちらの早とちりってこと?

「私じゃ、役不足ですか?それって、やっぱ、女目線ってか、
どこか、グローバルになりきれないのが、女ってことで・・」
ぐちゃぐちゃと質問が詰問にかわっていきそうになるのを、
編集長の手の平がとめた。
ぐっと、つきだされた手のひらをみつめれば、
それが、「黙れ」という合図だとわかる。

「そうじゃないよ。お前なら、撮れて当たり前なんだよ」

「へ?」
我ながらまのぬけた声をもらしてしまったものだと想うが、
編集長はその「へ?」の裏の感情も読み取っていたようだ。

「撮れて当たり前のものに、撮らせても・・なあ?
慎吾はな、なんていうんだろう。
抜けきってないってのかなあ?
迷いってのかなあ?
成長が止まってるというか、あいつの可能性が、まだまだ、狭っ苦しい処にいるんだよな。
お前の言い方で言えばグローバルじゃないというのかな。
確かに世界を股にかけるだけの技術も感性ももってるんだけどな。
掘り下げるものに、欠けてる。
それは、慎吾が本当に人を愛するってことができる自分にきがついてないせいだろうって俺は思ってた。
だからな、お前に対して。特別な感情をもちはじめてくれてるなら、
それは、どういう結果であろうが、慎吾の肥やしになる・・って、
まあ、そう思ったりもしてたわけだ」
「はあ」
な~んで、慎吾の愛情なるものと、慎吾の成長が同じ、括弧の中に同居するのか、よく、わからないまま、この場はうなづいておいた。

「俺なあ、今回の仕事な、慎吾の迷いを吹っ切れるんじゃないかと想ってさ・・」
私は少なからず、編集長はだてに編集長をやってるわけじゃないと想った。
慎吾の「迷い」を、編集長はきがついていた。
そして、はからずも、二人の男はその迷いを払拭する答えが
難民キャンプにあると感じていた。

あわやで、すでに慎吾は難民キャンプに居ます。心配なさらなくてもいいですよ。と、いいかけそうになる口を塞ぐと、
「両親の面倒をみにいくことも、もっと、大事なんじゃないんですか?」

私の返答に編集長はデスクのむこう、窓から見える空をみつめた。
少し遠いまなざしのまま
「そうだな」
と、うなづくと、やっと、今後の日程に話がかわっていった。

私が難民キャンプなる場所に、たどり着いたのは、
慎吾が旅立ってから、10日たっていた。
嫌な予感がなかったわけじゃない。
ひょっとして、その場所は慎吾がたどり着いた場所ではないか?
という。
そういう予測だった。

キャンプまで、ジープにのっていった。
迎えにでてくれた看護士に簡単な挨拶をかわすと、私のことは事前報告があったようで、そそくさと寝場所に案内された。
-        -
言葉がでてこなかった。
これも予測していたが、わずかばかりの囲いのあるテントの一隅。
それでも、それなりにはからってくれてるんだろう。
やせ細った体の女と子供ばかりがひしめいていた。

「手術などは、あそこで・・」
私をテントに案内してくれた看護士が、テントから離れた古ぼけた建物をゆびさした。
「大きな手術はできません。と、いっても、もっぱら外科手術がおもですが・・」

ーああ・・・地雷・・かー
外科手術の大半がそうなのだろう。

「此処は掘りぬきの井戸があって・・・」
看護士はさみしそうに笑った。
「それだけの理由で居住地が決まるんですよ」

看護士は、青い瞳だった。ブロンドの髪を無造作にたばね、
自分が誰であるかを区分けするために白い看護服をはおっていた。
青い瞳は海をおもいおこさせ、貴重な水の恵みに程遠いこの場所にいるのが、似つかわしくないようにも、ふさわしいようにも思えた。

水の恵みのように、あまたの人々の心をささえ、うるおしていく看護士の青い瞳に映った難民をキャッチアイ手法でとってみようか、と、ふと、想った。

「食事は・・みんなと同じものを・・。みんなでつくっていますから、あなたもてつだってください」

もう一つむこう、井戸の近くのテントをゆびさした。

「その横で、スタッフが常駐しています」
そのテントをすかしてみた私の心臓がどきどきと驚きの音を私に伝えてきていた。

ー予感的中・・まさかの・・・慎吾がいるじゃないか・・・-



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